結局、私と海斗くんで決めた作戦はこうだった。
【ちょうど地元で最近できた大型遊園地あるだろ。そこのチケット、うちの親父からもらったんだけど】
【えっ!】
私の知っている時代ではメジャーになっているけれど、当時はまだそこまで知名度のなかった遊園地だった。
【なんでそんなチケット持ってるの?】
【親父が特典かなんかでもらったんだけど、俺ひとりでチケット捌けさせることもできねえし。皆で行けばいいじゃん】
【行きたい!】
私たちは、大樹くんと菜々子ちゃんをふたりっきりにさせられるよう作戦を立てた。あとは皆で遊びに行くという名目でふたりにさせればいけるだろう。
何度もやり取りをして、最終的に【そろそろ風呂】と海斗くんが打ち切ってから、私は天井を見上げた。
皆で仲良く過ごしていたと思うけれど、思えば皆で一緒に遊びに行くにしても、せいぜい地元の映画館とか、ショッピングモール止まりで、少し遠出で遊園地まで行くことはなかったように思う。
これで上手くいくといいなあ。これで上手くいくといいよなあ。そうぼんやりと思った。
自分の胸の痛みを、できる限り見なかったことにして。
****
「あのさあ、親父が遊園地のチケットくれたんだけど、よかったら行かないか?」
海外モチーフのメルヘンさは、ときおりCMで流れていた。それに菜々子ちゃんは「ふーん」と首を傾げた。
「遊園地って久々だなあ。最後に行ったのは多分小学校のときかも」
「そうなんだ?」
私はそこで一瞬不安になった。
菜々子ちゃんはかなり独自の世界観を生きている。歴史的に価値のある場所で見物するよりも、持参していたマンガを読んで展示を見に行かなかったり。
皆で面白かったとはしゃいでいた映画を、ただひとり困った顔で「そうだった?」と言ったり。
まさかと思うけれど、ここでも遊園地を「つまんない」とか言わないよなあ……。
そうハラハラとしていたけれど、意外なことに、彼女は目を輝かせている。
「ここってたしか、衣装貸してくれるよねえ? 着たい着たい」
「うん、たしかにレンタル衣装貸してくれるね」
外国の民族衣装で、フランスやらイギリスやらスペインやらの服をレンタルしてくれて、それで遊園地を遊ばせてくれるらしかった。
ああ、そっか。菜々子ちゃんは元々声優希望だし、自分で可愛い服も着てみたかったんだなと心底ほっとする。
それで菜々子ちゃんは乗り気になったらしく「なら行きたい!」と元気に手を挙げた。
「そりゃよかった。大樹は? どうする?」
「行ってみたいな。ここ、かなり外国文化を調べてるらしいから」
「そんなに専門的なんだ、面白そう!」
大樹くんも乗り気になってくれたし、これならば大丈夫だろう。
皆でスマホでサイトを見ている中、私と海斗くんは目配せをしていた。チリチリチリチリと胸が痛む。私はそれに歯を食いしばった。
やめてよ。私のわがままで、大樹くんを絶望なんてさせたくない。
大樹くんのことを好きな人が一緒にいたら、彼をひとりになんてさせないんだから。私はそう自分を律するよう心がけた。
多分十年後の私だったら、もっとさばけて達観していたけれど、今の高校生の私は、体に引き摺られてしまっている。
未来を知っているのに、すぐ目先の行動に走ろうとするんだから、どうしようもない。
****
その日が五月晴れ。
本来だったらゴールデンウィークで人も混雑しているはずなのに、遊園地はどこをどうなっているのか、人が閑散としていた。
「なにこれ、ほとんど貸し切りじゃん」
菜々子ちゃんがあっけらかんと言った。それに私は思わず「菜々子ちゃん!」と悲鳴を上げた。
おしゃれな建物。どこもかしこもピカピカしているのに、何故か人だけいない。近所に某有名観光スポットがあるからそっちに客足が流れてしまったのか、少し電車で足を伸ばしたらもっと有名な遊園地があるせいなのか、海斗くんが連れてきてくれた遊園地は、本当に人がいない。
