空の色はまだ暗い。
 私は急いでパンを食べると「今日は当番なの」と言い訳をしてから、家を飛び出した。
 カラスが飛んでいるのを見ながら、目的の公園へと急いだ。既に制服を着ている大樹くんと海斗くんが、公園の茂みを探し回っていた。

「おはよう。まだ部活は……」
「朝練はまだはじまってない。でもまあ……あと一時間もすればやってくると思うし、中学生が公園を荒らしてたら注意されるかも」
「一時間がタイムリミットなんだね……場所は?」
「今探してる。高校生がタイムカプセルを掘れる場所。菜々子は体力がないから、それでも掘り起こして埋められる場所ってなったら限られてるから」

 菜々子ちゃんは運動神経が悪い訳ではないけれど、できる限り力仕事はしたがらない性分だ。声優志望だから腹筋自体は鍛えているけれど、見られることを意識して、表立って目立つ場所に筋肉が乗らないよう意識していた。
 だから腕力自体はほとんどないんだ。それでもスコップを持って掘り起こせる場所。公園はあちこちで木々が根を張っているから、探すとなったら骨が折れるはずだ。
 でも菜々子ちゃんがタイムカプセルを埋めたとなったら……糸巻様のおまじないをしているとなったら、ここしかない。
 考えていて、ふと気付いた。
 菜々子ちゃんはちゃっかりしていて、要領がいい。そしてできる限り自分を可愛く見せたくて、タイムカプセルを埋めるにしても、汗水垂らしている可愛くない場面をできる限り人に見られたくないはずだ。
 だとしたら、土ができる限り柔らかい場所で、最小限の時間で終わらせるはず。

「……花壇」
「ええ?」
「花壇を探して。菜々子ちゃんの性格を考えたら、人に見つかるリスクはなるべく避けるはずだから、しょっちゅう草木を植え替えて土が柔らかいままの場所に埋めるから」
「なるほど? 了解」

 私たちはそれぞれ手分けして花壇を掘り起こしはじめた。花壇の花に「ごめんなさい、あとでちゃんと植え替えます」と言いながら、マーガレットやヴィオラを避けて花壇をまさぐり出す。
 いよいよもって、これを高校の先生に見つかったら中学に通報が入りそうだと、なるべく早く終わらせようとしている中。
 花壇に不釣り合いなガチンという音がスコップ越しに伝わった。

「えっ……」

 私は不自然な音のしたほうにスコップを突き立てる。そこにはブリキの箱が出てきたのだ。

「あっ……あったああああああああ!!」

 私の叫び声に、慌てて大樹くんが飛んできた。

「亜美、叫ばない。声で人が来る」
「ご、ごめん」

 同じく走って戻ってきた海斗くんも、私が引っ張り出してきたブリキの箱を見た。

「他の人のが間違って入ってたってこと、ないよな?」
「わからない……でも、普通は花壇の中には埋めないと思う」
「まあ、そっか。とりあえず開けてみよう」
「うん……」

 私たちは、おそるおそるブリキの箱に手をかけた。どうやって閉めたのかわからないけれど、私では癒着しているようでちっとも開けられなかったけれど、海斗くんはそれを難なくひょいと開けてしまった。
 中に入っていたのは、神社で見せてもらった糸巻様のご神体になる糸巻き。そして。折りたたまれて変色してしまった手紙だった。

「これ……開けても大丈夫なのかな」
「わかんね。そもそもこれ、最初の手紙なのかな」
「でも……僕たちは何度も繰り返してる。ずーっと繰り返して、二十代半ばで人生がやり直し。その先にはどこにもいけない。ずーっと糸巻き状にグルグルしてる。グルグルしている元凶を取り除かないと、きっとどこにも行けない」
「……菜々子ちゃん、ごめんなさい」

 私は代表して折りたたんでいた手紙を広げたのだった。

****

 私は、皆と一緒に卒業したかった。
 きっと今いるメンバーより上の最高のメンバーにはもう二度と会えないから。

 うちの親は、今でも学生時代の友達と遊びに行ったり飲みに行ったりしている。そういうもんなんだって私は思っていた。
 でも私たちは、そんなこともちっともできないまま離れ離れになってしまった。
 二時間もかけて学校になんて行ってたら、それだけで疲れ果てて、他のことなんてなんにもできなくなるよ。おまけに愛想笑いを浮かべていたら、勝手になぜか好かれるし、好きじゃないと言ったら怒るし、その手の男子が好きな女子からは厄介者扱いされるし。なんで? 好きじゃない人を好きじゃないと断らないと、いつになったら好きになってくれるんだろうって、自己中心的に考えられるんだよ。そんなこと言うから好きじゃないって話なのに。
 おとなしくってもしっかりしている亜美とか。
 大人びてて皆をよく見てる大樹とか。
 リーダー格で誰とでも仲良くなれる海斗とか。
 皆で一緒にいたかったなあ。本当に残念だった。

 でも、私よりももっと大変な子を見ていたら、そうも言ってられなくなった。
 元々おとなしかった亜美が、二時間もかけて学校往復している間に、どんどん弱っていったんだ。学校に通いながら、どんどん弱り、高校卒業の頃になったらすっかりと虫の息になってしまっていた。
 あまりに弱ったもんだから、私は心配になって「どうする? ここにいたくないんだったら、一緒に東京に行く?」と聞いた。
 私と亜美は上京し、それぞれの専門学校に通いながら楽しく過ごしはじめたけれど。私も声優の仕事がだんだん軌道に乗りはじめ、ルームシェアを解散しようかなとも考えはじめた中。亜美がまたしても弱っていくのを見逃してしまったんだ。
 あの子が高校に通いながらどんどん弱っていった理由。あの子は地元以外の人とは、テンポが全く合わなかったんだ。せかしてもダメ、のんびりしてもダメ。彼女のテンポが他の人と合わないばかりに、全然駄目じゃないのに、自分は駄目なんだとどんどん自分を追い詰めていった。
 私の馬鹿。私のトンマ。
 亜美が死んじゃったのは、私が亜美のこと考えずに東京に連れてきちゃったからだ。
 どこで間違ったのかな。
 私たちは、四人で一緒に過ごせたらそれでよかった。平和に生きていたかった。なのに。
 どうして地元の偉い人たちは、そんなささやかな願いすら粉々にするのかな。