なんでわざわざその大学に?
そうきかれることが多い。
偏差値が低いだとか、僻地にあるだとか、そういったわけではない。
中部地方の地方都市。
そこにある国立大学への進学をわたしは選んだ。
わたし、気田星佳は宇都宮で生まれ、育ち、高校までをそこですごした。
同級生たちの多くは首都圏に、一部は関西圏に進学した。
そうでない者は地元に残った。
わざわざ別の地方都市に行ったのはわたしくらいだった。
大学では教養学部を選んだ。
やりたいことというのが思い浮かばず、本当に何も思いつかず、とりあえず判断を保留するためにとった選択肢だった。
モラトリアムとはわたしのためにある言葉だ。
大学では、必修の語学で同じクラスになった同級生とよくいっしょにすごしている。
まさか大学にもクラスわけがあるとは思いもしなかった。
授業はみんなバラバラに受けて、同じサークルや部活の人と仲よくするものと勝手に思っていた。
実際には、部活にもサークルにも入らない学生もいる。
たとえばわたしとか。
そうした場合、同クラ連中とのつきあいが大学生活の中心になる。
わたしでいえば、いま食堂で昼食を共にしている三人とのつきあいが主軸になっている。
「あーあ。午後だりー。英文和訳、今日は絶対俺まで順番くるよなー」
彼は豊岡淳。
横に流したアシンメトリーのツー・ブロックがトレード・マークのチャラいクソヤローだ。
脳みそまでチャラいわけではないのが救いである。
「分量多いし、あの教授ねちねちとケチつけてくるしねー。あたし英語嫌ーい。日本語だけで生きていきたーい」
京丸羽奈は見た目も声も言動も、すべてが幼い。
量産型のファッションで、いつも薄いピンクのポシェットを肩から提げている。
ひと言でいうなら合法ロリだ。
「英語を身につけておいて損はないと思う。それだけで会話できる相手と読める文章が数倍になる。それに大事な必修科目だ。落としたら痛い目をみるよ」
まっすぐな黒髪を肩までのボブにした佐久間三智は、わたしたちのなかで一番大人っぽい。
外見も中身もだ。
それでいて意外とおちゃめなかわいいところがあったりもする。
豊岡、羽奈、三智、そしてわたし。
大学では、この四人でよくつるんでいる。
豊岡と三智、この二人とは入学式で知りあった。たまたまとなりの席に座ったのがきっかけだ。
羽奈と仲よくなったのは、その少しあとだった。
いまから一ヶ月ほどまえ、四月の中旬ころ。
入学に際してのガイダンスがひと通り終わり、授業が本格的に始まったころのことだ。
入学以来三人でつるんでいたところに、羽奈はいつの間にかくわわっていた。
もちろんこの四人以外とのつきあいがないわけじゃない。
授業の情報、大学生活の情報、くらしの情報などなど、ひとと共有すべき情報は山のようにある。
知りあいは多ければ多いほどいい。
というかいないと詰む。
大学生がサークルに入るのは、知りあいをたくさんつくるため、つまるところ生きるためだ。
サークルには同級生もいるし、先輩もいる。
人生の先達から教わることは多い。
授業はどれだけサボっていいものか。
どの教授が鬼でどの授業がサボりやすいのか。
そうした生きる知恵を身につけられるのがサークルという場所だ。
……というまとめ記事を、わたしは大学入学まえにネットで読んだ。
これはいいことを知った。
大学に入ったらまずは先輩が多くいるサークルに入ろう!
そう思っていたのにな。
いざ大学に入ってみると、困ったことに特別興味を持てるサークルがない。
スポーツ?
わたしの運動神経をなめるな。
音楽?
わたしの音感をなめるな。
文化系?