でも海斗くんが「いいじゃん」と全く気にする素振りがない。
「これだけ人がいないなら、俺たち乗り放題だし、食事だって好きなところで食べられるし」
「そりゃそうなんだけど……」
「それよりレンタル衣装は?」
「あっ、そうだ! 店どこだっけ!?」
私たちは地図を広げて、慌ててそちらへと駆けていった。
レンタル衣装に「レンタル衣装を見たいんですが」と言ったら、店員さんがすごい勢いで歓迎して、いろんな衣装を見せてくれた。
スペインの闘牛士っぽい衣装、フラメンコダンサーの衣装はもちろんのこと、ドイツのエプロンドレス、フランスのブルボン王朝風ドレスに、イギリスのヴィクトリアドレスなど、いろんなものを見せてくれた。
結局は私はヘッドドレスが可愛かったからと、イギリスのヴィクトリアドレスを選び、菜々子ちゃんは真っ赤なフラメンコダンサーの衣装を着付けてもらって出て行った。
「男子は服着替えなくっていいの? 楽しいよ!」
菜々子ちゃんが元気に手を振ると、途端に顔を真っ赤にした大樹くんが視線を逸らしてしまったのに、私は少なからずむっとする。私のドレス姿には見向きもしないのに。
その中、海斗くんは「あはは」と笑う。
「今日は日差し強いし。女子は割と今日みたいな日でも涼しいとは思うけど、男子の貸衣装が悲惨なことになりそうだからパス」
まあ、たしかに。
私たちはなんだかんだ言って、風通しがいいから、ゴテゴテしている割には思っているより涼しいし蒸さないけれど。男子の場合は露出の全くない闘牛士の服とか、ヴィクトリア王朝の紳士の格好とか、海賊衣装とかは暑いだろう。ふたりともTシャツにデニムって出で立ちだから、余計に暑い格好をしたくはなかったのかも。
それをあまり気にしない菜々子ちゃんは「そうなんだ?」と言って早速アトラクションを確認した。
「今だったら私たちだけでジェットコースター乗れるかもよ。行こう行こう」
「待って菜々子ちゃん! 足早い!」
靴も貸してもらえたけれど、私は少しヒールのあるパンプスであり、石畳にヒールが引っかかって走りにくい。対して菜々子ちゃんは赤くて高いヒールのダンスシューズにもかかわらず、軽快に走っていくんだ。
それに大樹くんは笑って「待って菜々子!」と追いかけていく。
あまりに嬉しそうな笑顔だったら、こちらもむっとしていた気持ちが削がれて、ゆっくり歩き出す。
そうだよな……目的は大樹くんと菜々子ちゃんの仲を進展させることだから、私が主役になったら駄目なんだ。そう考えたらどうしてもしょんぼりしてしまう。
その中、頑張って避けていたのに、とうとうヒールが石畳と石畳の間にガツンッと入ってしまい、私はつんのめる。
「うっわあ!」
ここでこけたら絶対に痛い!
思わず目を瞑ったものの「よっと」という声で受け止められた。
「……へっ?」
「大丈夫かあ? 折角可愛い服着てるのに、汚れたら事だもんなあ?」
そう言って軽く受け止めた私を引き上げて立たせてくれたのは、海斗くんだった。
「ありがとう……」
「いやいや。ここでこけたら痛いだろ。石畳だし」
「うん、そうなんだけど」
「菜々子すごいなあ。ヒールで全力疾走って。あいつ声優になるって豪語してたけど本当だったんだな。あれだけ動けるの、体幹鍛えてないと無理だろ」
声優やるためにはどうしてもボイストレーニングが必要らしいし、菜々子ちゃんはボイストレーニングのためにかなり鍛えている。
体幹が強いのも、声優になるためのトレーニングの結果だろう。その手のことをちっとも自慢したりしない子だから。
本当に、本当に。
「すごいよね、菜々子ちゃんは」
彼女が今、輝いているのは。声優になりたくって仕方がないからだ。
私は十年後の彼女を知っているし、彼女が現代の今を納得していなくっても、声だけで充分食べていけるようになっているだけ彼女は立派なんだ。
そんな彼女となにもない自分を比べようなんて、おこがましいにも程があるのに。
どうしても今日の私は、ずっとシュンとしてしまう。
