その日の夜、夢を見た。
神社に立っている菜々子ちゃんの姿だった。制服は高校のもの。これは何回目の世界なんだろうとぼんやりと思った。
蝉が鳴いているものの覇気はなく、鈴虫がどこかでころころと鳴いている不条理。多分季節は秋で、ちょうど廃校が決まった頃なんだろうとは想像できた。
「……なんで、なんでこうなるの……」
グスングスンと泣いている。
「私にはここしかなかったのに」
彼女が泣いているのも無理はない。菜々子ちゃんの男嫌いは筋金入りであり、もしも海斗くんと大樹くんのフォローがなかったら、彼女は今でも男の子とトラブルになっていた。
でも、大樹くんは既に私立に行くことが決まっていたし、私たちも二時間かけて隣の高校に行くことが決定していた。
彼女からしてみれば、そりゃ不安だっただろう。今の学校の子たちは、菜々子ちゃんの男嫌いをなんとなく理解はしていて、それとなく距離を置いている。それを知らない子が菜々子ちゃんに優しくされてコロリといき、それが原因でまた彼女を追い詰める。
私は菜々子ちゃんのことをずっと助けることはできないけれど、彼女が嫌がらないようにできる限り男子との間に挟まっていた。彼女がこれ以上傷つかないように。
でも。それなのに私は死んじゃったんだ。
菜々子ちゃんは泣く。
「……亜美の家、大変そうだし」
私の家、いったいなにがあったんだろう。海斗くんと大樹くんも教えてくれなかった。私がなにもかも嫌になって東京に行くようなことがあったらしい。
「海斗はモテるし。大樹は頭いいし……いつまでも私のお世話はできないよね。いつかは誰かを好きになるから……いいなあ、いいなあ」
誰のことも好きになれないっていうのは、ちょっとした絶望なんじゃないかと、海斗くんを見ていても思う。菜々子ちゃんもまた、彼と似たような絶望を感じていたんだろう。
泣かないで。私はなんとか手を伸ばそうとしても、スルリと手はすり抜ける。夢だと彼女が泣き止むまで頭を撫でることも抱き締めることもできないらしい。
それに私がシュンとしていると、菜々子ちゃんは泣いた。
「お困りのようですねえ」
「……宮司さん?」
それは先ほど会った宮司さんだった。その人は菜々子ちゃんの隣に立つ。
「前にも似たようなことがありましたよ。そうは言っても高度経済成長の頃の話ですからね。今の学生さんたちはまず生まれていませんが」
「生まれる前に、似たようなことが?」
「ええ。早い話、大人の都合で引っ越さざるを得なくなり、子供たちの人間関係がバラバラになってしまう話が続出したんです」
それは私が聞いた話とだいたい同じだった。
宮司さんは続ける。
「ですから、当時の子たちは皆と一緒にいられますようにと祈りを込めて、糸巻様って神様を作り上げて、皆で祈っていたんですよ」
「……いとまきさまって……?」
「大昔はこの辺りも養蚕業をしてましたからね。その名残と運命の赤い糸を混ぜたようなおまじないですね。糸巻様に祈れば、いつまでも友達とずっと一緒にいられるっていう、そんなおまじない」
これを子供騙しと一蹴できる人は、きっとつまらない人生を送っていることだろう。
インターネットがあるんだから、いくらでも繋がっていられるだろうという人だっているだろう。
でも、物理的に離れてしまったら、気持ちだっていつかは離れてしまうのだ。
そのとき、私はふと気付いた。
元々のケチの付けはじめは、高校の廃校のせいだ。その廃校が原因で、何周やり直しても、どうにもならなかった。私たちが入学するまで廃校が決定したことが公表されなかったのは、ギリギリまで廃校予定の学校として残ったものの、決め手に欠けたから保留になっていたんだ。
今だったら、これをなんとかできないのかな?
