夕方の境内は、なんとなく人が多い。
中学生が下校の際に突っ切るのはもちろんのこと、彼氏彼女がいる場合はそこでおみくじを買ったり、部活の優勝祈願のお守りを買ったりする青春ワンシーンが発生するからだった。
どこかの家から出汁の湯気が立ち上るのを見ながら、私たちは目的の絵馬を探していた。一番古いもので、ひと目見ただけでわかる。大概は白い絵馬に文字やらイラストやらが書き込まれているのに対して、それだけは少し黒茶色く変色してしまっていて、海斗くんもすぐに見つけ出すことができた。
「ああ、これかあ……」
「うん」
「さすがにこの手の奴には、年代は書いてないよなあ」
「年代?」
「絵とか文とか書く人は、たまに書いた日付を書くことがあるけど。菜々子はそういうの気にするかなと思ったけど、書いてないみたいだ」
「まあ……絵馬だからねえ」
「そうだな」
そう言いながら、私たちは目的の絵馬を見つめていた。
でもこれだけ古いってことは、これだけ私たちが何度も何度も繰り返された中、ここに流れてきたってことなのかな。
ご神木が風を受け、太い幹から伸びる梢が揺れる。そのカサカサという音を聞きながら、私たちは見上げていた。
「そういえば。糸巻様はタイムカプセルに埋められるって聞いたけど」
「タイムカプセル?」
「うん。もしかすると、私が死んだときに、菜々子ちゃんはそれを埋めたのかもしれない。それが中途半端に叶ったせいで……今の歪な繰り返しが行われるようになったのかも」
あくまで妄想だった。ただ、もうご当地の神様やら、明らかにひとつだけ年代の違う絵馬やら出されたら、もう怖い物なんて皆の死以外になかった。
海斗くんは腕を組んだ。
「……なるほどなあ」
「でもタイムカプセルなんて、どうやって探そう」
「普通に考えたら、タイムカプセルを埋めるタイミングなんて……」
私と海斗くんは気付いた。
全員がバラバラになってしまってから埋めても、意味がない。
「……廃校になる予定の、高校の近所だ。」
****
私と海斗くんは、親にはそれぞれ「部活の助っ人。数合わせ」と言い訳をして、ふたり揃って家に電話をしてから高校の近所の公園に来ていた。
基本的に遊具もほとんどない公園で、せいぜいブランコとベンチ、滑り台とシーソーくらいしかない場所だった。雑草だけが生い茂っていて、夜になったらその雑草のせいで真っ暗な帳が降りたような様相を醸し出している。
その中で、私たちはタイムカプセルを探しはじめる。普通に考えたら、未来に埋められるはずのものだけれど、私たちは既に何回も繰り返している。その中で埋められているのを見つけることができたら。
海斗くんは既に自分用のスマホを持っていたらしく、それで灯りを点けて照らしてくれるものの、なかなか見つけ出すことができず、私たちは必死で草を掻き分けている中。
こちらに足音が聞こえてきて、私たちはギクリとして止まった。
「なにやってるの?」
その声を聞いた途端に、私は目尻からポロッと涙を溢した。
それは中学時代の大樹くんだった。ここに来たってことは。私はどう声をかけようと考えあぐねていたら、海斗くんが声を上げた。
「タイムカプセル探してたんだ。俺たちが何度も何度も繰り返していた原因。それを取り除きたいって思ってさ」
「ふーん」
その言い方だと、大樹くんはやっぱり、私たちと同じく記憶を繋いでいるみたいだった。大樹くんは辺りを窺ってから、短く言う。
「これ以上は真っ暗になっていつまで経っても探し出せないから、早朝に家を抜け出したほうがいいと思うけど」
「そうなのか? でも早朝だったら、運動部が既に校庭走ってるから、怪しまれないか?」
「いくら運動部でも、日の出と共に公園で探し物しているのを見とがめる人なんていないと思うよ」
大樹くんのきっぱりとした物言いに心底ほっとしつつ、私は少しだけ考え込んだ。それに大樹くんは目をパチリとさせた。
「亜美?」
「……この時代の菜々子ちゃんを誘わなくってもいいのかなって思ったの。だって、菜々子ちゃんが書いたのを私たちが勝手に暴く訳だから」
