私は小説を読みながら、文章の書き方を習得しつつ、どうにか一文字一文字をポチポチと打っていた。
 糸巻様の話を、いろんな人に知ってもらおうと、興味を持ってもらおうと小説に書くことにしたのだ。ネット小説というものがあるらしいし、そこで興味を持ってもらえれば、廃校になるのは免れるんじゃないのか。
 私が知っている限り、廃校の危機にさらされていたものの、有名小説のモデルだったがために、すんでのところで回避した例が十年後にネットニュースでちらりと見た記憶がある。これが廃校決定を下す直前だったら意味がないかもしれない。
 それ以前にネット小説にどれだけ意味があるのかはわからない。でも。なにもしないよりだいぶマシだと、私は精一杯書きはじめた。
 その中で、私は何個か前にあった話を書きはじめた。
 同じ高校の友達のグループが廃校をきっかけに離ればなれになり、そのグループの内の誰かが死んでしまう。それを何度も何度もやり直して、どうにかして十年後、皆で集まって同窓会ができるようにするまでの話。
 ここで男女グループにしようかと悩んだものの、そのまんま書いたら大樹くんや海斗くんに怒られるかもしれない。そう思ったら、男子グループにして、何度もやり直す話にすることにした。
 とりあえず図書館で音楽雑誌、高度経済成長時代の風土史、この辺りの歴史資料を借りてきて、ゆっくりと打ち込みはじめた。
 一生懸命小説を書いてみたら、最初は誰も読んでいなかったというのに、【糸巻様懐かしい】と、たまたまうちの町出身の人がコメントをくださり、そこから少しずつ、本当に川に小石を投げつけて波紋を立てたかのように少しずつ、人に読んでもらえるようになった。
 私が小説をなんとか完成させた頃、そろそろ高校受験に差し掛かる頃だった。私が小説を上げていたサイトから、見知らぬ人からメッセージが届いていた。

「なにこれ」
【書籍化打診のお知らせ】

 それは願ってもない話だったけれど、ここまでトントン拍子に進んでいいのかという、おかしなことになっていた。

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「まさか現役中学生の子が、こんな大作を書くなんて! しかも糸巻様なんてご当地文化をモチーフに、何度も何度もやり直すなんて……少し前には確かにタイムループは流行っていたんですけど、今はすっかり廃れていたんですけどね。瑞々しい文章で書かれた青春に、思わず涙を流しまして」
「はあ……」

 出版社の編集者さんのしゃべる言葉は長々しい上に、やけに褒めてくれるのを呆気に取られて見ていた。私からしてみれば、「人に糸巻様のことを少しでも知ってもらって、うちの町に興味を持ってもらったら、廃校は免れるんじゃないか」という、蜘蛛の糸よりも細い希望だった。
 一応受験はある。何度も何度もやり直しているからと言って、勉強はしないと普通に試験は落ちるし、中卒だったらきっと困る。でも。本を早めに出さないと、廃校の決定は覆せない。
 私は「あのう……」と言った。

「私が中学生で小説書いたっていうのをネタにしてもかまいません。糸巻様と、この町のことを記事にして、出版まで宣伝してもらうってことはできますか?」
「うん? そりゃプロモーションはいろいろ考えていますが」
「ええっとですね。近所の神社の宮司さんに聞きました。大昔、高度経済成長のときにたくさん引っ越しがあって、そこから糸巻様のおまじないが生まれたって」

 私たちが何度も何度も繰り返し、いろいろ試し、自分たちすら知らない歴史がはじまったのを目撃したのだって、結局はその頃に大人の身勝手に振り回されたかつて子供だった子たちの嘆きや祈りが、菜々子ちゃんのやったおまじないによって私たちを巻き込んだんだろう。燃やして終わりじゃ、全然ないんだ。

「高度経済成長時代に、土地の売却がたくさんあったのだって、その頃にしていた産業が廃れたからだと思うんですよ。町がもっと活気づいてて、お金もたくさんあったら、多分そんな売却騒ぎのせいでその時代の子供たちも巻き込まれなくって済んだと思うんです……今だってネットはありますけど、結局は今の人間関係に引っ張られますから、距離が離れてしまったらいつまでもその関係を続けられませんし」
「なるほど……だから、この町で起こったことを、きちんと宣伝してほしいと?」
「はい。私たちはまだ、自分たちだけで人生を決められません。多分決められる人たちだって中にはいるとは思うんですが、そういう人たちはきっと恵まれていますから」

 そんな恵まれた環境、地方にまで降りてくることはないだろう。
 私の話に、編集者さんはしばらく黙ってから「わかりました」と口を開いた。

「このことは本が出るまでの間、取材した上で記事を書きましょう。たしかに今はネットのおかげでどこでだって繋がれるとは言いますけどねえ」
「そんなこと全然ありませんよ。ネットだってアカウント削除したりケータイ変えちゃったら簡単に音信不通になるじゃないですか」

 私の声は大きくはないけれど。誰かの力を借りたら、少しは届くかもしれない。
 どうか届いて。そう必死に祈ったのだった。