「――会長、急に押しかけてしまって申し訳ございません」

 山崎さんは応接スペースのソファーに腰を下ろすなり、わたしに深々と頭を下げた。

「専務、お茶をお持ち致しました。どうぞ。――あ、コーヒーの方がよかったですか?」

「いやいや。ありがとう、桐島君。いただくよ」

 貢は専務が湯呑みを引き寄せたのを確かめてから、デスクに戻ろうとしたけれど。

「桐島さん、ここにいて。貴方にも一緒に聞いてほしい話だから」

 わたしはそんな彼を引き留めた。この話は彼にも関係のあること、いやむしろ彼こそがいちばんの当事者だったのだから。
 彼がわたしの隣に腰を下ろすと、山崎さんが口を開いた。

「――会長、報告が遅くなってしまい申し訳ございません。先日会長からご依頼のありました、総務課のハラスメントに関する調査についてですが」

「いえ。お忙しい中無理なお願いをしてしまったのはこちらですから、どうぞお気になさらず。――それで、どうでした?」

「私どもの調査の結果、総務課のハラスメント問題は現在も続いていることが判明致しました。それも、課に在籍している社員の実に九割が被害に遭っている、と」

「そんなに被害者が……。でも、どうやってそこまで調べたんですか?」

 山崎さんがローテーブルの上に置いた資料を手に取ってパラパラめくりながら、わたしは愕然(がくぜん)とした気持ちで訊ねた。

「何とアナログな方法だろうかと思われるでしょうが、総務課の社員一人一人に聞き取りを行いました。わたしは昔人間ですので、地道にコツコツしかできませんもので」

「それは大変でしたね。ご苦労さまでした。ありがとうございます」

「それで、山崎専務。僕からも質問なんですが……、そのハラスメントを行っていたのはもしかして、島谷(しまたに)課長ではありませんか?」

 貢の口から、初めて具体的な人物名が飛び出した。もしかして、彼を苦しめていたのもその人だったの? 
 そう思いながら山崎さんの顔を見れば、彼の眉がピクリと動いた。

「当たりだよ、桐島君。君の口からその名前が出てくれてよかった。――島谷照夫(てるお)課長はいわゆる〝ワンマン管理職〟でしてね、もう二年ほど前から部下にパワハラやモラハラ、女性社員にはセクハラ行為も行っていたようです。その被害内容は、今お持ちの資料にまとめてありますが」

「これは……、ひどいですね。体を壊したり、メンタルをやられて会社を辞めたり休職している人も大勢いるみたいだし」

 わたしは資料をめくりながら眉をひそめた。こんな重大な問題が、本当に、しかも現在進行形でこの会社に潜んでいたなんて。