自分の日記をいくら自分が死んだからと言っても読まれたら普通に恥ずかしい。菜々子ちゃんも覚えのない自分の記録をまだ当時は友達じゃない私たちに回し読みされたら嫌にならないのかな。
それに「うーん……」と大樹くんも海斗くんも腕を組んでしまった。ふたりからしてみればなに言ってんだと思っただろうけれど、覚えのない記録を勝手に読まれるっていうのにはいろいろ思うところがあったらしい。
「亜美の気持ちもわかるけど……僕は反対。菜々子は一度も何度も何度も繰り返している記憶を思い出したことがないから。自分が原因で何度も何度もやり直しているなんてこと、言っても理解できないし、その中で僕たちの内で誰かが死んでるなんてこと、耐えきれない」
「うーん。俺は本当は教えたほうがいいとは思うけど。でもこの頃の菜々子の男嫌いってどの程度のもんだ? 俺たちが本気でなんとも思ってないから、菜々子は友達として俺たちを受け入れてくれたけど、知らない男に声をかけられたら、その時点で菜々子は拒絶すると思う」
賛成一票、反対一票。
あとは言い出しっぺの私だけれど。私は悩んだ。
「……糸巻様の話を聞いたけれど。糸巻様は高度経済成長期に、この辺りの土地の売買で離ればなれになる友達同士が多かったことからつくられた神様なんだってさ。どれだけ離れていても友達だよって言葉、どれだけ願っていても、本当にずっと友達でいられることは稀なのにね」
「でも、僕たちは十年経っても友達でいられたね」
大樹くんの言葉に、私たちは頷いた。
「……死んで菜々子ちゃんを泣かせるような真似、もうしたくないなあ……」
最初の周回。私がどういう訳か死んでしまったのが全ての発端らしい。私は自殺なんてしないし、したくないけど。
好きな人がいなくなって、大事な人がいなくなって取り残されたって判断したら。どう転がるなんてわからない。
結局は、私たちは「これ以上菜々子ちゃんを泣かせたくない」と明日の早朝、タイムカプセルを取りに行くことにしたんだ。
中学生が下校の際に突っ切るのはもちろんのこと、彼氏彼女がいる場合はそこでおみくじを買ったり、部活の優勝祈願のお守りを買ったりする青春ワンシーンが発生するからだった。
どこかの家から出汁の湯気が立ち上るのを見ながら、私たちは目的の絵馬を探していた。一番古いもので、ひと目見ただけでわかる。大概は白い絵馬に文字やらイラストやらが書き込まれているのに対して、それだけは少し黒茶色く変色してしまっていて、海斗くんもすぐに見つけ出すことができた。
「ああ、これかあ……」
「うん」
「さすがにこの手の奴には、年代は書いてないよなあ」
「年代?」
「絵とか文とか書く人は、たまに書いた日付を書くことがあるけど。菜々子はそういうの気にするかなと思ったけど、書いてないみたいだ」
「まあ……絵馬だからねえ」
「そうだな」
そう言いながら、私たちは目的の絵馬を見つめていた。
でもこれだけ古いってことは、これだけ私たちが何度も何度も繰り返された中、ここに流れてきたってことなのかな。
ご神木が風を受け、太い幹から伸びる梢が揺れる。そのカサカサという音を聞きながら、私たちは見上げていた。
「そういえば。糸巻様はタイムカプセルに埋められるって聞いたけど」
「タイムカプセル?」
「うん。もしかすると、私が死んだときに、菜々子ちゃんはそれを埋めたのかもしれない。それが中途半端に叶ったせいで……今の歪な繰り返しが行われるようになったのかも」
あくまで妄想だった。ただ、もうご当地の神様やら、明らかにひとつだけ年代の違う絵馬やら出されたら、もう怖い物なんて皆の死以外になかった。
海斗くんは腕を組んだ。
「……なるほどなあ」
「でもタイムカプセルなんて、どうやって探そう」
「普通に考えたら、タイムカプセルを埋めるタイミングなんて……」
私と海斗くんは気付いた。
全員がバラバラになってしまってから埋めても、意味がない。
「……廃校になる予定の、高校の近所だ。」