わたしの文化レベルをなめるな。
最低限度の生活に文化なんぞ不要。
人はパンのみにて生きると知れ。
こうしてわたしの大学生活の目算は第一歩から音をたててくずれたわけだが、そうしたなかで豊岡のようなヤツと仲よくなれたのは幸運だった。
見た目はあまりにもアレで、振るまいや口調も引くほどアレだが、性格と知能はまともだし、何より顔が広い。
人見知りなんて言葉の存在を知らないレベル。
特定のサークルにどっぷり浸かっているわけではないが、いくつものサークルに出入りしているという。
本人いわく、同じ学部のヤツはだいたい友だち。
三智は女の子だけの旅行サークルに一応入っている。
一応だ、一応。
そもそも活動が少なくて、週末たまに遠出したり、ときどき昼休みにサークル棟に集まるくらいだとか。
そのサークルは三智もふくめ地元民が多いという。
三智いわく、地元の大学に進学するというのはちょっとしたコンプレックスらしい。
出身地以外の土地で一人暮らしをしている学生のほうが人生の経験値を多く持っていそうに思えると。
で、三智の旅行サークルではそうした経験を補うべく、なるべく大学からはなれたところへ行くのを目的としているんだとか。
羽奈は、わたしと同じくサークルに入っていない。
入学当初、しばらく体調をくずしていて初動に失敗したといっていた。
気の毒に。
こうして特定のサークルを大学生活の軸にしなかった、もしくはできなかった四人がつるむようになったというわけだ。
「混んできたし、そろそろ出ましょうか」
三智がコンビニのレジ袋をまるめて立ちあがる。
たしかに食券売り場も配膳口も大行列だ。
今日は二限が早めに終わったので混むまえから食堂を利用できてラッキーだった。
出遅れるとあの行列に巻きこまれるはめになる、
「午後が始まるまで三号館にでもいますかね、と」
豊岡も席を立ち食堂のトレーを持った。
彼が『三号館』といっているのは、正確には三号館ロビーのことだ。
複数の講義室がはいった三号館には、吹きぬけのロビーがあり、わたしたちのクラスはそこをたまり場にしている。
「ロビー、誰かいるかなー?」
生協購買の弁当ガラをレジ袋につめこんだ羽奈が、跳びはねるように椅子から立ちあがった。
三号館のロビーには、朝から夕方までたいてい誰かがいる。
どこかサークルを自分のホームにしている学生も、たまにはこちらへ顔をだす。
食堂をでて並木道を経て三号館へ。
ロビーにはけっこうな人数の同クラ連中がいた。
「おつかれー」
「おつかれ」
「よーす」
「アレどーなった」
「アレなー」
「アレねー」
何がそんなに疲れたのか。
何がアレなのか。
てきとうなあいさつを交わし、ロビーのベンチに腰かける。
三号館の一階には、吹きぬけの周りを円周状に囲むようにベンチが設えられている。
「羽奈っち、これ知ってるー? 性格分析のやつ」
「知ってる知ってる! 一六タイプのでしょ? めっちゃあたっててビックリした!」
豊岡と羽奈が、おたがいのスマホを見せあい笑う。
たいてい口数も話題も多いこの二人が会話の中心になり、その両脇から三智とわたしが口をだすかたちになる。
豊岡と羽奈はSNSでの情報あつめにも余念がない。
毎日毎日トレンドを追いかけている。
「最近、本屋でもその診断についての本をよく見るよ。豊岡くんと羽奈はどのタイプになったの?」
三智が身を乗りだして豊岡のスマホを覗きこむ。
どぎまぎする豊岡。
こいつ、明らかに三智のことを意識している。
おまえチャラッチャラの見た目で中学生みたいな反応するなよ。
三智は流れては消えていく情報にはあまり興味が持てないと言っていた。
定着し体系化された知識を本で読むのが好きなんだと。
しかし意外というべきか、三智はこの手の雑談をけっこう好む。
表情にとぼしくクールな印象を与えてくるが、つきあいはよい。
他人に対して興味はあるらしい。
「その診断、前にも一度流行らなかった? 昔やった記憶があるんだけど」
そしてわたしは最近のネット事情にうとい。
なるべく見ないようにしている。
ネットには地雷が転がっているからだ。
