☆輝星side☆
誰か教えてください!
これはいったい、どういう状況なんでしょうか!
揺れと睡魔がタックを組み襲ってきたので、僕は抗えず寝てしまったんです。
バスの前方のひとり席で。
それはいつものこと、そこはいいとして。
いま僕は目を覚ましました。
脳がボケボケのまま、座っているシートの左横を見ました。
僕が着ているのと同じ制服のスラックスが、瞳いっぱいに映っています。
感じる気配と普段のバスの閑散状況から、このバスに乗っている客はほぼいないと推測できるんです。
後ろなんて振り向けないけれど、席はガラ空きで間違いない。
それなのにですよ、わざわざ僕が座る隣の通路に立っている人がいるんですよ。
こっ、この人は……
足の長さと細身のシルエットという情報だけで、相手が誰なのか特定できてしまう自分が怖い。
彼の肩に下げられたラケットケースが目に入った。
人物特定の決定的証拠。
ねっ、頭の中がパニックになるのはしょうがないでしょ?
なななななっなんで、僕の隣に霞くんが立っているの?
本物? まさかね。学校であれだけ避けられているんだ、ありえない。
幽霊? 霞くんがこの世からいなくなるなんて絶対に嫌だから、その可能性は信じないとして。
夢? いや、ついさっき睡魔が退散したでしょ。ちゃんと目覚めているでしょ、僕は。
霞くんのことが大好きすぎて、ついに幻覚を見るようになっちゃったのかも。
それなら僕の片思いは、治療や手術が必要なくらいの重症病みレベルということになってしまうのですが。
頭を抱える。
おかしくなった脳を正常に戻そうと、全指の腹で何度も何度も頭をつつく。
この状況を視覚で確認したくて、波打つ前髪の隙間から目玉だけを左上にずらしてみた。
僕の真横に立っているのは、間違いなく霞くんご本人です。
片手で吊革を握り、僕にやや背を向け、無表情で視線をスマホに突き刺しています。
どうやらまだ、僕がチラ見していることに気づいていないもよう。
うわわーっと胸の鼓動が沸き立つ。
口から空気を取り入れたいのに、ドキドキが肺に送り込まれてしまい呼吸が苦しくてたまらない。
胸をさすっても平穏は戻らないので、諦めモードで息をひそめ、オロオロと霞くんを見続ける。
うぅぅぅぅ、麗しい!
彼のサラサラのブラウン髪が、バスの揺れに合わせてふわりと踊った。
白い肌に映える上品で優しい瞳。通った鼻筋。薄くて形のいい唇。
どの顔面パーツも見とれてしまうほど完璧で、黄金比率で小顔にはめ込まれていて、白いタキシードをまとわせたら童話の中の王子様にしか見えないほどの造形美。
お城から僕に会いに来てくれたの?
座席も車体も古びたこのバスよりも、白馬にまたがる方が霞くんにはお似合いだよ。
どうしよう、緊張してきた、息が止まりそう。
大好きな人をこんな至近距離で瞳に映しているなんて、不幸が訪れる予兆だったりして。
このバスが崖から落ちたりでもしたら……
その時は、霞くんを助けなきゃ。
僕の命に代えても、絶対に。
久々に湧き上がった使命感が懐かしい。
小6までの僕は、自分の命より霞くんの命が大事だと思って生きていた。そう思い込んで疑わなかった。
弱すぎる自分が霞くんを崇めすぎていたせいで行きついた、依存よりもヤバすぎる執着だったんだと、霞くんと離れてみて冷静に分析をしたけれど……
月日が経ても霞くんから離れても、僕の核は変わっていないんだな。
何かあった時はまた、僕が霞くんを守るから。