「…………そう、ですか」

 鼻をすすりながら言ったわたしに、彼も茫然となっていた。

「……どうしてこんなことになっちゃったのかな。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう? わたし……悔しい! どうしてわたしじゃなくてパパだったんだろう……」

 とうとうこらえきれなくなり、わたしは泣き出した。彼の前で泣きたくなんかなかったのに、悔しさと絶望と、何だかよく分らない感情から涙は次々溢れてきた。父にこんな試練を与えた神様を恨んだ(とは言っても、我が家は無宗教だけど)。
 貢はわたしが泣いている間ずっと、見ないフリをしてくれていた。わたしに気が済むまで泣かせてあげようという、彼の優しさだったんだと思う。

「――ゴメンね、桐島さん。もう大丈夫」

「落ち着かれたようですね。よかった。――絢乃さん、僕から一つアドバイスさせて頂いてもいいですか?」

「……うん」

 彼が励まそうとしてくれているのだと分かり、わたしは彼の方に向けて顔を上げた。

「お父さまの余命を()()()()()()()()()と悲観せず、()()()()()()()()と前向きに(とら)えてみてはどうでしょうか」

「うん……?」

「三ヶ月もあれば色々できますよ。ご家族で思い出を作ったり、親孝行もできます。お父さまが死を迎えられるまでの覚悟……というか心の準備も十分にできるはずです。これからの三ヶ月間、お父さまとの一日一日を大事に過ごして下さい。何かあれば、何でも僕に相談して下さいね」

「うん……そうだよね。パパは明日すぐにいなくなっちゃうわけじゃないんだもんね。桐島さん、ありがと! 貴方がいてくれてよかった」

 彼の言葉で気づかされた。三ヶ月という、父に残された時間は決して短くないんだと。わたし一人だったらもっと悲観していたかもしれない。でも、彼のおかげで少し前を向けた気がした。


   * * * *


「――絢乃さん、僕は会社へ戻らないといけないので、これで失礼します」

 篠沢家の前でわたしを降ろしてくれた貢は、残念そうにそう言った。

「わざわざ仕事を抜けて来てくれたの? ありがとう。ゴメンね」

 そのせいで彼が上司の人に怒られたら……と、わたしは気が咎めたけれど。

「いえいえ、会長夫人の頼みごとでしたら上司にも咎められないでしょうから。では、これで――」

「あっ、ちょっと待って!」

 何かお礼をしなきゃ、と彼を引き留め、スクールバッグからピンクゴールドの長財布を取り出した。一万円札だと彼に気を遣わせてしまうし、かと言って千円札では少なすぎる。悩んだ末に五千円札を抜き取り、二つに折り畳むと彼の右手に握らせた。

「これ……今日のお礼と、泣いたことへの口止め料込みで」

「そんな、受け取れませんよ。お金が欲しかったわけじゃありませんから」

「受け取ってくれないと困る。今のわたしにはこれくらいしかお礼できないから、ね?」