お互い顔を合わせられず、視線が迷子になる。
 くすぐったい空気が僕たちを包み込んでいるような気がして、どうも落ち着かない。
 僕まで得体のしれない恥ずかしさに襲われて、霞くんが何を考えているのか全く分からなくて。
 テニスが好きか聞かれたんだからちゃんと答えなきゃ。
 責任感にかられた僕は、照れ声を震わせた。

 「大好き……だよ……テニスが……」

 「あっ、テニスの方か」


 ふてくされたような声が届き、僕の心臓がズキリとうずく。
 僕、何か変なことを言っちゃった?
 霞くんの瞳があからさまに陰ってしまったことに、オロオロせずにはいられない。

 「萌黄くんは俺とペアを組みたくないと思うけど一日だけ我慢して、クラスのために」

 「あっうん、クラスのためにね……って、、、ん?」

 
 待って待って。
 霞くんとペア?
 一日だけ我慢?
 何の話をしているの?

 「萌黄くん、もう一つだけいい?」

 「はっ、はい」

 脳内がパニック。
 なぜか敬語になっちゃった。

 「校内でキスをするなら、人目につかないところを選んだ方がいいと思うよ。調理室もテニスコートから見えたりするから」

 え? 今、キスって言った? 
 それこそ何の話?
 全く身に覚えがないんですけど。

 聞きたいことは山ほどある。
 なんで霞くんは、寝ている僕の隣に立っていたの?
 なんで久々に話しかけてくれたの?
 渡されたこの小箱は何?
 テニス? ペア? キス? 
 えええ、なになになに???

 でもでも、なにから質問していいかわからない。
 とりあえず視線を近づけたいと、座っていた僕は勢いよく立ち上がった。
 でも無意味だった。だって……

 「明日からよろしく」

 霞くんは僕に背を向けると、冷たい響きを残しバスから降りてしまったんから。

 いつの間にか霞くんの家の近くのバス停に到着していたんだと、窓の外の景色を見て気づく。
 次にこのバスがたどり着くのは、僕が降りるバス停。
 僕は霞くんを追いかけるのを諦め、座席にお尻を落とす。
 リュックからパスケースを取り出さなきゃとわかってはいるものの、手が拒んでいる。
 霞くんのことも気になるし、受け取った小箱の中身も気になって気になって。

 真っ白な小箱の蓋を持ち上げてみる。
 中に入っていたものは――
 薄くて丸くて金色で、カラフルなひもがついていて……

 って、これは金メダルだ。
 メダルの表面にはテニスをしている二人組の姿が彫られ、裏には優勝の文字が。
 霞くんと奏多くんのペアで勝ち取った、テニスの県大会優勝メダルで間違いない。

 なんで霞くんは僕にくれたの?
 箱を手渡しながら『約束だったから』と言っていたよね。

 あっ、思い出した。
 僕が霞くんとペアを組んでテニスの試合に出た、小5の時のこと。
 どれだけ練習しても勝てなくて。
 必死に球を追いかけても、上位入賞ですらほど遠く。
 試合に負けて、悔しくて悔しくて、陰で泣いていた僕に霞くんが言ってくれたんだ。
 『いつか俺が、輝星に金メダルをプレゼントしてあげるからね』って。
 僕はたまらなく嬉しくなって『絶対だよ、約束だからね』って、霞くんに抱きつき、わんわん泣いちゃったんだけど……
 
 もしかして霞くんは、ずっと勘違いしてたの?
 僕は霞くんと他の誰かが勝ち取ったメダルが欲しかったわけじゃないよ。
 霞くんと僕で優勝して、おそろいの金メダルを首から下げたかったんだ。

 この金メダルは、これ以上僕が触ってはいけない代物だ。
 キズをつけないよう丁寧に扱い箱に戻さなきゃ。
 ふたを閉める直前、堂々たる輝きを放つ金メダルに重いため息を吹きかけてしまった。

 僕の推しカプ二人がつかみ取った輝かしいメダルではあるけれど、僕が持っていたくない。
 霞くんにふさわしいのは奏多くんだって、このメダルが証明している気がするから。

 醜い嫉妬心とえげつない敗北感。
 どす黒い大波に襲われた僕は、霞くんと奏多くんが存在しない闇空間に、とてつもなく逃げたくなってしまったのでした。