「あのね、実は……はる兄、バス停で王子と手を繋ぎたくてポケットのないコートを買って、手袋を忘れたフリをしていたらしくて……」
「上手くいかないかもって思っていたらしいんだけど、でも、作戦が成功して……」
「そして手袋をわざと忘れるたびに『翔くんと、手を繋げた!』って報告してくるの」

 柚原の妹たちが交互に話している。

「どういうことだ? つまり柚原は俺のコートのポケットに手を入れたかったと……」
「そう、だってね、はる兄は昔から王子のことが大好き……」
「ダメ、それは言っちゃダメ! 王子、今のは本当に聞かなかったことにしてね」
「お、おぅ、分かった。じゃあ、何も聞かなかった感じでこれから柚原とバス待つわ」
「「うん、よろしく」」


 柚原が、俺を好き?
 嘘だろ? あんまり話さないし、そんな素振りは何も、一度もなかったぞ……。

 柚原がいるバス停にこれから行く。
 俺のことが昔から大好きらしい柚原がいるバス停へ。

 数分歩くと、いつものように柚原がバス停の前で待っていた。柚原の姿を確認した瞬間から、俺の心臓の音がドクンドクンとうるさくなる。ダメだ、意識したらダメだ。いつものように、平常心で――。

「おはよ」

 いつものようにクールな態度で柚原に挨拶をした。

「おはよ」

 あれ? 柚原ってこんなに可愛い声してた?っていうか、こんなに見た目も可愛かったっけ? 今日の柚原はまるでキラキラフィルターを通してみたような感じがする。柚原の妹たちと約束した通り、何も知らないふりをして近づいた。

 今、柚原は俺を意識しているのか――。
 昨日までの柚原とは違うように思えるし、潰れた商店の屋根の下ではなく、煌びやかな空間にいるような気持ちにもなる。

 横目で柚原をチラ見していると、手に息をかけだした。これは、アピールなのだなと今日は分かる。

――柚原、あざとくて可愛いな。

「手袋、今日もないの?」
「うん、忘れた」
「またか、よく忘れるね?」

 いつものように、俺の手袋を片方渡した。

 気にかけてはいなかったが、貸した瞬間に微笑む姿もかなり可愛い。よく見ると、まつ毛が長く目が輝いていて、まばたきをするたびにぱちぱちと高音が聞こえてきそうなところも可愛い。

「また、ポケットも貸して?」と柚原が言う。

 そしていつものように、俺たちはポケットの中で手を繋いだ。

 俺のことを大好きでいてくれる柚原。
 俺も意識しすぎてか、好きになったかもしれない。

 だって、今まで以上になんかドキドキする――。


***