****
私と海斗くんは、親にはそれぞれ「部活の助っ人。数合わせ」と言い訳をして、ふたり揃って家に電話をしてから高校の近所の公園に来ていた。
基本的に遊具もほとんどない公園で、せいぜいブランコとベンチ、滑り台とシーソーくらいしかない場所だった。雑草だけが生い茂っていて、夜になったらその雑草のせいで真っ暗な帳が降りたような様相を醸し出している。
その中で、私たちはタイムカプセルを探しはじめる。普通に考えたら、未来に埋められるはずのものだけれど、私たちは既に何回も繰り返している。その中で埋められているのを見つけることができたら。
海斗くんは既に自分用のスマホを持っていたらしく、それで灯りを点けて照らしてくれるものの、なかなか見つけ出すことができず、私たちは必死で草を掻き分けている中。
こちらに足音が聞こえてきて、私たちはギクリとして止まった。
「なにやってるの?」
その声を聞いた途端に、私は目尻からポロッと涙を溢した。
それは中学時代の大樹くんだった。ここに来たってことは。私はどう声をかけようと考えあぐねていたら、海斗くんが声を上げた。
「タイムカプセル探してたんだ。俺たちが何度も何度も繰り返していた原因。それを取り除きたいって思ってさ」
「ふーん」
その言い方だと、大樹くんはやっぱり、私たちと同じく記憶を繋いでいるみたいだった。大樹くんは辺りを窺ってから、短く言う。
「これ以上は真っ暗になっていつまで経っても探し出せないから、早朝に家を抜け出したほうがいいと思うけど」
「そうなのか? でも早朝だったら、運動部が既に校庭走ってるから、怪しまれないか?」
「いくら運動部でも、日の出と共に公園で探し物しているのを見とがめる人なんていないと思うよ」
大樹くんのきっぱりとした物言いに心底ほっとしつつ、私は少しだけ考え込んだ。それに大樹くんは目をパチリとさせた。
「亜美?」
「……この時代の菜々子ちゃんを誘わなくってもいいのかなって思ったの。だって、菜々子ちゃんが書いたのを私たちが勝手に暴く訳だから」
自分の日記をいくら自分が死んだからと言っても読まれたら普通に恥ずかしい。菜々子ちゃんも覚えのない自分の記録をまだ当時は友達じゃない私たちに回し読みされたら嫌にならないのかな。
それに「うーん……」と大樹くんも海斗くんも腕を組んでしまった。ふたりからしてみればなに言ってんだと思っただろうけれど、覚えのない記録を勝手に読まれるっていうのにはいろいろ思うところがあったらしい。
「亜美の気持ちもわかるけど……僕は反対。菜々子は一度も何度も何度も繰り返している記憶を思い出したことがないから。自分が原因で何度も何度もやり直しているなんてこと、言っても理解できないし、その中で僕たちの内で誰かが死んでるなんてこと、耐えきれない」
「うーん。俺は本当は教えたほうがいいとは思うけど。でもこの頃の菜々子の男嫌いってどの程度のもんだ? 俺たちが本気でなんとも思ってないから、菜々子は友達として俺たちを受け入れてくれたけど、知らない男に声をかけられたら、その時点で菜々子は拒絶すると思う」
賛成一票、反対一票。
あとは言い出しっぺの私だけれど。私は悩んだ。
「……糸巻様の話を聞いたけれど。糸巻様は高度経済成長期に、この辺りの土地の売買で離ればなれになる友達同士が多かったことからつくられた神様なんだってさ。どれだけ離れていても友達だよって言葉、どれだけ願っていても、本当にずっと友達でいられることは稀なのにね」
「でも、僕たちは十年経っても友達でいられたね」
大樹くんの言葉に、私たちは頷いた。
「……死んで菜々子ちゃんを泣かせるような真似、もうしたくないなあ……」
最初の周回。私がどういう訳か死んでしまったのが全ての発端らしい。私は自殺なんてしないし、したくないけど。
好きな人がいなくなって、大事な人がいなくなって取り残されたって判断したら。どう転がるなんてわからない。
結局は、私たちは「これ以上菜々子ちゃんを泣かせたくない」と明日の早朝、タイムカプセルを取りに行くことにしたんだ。