あちこちに、無数に、遠慮なく。
そんなものをわざわざ踏みたくない。
だからわたしはSNSも絶対見ない。
「てか豊岡、午後の予習はいいわけ?」
「んー? 平気平気。訳はいちおうやってあるし。怪しかったら佐久間に教えてもらうし」
「見せてもいいけど、焼肉おごりね」
「佐久間さん、等価交換って知ってますか!」
くすくす笑う三智と、おおげさなリアクションをとる豊岡。
うっざ。
「豊岡のそのノリ、本当うざいわー」
「気田さん? そういうのは思っても口に出さないようにしよう?」
そうきかれることが多い。
偏差値が低いだとか、僻地にあるだとか、そういったわけではない。
中部地方の地方都市。
そこにある国立大学への進学をわたしは選んだ。
わたし、気田星佳は宇都宮で生まれ、育ち、高校までをそこですごした。
同級生たちの多くは首都圏に、一部は関西圏に進学した。
そうでない者は地元に残った。
わざわざ別の地方都市に行ったのはわたしくらいだった。
大学では教養学部を選んだ。
やりたいことというのが思い浮かばず、本当に何も思いつかず、とりあえず判断を保留するためにとった選択肢だった。
モラトリアムとはわたしのためにある言葉だ。
大学では、必修の語学で同じクラスになった同級生とよくいっしょにすごしている。
まさか大学にもクラスわけがあるとは思いもしなかった。
授業はみんなバラバラに受けて、同じサークルや部活の人と仲よくするものと勝手に思っていた。
実際には、部活にもサークルにも入らない学生もいる。
たとえばわたしとか。
そうした場合、同クラ連中とのつきあいが大学生活の中心になる。
わたしでいえば、いま食堂で昼食を共にしている三人とのつきあいが主軸になっている。
「あーあ。午後だりー。英文和訳、今日は絶対俺まで順番くるよなー」
彼は豊岡淳。
横に流したアシンメトリーのツー・ブロックがトレード・マークのチャラいクソヤローだ。
脳みそまでチャラいわけではないのが救いである。
「分量多いし、あの教授ねちねちとケチつけてくるしねー。あたし英語嫌ーい。日本語だけで生きていきたーい」
京丸羽奈は見た目も声も言動も、すべてが幼い。
量産型のファッションで、いつも薄いピンクのポシェットを肩から提げている。
ひと言でいうなら合法ロリだ。
「英語を身につけておいて損はないと思う。それだけで会話できる相手と読める文章が数倍になる。それに大事な必修科目だ。落としたら痛い目をみるよ」
まっすぐな黒髪を肩までのボブにした佐久間三智は、わたしたちのなかで一番大人っぽい。
外見も中身もだ。
それでいて意外とおちゃめなかわいいところがあったりもする。
豊岡、羽奈、三智、そしてわたし。
大学では、この四人でよくつるんでいる。
豊岡と三智、この二人とは入学式で知りあった。たまたまとなりの席に座ったのがきっかけだ。
羽奈と仲よくなったのは、その少しあとだった。
いまから一ヶ月ほどまえ、四月の中旬ころ。
入学に際してのガイダンスがひと通り終わり、授業が本格的に始まったころのことだ。
入学以来三人でつるんでいたところに、羽奈はいつの間にかくわわっていた。
もちろんこの四人以外とのつきあいがないわけじゃない。
授業の情報、大学生活の情報、くらしの情報などなど、ひとと共有すべき情報は山のようにある。
知りあいは多ければ多いほどいい。
というかいないと詰む。
大学生がサークルに入るのは、知りあいをたくさんつくるため、つまるところ生きるためだ。
サークルには同級生もいるし、先輩もいる。
人生の先達から教わることは多い。
授業はどれだけサボっていいものか。
どの教授が鬼でどの授業がサボりやすいのか。
そうした生きる知恵を身につけられるのがサークルという場所だ。
……というまとめ記事を、わたしは大学入学まえにネットで読んだ。
これはいいことを知った。
大学に入ったらまずは先輩が多くいるサークルに入ろう!
そう思っていたのにな。
いざ大学に入ってみると、困ったことに特別興味を持てるサークルがない。
スポーツ?
わたしの運動神経をなめるな。
音楽?
わたしの音感をなめるな。
文化系?