私は燃えた糸巻様を思った。何回も繰り返した結果、時間が滅茶苦茶になってしまってこの時間枠にも流れてきてしまった絵馬。糸巻様。でも。
これがなかったら思いつきもしなかった。
神社に立っている菜々子ちゃんの姿だった。制服は高校のもの。これは何回目の世界なんだろうとぼんやりと思った。
蝉が鳴いているものの覇気はなく、鈴虫がどこかでころころと鳴いている不条理。多分季節は秋で、ちょうど廃校が決まった頃なんだろうとは想像できた。
「……なんで、なんでこうなるの……」
グスングスンと泣いている。
「私にはここしかなかったのに」
彼女が泣いているのも無理はない。菜々子ちゃんの男嫌いは筋金入りであり、もしも海斗くんと大樹くんのフォローがなかったら、彼女は今でも男の子とトラブルになっていた。
でも、大樹くんは既に私立に行くことが決まっていたし、私たちも二時間かけて隣の高校に行くことが決定していた。
彼女からしてみれば、そりゃ不安だっただろう。今の学校の子たちは、菜々子ちゃんの男嫌いをなんとなく理解はしていて、それとなく距離を置いている。それを知らない子が菜々子ちゃんに優しくされてコロリといき、それが原因でまた彼女を追い詰める。
私は菜々子ちゃんのことをずっと助けることはできないけれど、彼女が嫌がらないようにできる限り男子との間に挟まっていた。彼女がこれ以上傷つかないように。
でも。それなのに私は死んじゃったんだ。
菜々子ちゃんは泣く。
「……亜美の家、大変そうだし」
私の家、いったいなにがあったんだろう。海斗くんと大樹くんも教えてくれなかった。私がなにもかも嫌になって東京に行くようなことがあったらしい。
「海斗はモテるし。大樹は頭いいし……いつまでも私のお世話はできないよね。いつかは誰かを好きになるから……いいなあ、いいなあ」
誰のことも好きになれないっていうのは、ちょっとした絶望なんじゃないかと、海斗くんを見ていても思う。菜々子ちゃんもまた、彼と似たような絶望を感じていたんだろう。
泣かないで。私はなんとか手を伸ばそうとしても、スルリと手はすり抜ける。夢だと彼女が泣き止むまで頭を撫でることも抱き締めることもできないらしい。
それに私がシュンとしていると、菜々子ちゃんは泣いた。
「お困りのようですねえ」
「……宮司さん?」
それは先ほど会った宮司さんだった。その人は菜々子ちゃんの隣に立つ。
「前にも似たようなことがありましたよ。そうは言っても高度経済成長の頃の話ですからね。今の学生さんたちはまず生まれていませんが」
「生まれる前に、似たようなことが?」
「ええ。早い話、大人の都合で引っ越さざるを得なくなり、子供たちの人間関係がバラバラになってしまう話が続出したんです」
それは私が聞いた話とだいたい同じだった。
宮司さんは続ける。
「ですから、当時の子たちは皆と一緒にいられますようにと祈りを込めて、糸巻様って神様を作り上げて、皆で祈っていたんですよ」
「……いとまきさまって……?」
「大昔はこの辺りも養蚕業をしてましたからね。その名残と運命の赤い糸を混ぜたようなおまじないですね。糸巻様に祈れば、いつまでも友達とずっと一緒にいられるっていう、そんなおまじない」
これを子供騙しと一蹴できる人は、きっとつまらない人生を送っていることだろう。
インターネットがあるんだから、いくらでも繋がっていられるだろうという人だっているだろう。
でも、物理的に離れてしまったら、気持ちだっていつかは離れてしまうのだ。
そのとき、私はふと気付いた。
元々のケチの付けはじめは、高校の廃校のせいだ。その廃校が原因で、何周やり直しても、どうにもならなかった。私たちが入学するまで廃校が決定したことが公表されなかったのは、ギリギリまで廃校予定の学校として残ったものの、決め手に欠けたから保留になっていたんだ。
今だったら、これをなんとかできないのかな?
私は燃えた糸巻様を思った。何回も繰り返した結果、時間が滅茶苦茶になってしまってこの時間枠にも流れてきてしまった絵馬。糸巻様。でも。
これがなかったら思いつきもしなかった。