霞くんのそばにいたいと必死に足を動かし、たどり着いたのは大きな屋根の下。
運動部の部室として使われている棟の軒下。
首を左右に回してみたが、昼休みで雨が降っているということもあり生徒も先生も誰一人見当たらない。
霞くんは持っていた傘の雨を払い、傘を閉じると、ベンチの横に立てかけた。
「流瑠さんありがとう」
真っ赤な傘に向かって、優雅に微笑んでいる。
いまのは、傘を貸してくれたことへのありがとうなのか?
確かにこの傘がなかったら、僕たちはずぶ濡れだったに違いない。
それとも、僕とあいあい傘をさせてくれたことへの感謝?
なーんて、後者はないか。
僕の告白はスルーされた。完全に振られちゃったわけだし。
でもわからないのは、背後から抱きしめられたこと。
一度目は、飛んできたテニスボールから僕を助けるためだからわかるとして。
じゃあ二度目は?
僕を抱きしめる必要性なんてなかったでしょ?
二人だけになれる場所に行こうと肩を抱かれてまでこの軒下に連れてこられた理由も分からない。
得意の作り笑いが浮かべられないほど、僕はいま困惑をしている。
「雨が強くなってきたね」
奏でられた声が陽だまりみたいに優しくて、戸惑いながらもあごを下げる。
二人掛けベンチの右側に座った霞くんが、残り一人分の座席に手を置いた。
「輝星も」と促され、目を泳がせながら腰を下ろす。
精一杯の左端に座ってもたものの、右腕がこそばゆい。
霞くんとはリンゴ1個分の距離を保ててはいるものの、僕が傾いたら腕同士がぶつかってしまいそうなほど近くて、心臓もくすぐったくて。
校舎から見えない場所にたたずむ部室棟。
僕たちの背後には壁があり、目の前は景色をぼやけさせるほどの強雨。
僕がドキドキで困惑している間に、ザーザーぶりになっていたらしい。
まるで黒ずんだ雨雲が、僕と霞くんを二人だけの世界に閉じ込めてくれたみたいだ。
嬉しい。嬉しいはずなんだ。
でも感情が迷宮にでも落っこちてしまったのか……
わからないわからない、自分がどうしたいのか。
霞くんとしゃべりたいのか。ドキドキから逃げたいのか。
心臓を落ち着かせたい。
でも心の爆つきが消えた瞬間、霞くんを独占している夢のような時間は消えてしまうだろう。
やっぱりこのままがいい。
でもハートが苦しい。
二人だけは気まずいよ。
何を話していいかわからないよ。
なんで僕をここに連れてきたの?
雨でテニスができなくなったのなら、教室に戻れば良かっただけのことなのに。
二人だけになれる場所って……
輝星が可愛いことを言うからって……
あぁもう、心臓が肌から逃げ出しそう。
過呼吸気味の肺が限界に達しそう。
ベンチの端で体を縮めていた僕に、心配そうな声が降ってきた。
「やっぱり痛む? 右腕」
無意識に右腕をさすっていたことに気がついて、手首まで隠れていた袖を指先まで伸ばす。
首を横に振ってはみたが、霞くんの表情を確認する勇気はない。
霞くんはまだ、僕の腕の広範囲に刻まれたやけどの跡に責任を感じているんだろうな。
自分のせいだって思ってほしくないから、僕は年中長袖を着てこのヤケド痕を霞くんから隠してきたんだよ。
僕はこのヤケド痕が誇らしい。
愛おしくてたまらない。
これが消えたら僕じゃなくなってしまうとさえ思うんだ。
ねぇ教えて……
「なんで霞くんは、僕を避けるようになったの?」