140字小説・桜【完】


華やげる君。

地味、が第一印象だった。

結んだだけという黒髪にレンズの大きな眼鏡。ダボッとしたジーンズに大きいシャツ。

そんな君が急に煌めきだした。

顔が見えるような髪型になって眼鏡は形を変え。

スカートにふわりとしたトップス。

きみをそう変えたのが僕だったらどんなによかったか。


悲劇のヒロインかよ。

そう笑われた。

貴方は白馬の王子様なの?

そう返した。

他人の不幸を笑うんじゃない。

他の人が苦しいからと言って、私が苦しくないわけじゃない。

貴方も言われる立場になったらわかるよ。

『あなたより辛い人はたくさんいるよ』

この言葉の残酷さを。


大丈夫、で武装している。

いつの間にか癖になっていた。

苦しくなったとき、心の中で自分に『大丈夫』と声をかけることが。

本当は全然大丈夫なんかじゃないのに、自分の心を守るため……。

でも、昨日から違う言葉をかけている。

少しだけ、今は気分が違う。

『大丈夫じゃなくて、大丈夫だよ』


体感温度が下がった。

単に怖い話を聞いたから。

なぜおの中途半端な時期に怖い話をテレビで見てしまうんだ自分。

おかげで頭から被ったブランケットを手放せない。

こんなときそばにいてくれる人がいたら……なんて考えてしまうけど、一人になることを選んだのは私だ。暴虐の家族から逃げるために。


急な夕立にあってしまった。

急いでバス停の屋根の下に逃げる。

コンビニもない田舎ではこの避難場所は貴重だ、

雨雲が連れてくる夏。

去年は隣にいた君。

今はひとりの僕。

心にぽっかり空いた穴はそのまま残っている。

夏、君は帰ってくるのだろう。

僕は会いに行く。君に手を合わせるために。


くつろぐのがマイルール。

もちろん他人の家でなんかじゃない。自分の部屋でだ。

私が私のために作った空間。

男っぽい見た目の私が本当は可愛い物やピンク色が大好きでフリルのお布団を使っていても誰にも文句はつけさせない。

傷付けることを言わない人しかここには通さないことにしてるからね。


気持ちをグッと引き締めて。

背筋を伸ばして目線を前に。紅をはいた口角はきゅっとあげる。

さあ、今日も行くよ。

右手をこぶしにして気合いを入れる。

毎日毎日、仕事はまさに戦場だ。

嫌になる日もある。泣く夜もある。

それでも今日を生きていくために。

自分を鼓舞して、このドアを開ける。


ふとした仕草で魅了する。

それが例え紙の上の作り物でも、その力はある。

いや、その力があるから人を惹きつけ、ファンとなる。

作品の、キャラクターの。

紙の上で生きている。

ただ、その境界を。紙の上と土の上の線引きはしておかないといけないことは、日々のニュースが教えているだろう。


詩集を読みにきた。

路地裏の喫茶店。程よい音楽とあたたかいコーヒー。

少しずつ味わいながらページをめくる。

時折窓の外に目をやる。

こんんあ風に自分で『素敵な自分』を演出するのが大好き。

詩集だって手作りのカバーをかけて。

『私』を作るのは私。世界でひとりだけのプロデューサーなの。