わたしの文化レベルをなめるな。
最低限度の生活に文化なんぞ不要。
人はパンのみにて生きると知れ。
こうしてわたしの大学生活の目算は第一歩から音をたててくずれたわけだが、そうしたなかで豊岡のようなヤツと仲よくなれたのは幸運だった。
見た目はあまりにもアレで、振るまいや口調も引くほどアレだが、性格と知能はまともだし、何より顔が広い。
人見知りなんて言葉の存在を知らないレベル。
特定のサークルにどっぷり浸かっているわけではないが、いくつものサークルに出入りしているという。
本人いわく、同じ学部のヤツはだいたい友だち。
三智は女の子だけの旅行サークルに一応入っている。
一応だ、一応。
そもそも活動が少なくて、週末たまに遠出したり、ときどき昼休みにサークル棟に集まるくらいだとか。
そのサークルは三智もふくめ地元民が多いという。
三智いわく、地元の大学に進学するというのはちょっとしたコンプレックスらしい。
出身地以外の土地で一人暮らしをしている学生のほうが人生の経験値を多く持っていそうに思えると。
で、三智の旅行サークルではそうした経験を補うべく、なるべく大学からはなれたところへ行くのを目的としているんだとか。
羽奈は、わたしと同じくサークルに入っていない。
入学当初、しばらく体調をくずしていて初動に失敗したといっていた。
気の毒に。
こうして特定のサークルを大学生活の軸にしなかった、もしくはできなかった四人がつるむようになったというわけだ。
「混んできたし、そろそろ出ましょうか」
三智がコンビニのレジ袋をまるめて立ちあがる。
たしかに食券売り場も配膳口も大行列だ。
今日は二限が早めに終わったので混むまえから食堂を利用できてラッキーだった。
出遅れるとあの行列に巻きこまれるはめになる、
「午後が始まるまで三号館にでもいますかね、と」
豊岡も席を立ち食堂のトレーを持った。
彼が『三号館』といっているのは、正確には三号館ロビーのことだ。
複数の講義室がはいった三号館には、吹きぬけのロビーがあり、わたしたちのクラスはそこをたまり場にしている。
「ロビー、誰かいるかなー?」
生協購買の弁当ガラをレジ袋につめこんだ羽奈が、跳びはねるように椅子から立ちあがった。
三号館のロビーには、朝から夕方までたいてい誰かがいる。
どこかサークルを自分のホームにしている学生も、たまにはこちらへ顔をだす。
食堂をでて並木道を経て三号館へ。
ロビーにはけっこうな人数の同クラ連中がいた。
「おつかれー」
「おつかれ」
「よーす」
「アレどーなった」
「アレなー」
「アレねー」
何がそんなに疲れたのか。
何がアレなのか。
てきとうなあいさつを交わし、ロビーのベンチに腰かける。
三号館の一階には、吹きぬけの周りを円周状に囲むようにベンチが設えられている。
「羽奈っち、これ知ってるー? 性格分析のやつ」
「知ってる知ってる! 一六タイプのでしょ? めっちゃあたっててビックリした!」
豊岡と羽奈が、おたがいのスマホを見せあい笑う。
たいてい口数も話題も多いこの二人が会話の中心になり、その両脇から三智とわたしが口をだすかたちになる。
豊岡と羽奈はSNSでの情報あつめにも余念がない。
毎日毎日トレンドを追いかけている。
「最近、本屋でもその診断についての本をよく見るよ。豊岡くんと羽奈はどのタイプになったの?」
三智が身を乗りだして豊岡のスマホを覗きこむ。
どぎまぎする豊岡。
こいつ、明らかに三智のことを意識している。
おまえチャラッチャラの見た目で中学生みたいな反応するなよ。
三智は流れては消えていく情報にはあまり興味が持てないと言っていた。
定着し体系化された知識を本で読むのが好きなんだと。
しかし意外というべきか、三智はこの手の雑談をけっこう好む。
表情にとぼしくクールな印象を与えてくるが、つきあいはよい。
他人に対して興味はあるらしい。
「その診断、前にも一度流行らなかった? 昔やった記憶があるんだけど」
そしてわたしは最近のネット事情にうとい。
なるべく見ないようにしている。
ネットには地雷が転がっているからだ。
あちこちに、無数に、遠慮なく。
そんなものをわざわざ踏みたくない。
だからわたしはSNSも絶対見ない。
「てか豊岡、午後の予習はいいわけ?」
「んー? 平気平気。訳はいちおうやってあるし。怪しかったら佐久間に教えてもらうし」
「見せてもいいけど、焼肉おごりね」
「佐久間さん、等価交換って知ってますか!」
くすくす笑う三智と、おおげさなリアクションをとる豊岡。
うっざ。
「豊岡のそのノリ、本当うざいわー」
「気田さん? そういうのは思っても口に出さないようにしよう?」