柚原 遥が手袋を忘れたのは、今回で5回目。
柚原がわざと手袋を忘れたのを知っていた。
俺は今、そのことを知らないふりしている。
コートのポケットを貸すと、俺も同じポケットに手を入れる。いつものように柚原は俺の手を握ってきた。ポケットに入れている手はふたりとも手袋をしていない方の手だから、柚原の手と俺の手が直に触れ、はっきりと温もりを感じる。
「いつも手袋をちゃんと鞄に入れたと思うんだけど、結局入れ忘れてるんだよね……どうしてだろう」
数日前に俺は、柚原はわざと手袋を忘れているんだという真実を知った。その上で柚原の言葉を聞くと、余計に可愛く思えた。そしてその話を聞いてから柚原に対して特別な感情を持ち、手を繋ぐとそれを意識しすぎて、かなり緊張して顔が熱くなる。
俺は逆の方を向き気持ちを落ち着かせていた。柚原の前では少しでも恰好よくいたいから、クールを装っている。
忘れたフリをする柚原が、本当に可愛い――。
可愛くて、顔がにやける。
***
一回目から三回目までは、本当に忘れたんだと信じていた。だって、毎日ではなくて、数日おきに忘れている感じだったし。
ちなみに柚原は幼稚園の頃から同じ近所に住んでいて顔なじみだ。幼稚園、そして小中高と同じ学校に通ってはいるが、特に仲良いわけでもなくて、挨拶を交わす程度の関係だった。
柚原が手袋を初めて忘れたのは、高校二年の冬休み明け。
「手袋を忘れた」と柚原はバス停で呟き、真っ赤に染まった手に、はぁっと息を吹きかけていた。手がとにかくすごく冷たそうだったのが気になった。柚原のコートに目をやると、ポケットもない。
「手袋、貸す? 俺はコートのポケットに手を突っ込んでおけばいいし」と、気がつけば声をかけていた。
「じゃあ、片方借りよう、かな」
「片方だけでいいんだ?」
「うん」
俺から遠い側の手に片方だけ手袋をはめた柚原は、俺のコートのポケットを見つめてこう言った。
「そのポケットに僕の手を入れてもいい?」って。そしてポケットに俺たちの手が入り、柚原は「あたたかい」と言いながら、俺の手を握ってきた。
その時から柚原と手を繋ぐのは特別なことではなかったはずなのに、なんだか緊張からか心臓の音が早くなった気はしていた。手を繋ぐと柚原の顔を見れないでいた。
***
そしてわざとだと知ったのは、4回目に柚原がまた手袋を忘れた日だった。そして柚原を完全に意識した日でもある。
柚原の家の前を通ると、柚原の妹である中学生の双子たちが、ガヤガヤしていた。
「ばあちゃん、はる兄が手袋忘れすぎてること、多分そろそろ怪しんでるよ」
「だよね、私も思った」
「忘れる理由、ばあちゃんには言えないよね」
「言えないべ。だって、王子と手を繋ぐためなんて言ったら、はる兄、絶対にばあちゃんと、多分、かあさんからも長々しい事情聴取受けるの確定だし」
「だよね、気の毒しい……はる兄を守らなければ。はっ、王子……」
「えっ? わっ、今の話聞かれたかな?」
本物の俺を見て気まずそうなふたりと、目が合った。ちなみに俺は近所で王子と呼ばれている。
「ふたり、その話を詳しく教えてほしい――」
「困ったなぁ、絶対にはる兄には、私たちが言ったの内緒だよ!」
***
柚原がわざと手袋を忘れたのを知っていた。
俺は今、そのことを知らないふりしている。
コートのポケットを貸すと、俺も同じポケットに手を入れる。いつものように柚原は俺の手を握ってきた。ポケットに入れている手はふたりとも手袋をしていない方の手だから、柚原の手と俺の手が直に触れ、はっきりと温もりを感じる。
「いつも手袋をちゃんと鞄に入れたと思うんだけど、結局入れ忘れてるんだよね……どうしてだろう」
数日前に俺は、柚原はわざと手袋を忘れているんだという真実を知った。その上で柚原の言葉を聞くと、余計に可愛く思えた。そしてその話を聞いてから柚原に対して特別な感情を持ち、手を繋ぐとそれを意識しすぎて、かなり緊張して顔が熱くなる。
俺は逆の方を向き気持ちを落ち着かせていた。柚原の前では少しでも恰好よくいたいから、クールを装っている。
忘れたフリをする柚原が、本当に可愛い――。
可愛くて、顔がにやける。
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一回目から三回目までは、本当に忘れたんだと信じていた。だって、毎日ではなくて、数日おきに忘れている感じだったし。
ちなみに柚原は幼稚園の頃から同じ近所に住んでいて顔なじみだ。幼稚園、そして小中高と同じ学校に通ってはいるが、特に仲良いわけでもなくて、挨拶を交わす程度の関係だった。
柚原が手袋を初めて忘れたのは、高校二年の冬休み明け。
「手袋を忘れた」と柚原はバス停で呟き、真っ赤に染まった手に、はぁっと息を吹きかけていた。手がとにかくすごく冷たそうだったのが気になった。柚原のコートに目をやると、ポケットもない。
「手袋、貸す? 俺はコートのポケットに手を突っ込んでおけばいいし」と、気がつけば声をかけていた。
「じゃあ、片方借りよう、かな」
「片方だけでいいんだ?」
「うん」
俺から遠い側の手に片方だけ手袋をはめた柚原は、俺のコートのポケットを見つめてこう言った。
「そのポケットに僕の手を入れてもいい?」って。そしてポケットに俺たちの手が入り、柚原は「あたたかい」と言いながら、俺の手を握ってきた。
その時から柚原と手を繋ぐのは特別なことではなかったはずなのに、なんだか緊張からか心臓の音が早くなった気はしていた。手を繋ぐと柚原の顔を見れないでいた。
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そしてわざとだと知ったのは、4回目に柚原がまた手袋を忘れた日だった。そして柚原を完全に意識した日でもある。
柚原の家の前を通ると、柚原の妹である中学生の双子たちが、ガヤガヤしていた。
「ばあちゃん、はる兄が手袋忘れすぎてること、多分そろそろ怪しんでるよ」
「だよね、私も思った」
「忘れる理由、ばあちゃんには言えないよね」
「言えないべ。だって、王子と手を繋ぐためなんて言ったら、はる兄、絶対にばあちゃんと、多分、かあさんからも長々しい事情聴取受けるの確定だし」
「だよね、気の毒しい……はる兄を守らなければ。はっ、王子……」
「えっ? わっ、今の話聞かれたかな?」
本物の俺を見て気まずそうなふたりと、目が合った。ちなみに俺は近所で王子と呼ばれている。
「ふたり、その話を詳しく教えてほしい――」
「困ったなぁ、絶対にはる兄には、私たちが言ったの内緒だよ!」
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