『一緒にスイーツランドに行ってくれる人いませんか? 一人だと行きにくくて困っています』
SNSのそんな書き込みを見てスマホをスクロールする手を止める。
発信者は『ロコ』さん。
私の応援するアイドル『スマイルボーイズ』を推す推し活仲間なんだ。
ニコさんによると、今度そのスマイルボーイズがスイーツランドというカフェとコラボするらしいの。
「スイーツランドかぁ。高校生の時に行って以来だな」
思わず声に出し、おぼろげな記憶をたどる。
確か、ピンクや紫、水色でデコレーションされたパステルカラーの可愛いカフェだったはず。
中高生や女子大生など若い女の子に人気というイメージのお店。
社会人になってからはなんとなく行きづらくなってしまって、足が遠のいているけど……。
懐かしさに浸りながらスイーツランドのホームページを見る。
どうやら推しとのコラボメニューのほかに会場限定のアクリルスタンドやトレカ、うちわ、キーリングやタオルなどオリジナル商品の販売もあるみたい。
「えっっ、ていうか何これ。めっちゃビジュ良いんですけどっ!」
私は口に手を当て目を見開いた。
何これ‼
私の推しのタケルくんのビジュがものすごくいい!
カフェ店員風の衣装も似合ってるし、髪型も爽やか。
少し恥ずかしそうに微笑む姿もたまらない!
「えーー可愛い。これ絶対欲しいやつじゃんっ」
私はスマホを手にベッドにゴロゴロとのたうち回った。
私は今年で三十二歳。
大卒で会社員として働き始めて十年になる。
おかげさまで責任のある仕事も任せてもらえるようになったし、そこそこお給料もある。
とはいえ、出るグッズすべてを買うわけにはいかない。
だけど、こんなにビジュが良いんなら話は別。何としてでも手に入れないと!
「でもなあ……」
私は再びロコさんのつぶやきを見た。
『一緒にスイーツランドに行ってくれる人いませんか?』
行きたい。一緒に行きたい。
でも……なんとなく勇気が出なかった。
だって、スマイルボーイズのファンアカウントのプロフィール欄を見ると、高校生や大学生の人が多いんだもん!
ロコさんのプロフィール欄には同じ県に住んでいることと社会人であるとしか書いていないけれど……。
ネットでは何度も話してるけど、実際に会ったことはない。
社会人とはいっても、きっとまだ二十代前半なんだろうな。
思ったより年上で幻滅されたらどうしよう……。
大きなため息をつく。
かといって他に誘える友達なんていないしなあ。
同級生の友達はみんな結婚して出産をして、集まれば子供の話ばっかりだし。
私が推しの話をしても、夢なんて見てないで早く結婚したほうがいいよと困った顔をされるし……。
そんな感じで会うのが苦痛になり、いつの間にやら学生時代の友達とは何となく疎遠になっちゃったんだよね。
会社の同僚にはアイドルオタクなことを話してないし、休日を共にするほど親しくもない。
かといって一人で若い女子の園に突撃できるほどの勇気もないし……。
「ええい、思い切ってリプしちゃお」
私は悩んだ末『もしよかったら一緒に行きませんか?』とリプライを送った。
はあ、送ってしまった。
ドキドキドキドキ。
心臓の鼓動が鳴りやまない。
見ず知らずの人と会ってはダメと親に言われて育った世代だし、なんとなく怖いイメージがあって、今までネットで知り合った人と会ったことは一度もない。
どうしよう。もし変な人だったら……。
いや、でもロコさんは文章を見る限りは丁寧で常識のあるきちんとした人に見える。
それに私も学生じゃなくてもう三十代だし……。
そんなことを考えながらスマホを握りしめていると、すぐさまブブッとスマホが震えた。
えっ、早っ。
まさかと思い見てみると、『DMします』とだけ返事があった。
うそ。やった。
それから何度かDMのやり取りをし、かくして私は一度も会ったことが無い推し活仲間とスイーツランドに行くこととなった。
そして約束の日。指定された入り口で緊張しながらロコさんを待つ。
ロコさんにイメージと違うと幻滅されないように、若作りではないけれど年相応に綺麗めなスカートを履いた。
気合の入ったばっちりメイクに髪も巻いた。
デートでもライブでもこんなに気合意を入れたことはない。
せっかくできたロコさんという友達に幻滅せれたくない一心だった。
……ロコさん、もう来てるかな。どこだろう?
私がキョロキョロと辺りを見回していると、ちょうど推しの等身大パネルと目が合った。
「きゃあ、タケルくん可愛いっ!」
夢中で写真を撮っていると、後ろから声をかけられる。
「あのー、シオさんですか?」
心臓がドキリと跳ねあがる。
『シオ』というのは私のハンドルネーム。
本名の詩織から取った名前とはいえ、学生時代のあだ名は『しおりん』だったし、『シオ』と呼ぶのはネット上で知り合った人だけのはず。
ということは……。
「ロコさん⁉」
と、振り返って驚く。
そこにいたのは、六十代後半か七十代くらいの上品な老婦人だったから。
え……ええええっ⁉
この人がロコさん⁉
「……ろ、ロコさんですか?」
恐る恐る尋ねると、老婦人は少しはにかみながら答えた。
「ええそう。私、本名はひろ子って言うんだけど、本名以外で呼ばれるのは少し恥ずかしいわね」
やっぱりそうなんだ!
どうしよう……。
動揺を悟られないよう、慌てて笑顔を作る。
「そうだったんですね。てっきりスマイルボーイズのファンダム名の『ニコちゃんず』からきてるのかと思ってましたー。あはは……」
そんな私の様子を見て、ロコさんはすまなそうに眉をハの字に下げた。
「びっくりしたでしょ。こんなおばあちゃんでごめんなさいね」
「いえ……そ、そんなことないですっ!」
私がドギマギしながら答えると、ロコさんはふふふ、と笑った。
「でも良かったわ。うちには息子と娘がいるけど、もう二人とも独立しちゃってるしどっちもアイドルには興味が無いから、一緒に行ってくれる人がいなかったの」
確かに、この年になって母親と外出とかあまりないかも。
「そうなんですね。と、とりあえず中に入りましょうか」
私たちはそんな話をしながら二人で店内に入った。
どうしよう。こんなに年上の人と、それも初対面の人と出歩くのって初めて。
なんだか緊張してきた。
いったいどんな話をすればいいの?
「わあ」
中に入ると、そこは記憶通りの、パステルカラーの可愛らしい店内だった。
ただ一つ違うのは、壁に推しのポスターが大きく飾られていること。
「み、見て。あそこにレイくんがいるわ!」
ロコさんが壁を指さし、声を震わせる。
「こんなに大きく写真が飾られるほど人気になったのね……」
よほど感動したのか息を詰まらせるロコさん。
本当にレイくんのことが好きなんだな。
「それじゃあ、ここに座りましょう」
私がレイくんの写真の下の席を提案すると、ロコさんは目を大きく見開いた。
「良いんですか⁉」
「ええ、タケルくんの席は他の人に座られてるし」
私がタケルくんの写真のそばの席を指さすと、ロコさんは小さく「ありがとうございます」と頭を下げ、レイくんの写真のそばに腰かけた。
「レイくんいてよかったですね」
私が言うと、ロコさんは身を乗り出して入り口を指さした。
「ええ、入り口の等身大パネルはレイくんがいなかったものね」
スマイルボーイズは九人組グループだけど、入り口のパネルは私の推しのタケルくんを含め年上の三人だけだったんだ。
「……と。あらごめんね。良い年したおばあちゃんが取り乱しちゃって」