【ちょうど地元で最近できた大型遊園地あるだろ。そこのチケット、うちの親父からもらったんだけど】
【えっ!】
私の知っている時代ではメジャーになっているけれど、当時はまだそこまで知名度のなかった遊園地だった。
【なんでそんなチケット持ってるの?】
【親父が特典かなんかでもらったんだけど、俺ひとりでチケット捌けさせることもできねえし。皆で行けばいいじゃん】
【行きたい!】
私たちは、大樹くんと菜々子ちゃんをふたりっきりにさせられるよう作戦を立てた。あとは皆で遊びに行くという名目でふたりにさせればいけるだろう。
何度もやり取りをして、最終的に【そろそろ風呂】と海斗くんが打ち切ってから、私は天井を見上げた。
皆で仲良く過ごしていたと思うけれど、思えば皆で一緒に遊びに行くにしても、せいぜい地元の映画館とか、ショッピングモール止まりで、少し遠出で遊園地まで行くことはなかったように思う。
これで上手くいくといいなあ。これで上手くいくといいよなあ。そうぼんやりと思った。
自分の胸の痛みを、できる限り見なかったことにして。
****
「あのさあ、親父が遊園地のチケットくれたんだけど、よかったら行かないか?」
海外モチーフのメルヘンさは、ときおりCMで流れていた。それに菜々子ちゃんは「ふーん」と首を傾げた。
「遊園地って久々だなあ。最後に行ったのは多分小学校のときかも」
「そうなんだ?」
私はそこで一瞬不安になった。
菜々子ちゃんはかなり独自の世界観を生きている。歴史的に価値のある場所で見物するよりも、持参していたマンガを読んで展示を見に行かなかったり。
皆で面白かったとはしゃいでいた映画を、ただひとり困った顔で「そうだった?」と言ったり。
まさかと思うけれど、ここでも遊園地を「つまんない」とか言わないよなあ……。
そうハラハラとしていたけれど、意外なことに、彼女は目を輝かせている。
「ここってたしか、衣装貸してくれるよねえ? 着たい着たい」
「うん、たしかにレンタル衣装貸してくれるね」
外国の民族衣装で、フランスやらイギリスやらスペインやらの服をレンタルしてくれて、それで遊園地を遊ばせてくれるらしかった。
ああ、そっか。菜々子ちゃんは元々声優希望だし、自分で可愛い服も着てみたかったんだなと心底ほっとする。
それで菜々子ちゃんは乗り気になったらしく「なら行きたい!」と元気に手を挙げた。
「そりゃよかった。大樹は? どうする?」
「行ってみたいな。ここ、かなり外国文化を調べてるらしいから」
「そんなに専門的なんだ、面白そう!」
大樹くんも乗り気になってくれたし、これならば大丈夫だろう。
皆でスマホでサイトを見ている中、私と海斗くんは目配せをしていた。チリチリチリチリと胸が痛む。私はそれに歯を食いしばった。
やめてよ。私のわがままで、大樹くんを絶望なんてさせたくない。
大樹くんのことを好きな人が一緒にいたら、彼をひとりになんてさせないんだから。私はそう自分を律するよう心がけた。
多分十年後の私だったら、もっとさばけて達観していたけれど、今の高校生の私は、体に引き摺られてしまっている。
未来を知っているのに、すぐ目先の行動に走ろうとするんだから、どうしようもない。
****
その日が五月晴れ。
本来だったらゴールデンウィークで人も混雑しているはずなのに、遊園地はどこをどうなっているのか、人が閑散としていた。
「なにこれ、ほとんど貸し切りじゃん」
菜々子ちゃんがあっけらかんと言った。それに私は思わず「菜々子ちゃん!」と悲鳴を上げた。
おしゃれな建物。どこもかしこもピカピカしているのに、何故か人だけいない。近所に某有名観光スポットがあるからそっちに客足が流れてしまったのか、少し電車で足を伸ばしたらもっと有名な遊園地があるせいなのか、海斗くんが連れてきてくれた遊園地は、本当に人がいない。
でも海斗くんが「いいじゃん」と全く気にする素振りがない。
