「やっと納車されたので、今日乗ってきたんです。絢乃さんに真っ先にお披露目するとお約束していたもので」

「そういえば……、そうだったね。じゃあちょっと待ってて。部屋からコート取ってくるから」

 外は雪が降っていて、タートルネックの赤いニットと深緑色のジャンパースカートだけでは寒いので、わたしは自分の部屋まで上着を取りに戻ろうとしたけれど。

「お嬢さま、上着をお持ち致しましたよ」

 絶妙なタイミングで、史子さんがわたしお気に入りのダッフルコートを抱えてリビングへ戻ってきた。

「ありがとう、史子さん。じゃあ、ちょっと出てきます」

「今日はお世話になりました。楽しかったです。それじゃ、僕はこれで失礼致します」

 わたしは彼女に手を振り、彼は丁寧にお礼を言って、カーポートへ向かったのだった。


「――これが僕の新車です」

「わぁ、カッコいい! これってけっこう高いヤツだよね?」

 彼が披露してくれた新車は、〈L〉のシルバーカラーのセダンだった。ちゃんと4ドア仕様で、内装はぬくもりを感じる濃いワインレッドのシート。父の愛車も同じメーカーのだったけれど、色は紺色で型も少し古かった。

「はい。内装も、絢乃さんに乗って頂くことを考えてこの色を選びました。どうですか?」

「うん、すごくステキだし、乗り心地もよさそう。でも、どうしてわたしのためにそこまで?」

 彼が新車をカスタムしたのは、わたしを乗せること前提だったように聞こえて、わたしは首を傾げた。

「実は……ですね、こうしたのは僕の異動先にも関係があって……。もう、絢乃さんには申し上げた方がいいかもしれませんね。僕の異動先というのは、人事部・秘書室なんです」

「秘書……?」

 彼が覚悟を決めたように打ち明けたので、わたしは瞬いた。彼は父に死期が迫っていたことを知っていた。そして、父の後継者になるのはきっとわたしだということも。まさか父の死を予測してここまで準備していたわけではないだろうけど……。

「はい。こういう言い方は誤解を招きそうですが、お父さまの跡を継がれるのは十中八九あなたでしょう。僕は万が一そうなってしまった時のために、異動や新車購入を考えていたんです。あなたを支えるため、あなたのお力になるために」

 彼は誠実に、この決断に至った経緯をわたしに話してくれた。きっと彼の中で葛藤もあったんだろう。この話をしたことで、わたしを傷付けてしまったらどうしよう、と。