気がつくと夜桜の下にいた。

 なんだこれは。
 臨死体験というやつか?

 目の前には、銀髪の少女が立っていた。
 身にまとった装束は、たしか狩衣と呼ばれるものだ。
 図鑑で見たことがあるし、なんなら以前描いたこともある。

 正直、水干とのちがいは覚えていない。
 襟もとや袴が異なっていたような気もするが。

 少女は描写しがたい顔をしていた。
 これといった特徴がなく、年のころも十代から二十代まで何歳にも見える。

 つまり美人だということだ。
 特徴とは欠点にほかならない。

 しかしその欠点こそがキャラクタの魅力でもある。
 瑕瑾があるからこそ璧は輝く。
 描く者の腕の見せどころである。

 そういった意味では、この完璧な少女は魅力に乏しいといえた。
 目に引っかからず、右から左へ素通りしていく。

 惹かれない。
 存在感がない。
 現実感がない。

「あんた、誰?」

「いまは『条件法の魔女』と名のっている」

 その名前には聞きおぼえがあった。
 このあいだDMを送ったアカウントの名前がたしかそんなだった。

 昔ちょっとバズった誰かのいたずら。
 都市伝説になろうとする試み。
 そんなものに願いを書いて送ったのは、ただの気まぐれ、いや気晴らしだった。

「ここに願いを書きなさい」

 と、魔女は短冊を差しだしてきた。

 受けとり、表裏をあらためる。
 ただの厚紙の短冊だ。

「こんなもので、願いがかなうの?」

 魔女は「ふむ」とつぶやき、右手を胸のまえにかかげた。

 宙空に、円柱形の燈籠が現れる。
 走馬燈だったか。
 内側でろうそくを燃やすことで上昇気流を発生させ、影絵を動かすおもちゃのはず。

 なるほど。
 そういうことか。

 走馬燈にはもうひとつ意味がある。

「……臨死体験で見る幻覚だって、そう言いたいの?」

「話が早いな。『もし~したら』と条件節の形式で書いた願いを、わたくしはこの走馬燈のなかでかなえて見せよう。だが、キミがDMで送ってくれた願い。あれは……」

 魔女が顔をくもらせる。
 魔女のくせに、くもらせる。
 こんな凡庸な願いをとがめるなんて、それでも魔女か。

「願いなんて決まってる」

 短冊に願いをこめ、魔女に突きかえす。

 魔女は短冊の文章をあらため、小さく首をふる。

 短冊にはこう書いた。

『もしあの天才を殺す勇気があったなら』