「これだけ人がいないなら、俺たち乗り放題だし、食事だって好きなところで食べられるし」
「そりゃそうなんだけど……」
「それよりレンタル衣装は?」
「あっ、そうだ! 店どこだっけ!?」
私たちは地図を広げて、慌ててそちらへと駆けていった。
レンタル衣装に「レンタル衣装を見たいんですが」と言ったら、店員さんがすごい勢いで歓迎して、いろんな衣装を見せてくれた。
スペインの闘牛士っぽい衣装、フラメンコダンサーの衣装はもちろんのこと、ドイツのエプロンドレス、フランスのブルボン王朝風ドレスに、イギリスのヴィクトリアドレスなど、いろんなものを見せてくれた。
結局は私はヘッドドレスが可愛かったからと、イギリスのヴィクトリアドレスを選び、菜々子ちゃんは真っ赤なフラメンコダンサーの衣装を着付けてもらって出て行った。
「男子は服着替えなくっていいの? 楽しいよ!」
菜々子ちゃんが元気に手を振ると、途端に顔を真っ赤にした大樹くんが視線を逸らしてしまったのに、私は少なからずむっとする。私のドレス姿には見向きもしないのに。
その中、海斗くんは「あはは」と笑う。
「今日は日差し強いし。女子は割と今日みたいな日でも涼しいとは思うけど、男子の貸衣装が悲惨なことになりそうだからパス」
まあ、たしかに。
私たちはなんだかんだ言って、風通しがいいから、ゴテゴテしている割には思っているより涼しいし蒸さないけれど。男子の場合は露出の全くない闘牛士の服とか、ヴィクトリア王朝の紳士の格好とか、海賊衣装とかは暑いだろう。ふたりともTシャツにデニムって出で立ちだから、余計に暑い格好をしたくはなかったのかも。
それをあまり気にしない菜々子ちゃんは「そうなんだ?」と言って早速アトラクションを確認した。
「今だったら私たちだけでジェットコースター乗れるかもよ。行こう行こう」
「待って菜々子ちゃん! 足早い!」
靴も貸してもらえたけれど、私は少しヒールのあるパンプスであり、石畳にヒールが引っかかって走りにくい。対して菜々子ちゃんは赤くて高いヒールのダンスシューズにもかかわらず、軽快に走っていくんだ。
それに大樹くんは笑って「待って菜々子!」と追いかけていく。
あまりに嬉しそうな笑顔だったら、こちらもむっとしていた気持ちが削がれて、ゆっくり歩き出す。
そうだよな……目的は大樹くんと菜々子ちゃんの仲を進展させることだから、私が主役になったら駄目なんだ。そう考えたらどうしてもしょんぼりしてしまう。
その中、頑張って避けていたのに、とうとうヒールが石畳と石畳の間にガツンッと入ってしまい、私はつんのめる。
「うっわあ!」
ここでこけたら絶対に痛い!
思わず目を瞑ったものの「よっと」という声で受け止められた。
「……へっ?」
「大丈夫かあ? 折角可愛い服着てるのに、汚れたら事だもんなあ?」
そう言って軽く受け止めた私を引き上げて立たせてくれたのは、海斗くんだった。
「ありがとう……」
「いやいや。ここでこけたら痛いだろ。石畳だし」
「うん、そうなんだけど」
「菜々子すごいなあ。ヒールで全力疾走って。あいつ声優になるって豪語してたけど本当だったんだな。あれだけ動けるの、体幹鍛えてないと無理だろ」
声優やるためにはどうしてもボイストレーニングが必要らしいし、菜々子ちゃんはボイストレーニングのためにかなり鍛えている。
体幹が強いのも、声優になるためのトレーニングの結果だろう。その手のことをちっとも自慢したりしない子だから。
本当に、本当に。
「すごいよね、菜々子ちゃんは」
彼女が今、輝いているのは。声優になりたくって仕方がないからだ。
私は十年後の彼女を知っているし、彼女が現代の今を納得していなくっても、声だけで充分食べていけるようになっているだけ彼女は立派なんだ。
そんな彼女となにもない自分を比べようなんて、おこがましいにも程があるのに。
どうしても今日の私は、ずっとシュンとしてしまう。