私の家の近所のスーパー。当時は一度も同じクラスにならなかったから、ここのスーパーの息子とは友達になっていなかったけれど。
夕方のスーパーは半額セールのおかげで混雑している。そこを掻き分けて、私はなんとかサービスカウンターに向かった。
「すみません、店長さんいますか?」
「いますけど、どうされましたか?」
サービスカウンターの人からしてみれば、近所の中学生がいきなり押しかけてきたら困るだろう。でも、言うしかなかった。
「店長さんの息子さんに会いたいんですけど」
「あらぁ、海斗くん?」
「はいっ」
サービスカウンターの人はあからさまに優しい目になった。
あれだなあ。海斗くん、あの性格で地元のしっかりした店の息子っていうのだったから、中学時代からモテまくってたんだろうなあ。
サービスカウンターの人が奥に引っ込んでいったと思ったら、学ランの男の子が出てきた。私の知っている海斗くんよりもあからさまに身長は低い上に、まだ顔は精悍に引き締まってない。どちらかというと、大樹くんと同じ少し童顔気味の顔だった。
私の知っている彼と変わらない大きな目をパチリと瞬かせた。
「あれ、君は?」
「……お話したくって来ました。フィールドワークの」
「ふぃーるどわー……なんて?」
これは彼が本気で知らないんだろうか。それとも、私が高校時代からやり直しになったとき、高校生になるまで思い出せなかったように、彼もまだ思い出していないんだろうか。そう思いながらも、「お話ししましょう!」と強引に押し通した。
海斗くんはちらりとスーパーの店員さんたちを見る。どうも女の子に押しかけられたのは初めてではないらしく、皆が皆、とても温かい眼差しを向けている。それに私は共感性羞恥で、途端に申し訳なくなる。
でも海斗くんは「わかった……」と短く言ってから、私をバックヤードへと呼んでくれた。
たくさんの段ボールが積んでいる中、開口一番に私は尋ねた。
「あの、私はそこの中学の」
「同じ学年のふたつ隣のクラスだろう?」
「……やっぱり、海斗くん。記憶……」
「まさかなあ……大樹が記憶戻った素振りがあるのには何度も立ち会ったのに。亜美がこんなに早く思い出したことなんてなかったのになあ」
海斗くんはガシガシと頭を引っ掻いた。
それに私は思わず「なんで……?」と尋ねた。
「まさかと思うけど、海斗くん。やっぱりやり直そうとしたのは……」
「先に言っておくけど、俺は結構最初っから何度も何度も繰り返すのに巻き込まれているけど、俺は本気でなんにもしてないぞ」
「嘘! ……だって、糸巻様の話、神社の宮司さんに教えてもらったから……大昔から住んでる氏子さんで、高度経済成長の頃からずっと住んでる人のこと、教えてもらったから」
「なにそれ?」
海斗くんは大樹くんと違って、どうも何度も何度もやり直していた割に、本気でなんにもしてないようだった。それに私は違和感を覚えながらも、神社で聞いた話をかいつまんで説明する。
それを黙って聞いていた海斗くんは「はあ」と息を吐いた。
「それ、普通に考えて、やったの菜々子だろ」
「なんで!? だって菜々子ちゃん。何度もやり直してたのは、いったい……」
「どうして俺が、最初から記憶があると思う? どうして、大樹と亜美は途中でやり直していることに気付いて、菜々子だけ本気で思い出せないと思う?」
「……どうして……」
「菜々子は、親友の死に立ち会ったからだよ」
そこに言葉を失った。
……大樹くんは最後まで私に、彼が覚えている中で、なにがあったのか教えてくれなかった。私は彼が死んでしまう歴史を、なかったことにしたかっただけなのに。
海斗くんは遠くを見た。
「最初は意味がわかんなかった。ずっと仲良かった中で、亜美だけ死んでるのが。自分の死因なんて聞きたい?」
「……私が死ぬときのことなんて、想像したくないなあ」
「そっか。なら辞めとく。次で菜々子が死んだ。理由はまあ、東京でいろいろあったからだった。さすがに介入して声優の夢を諦めさせようかと思ったけれども、あいつがあんまり楽しそうに語る夢を無理矢理取り上げたら、あいつの体が無事だったとしても心が壊死する。それを見てられないと思ったから、諦めさせるのを諦めた。でもできる限りいいところで声優になれるようにって少し。ほんの少しだけ介入してた」
「でも、前のとき……」
「うん。駄目だった。あいつ、普通にしているだけで何故か男に色目を使ってるって誤解されて、勝手に人生無茶苦茶にされるから。大樹が記憶を取り戻してなんとかしたかったのだって、あいつの人生諦めたくなかったからだろ……だってさ、菜々子のことを諦めたら、だいたい亜美が後追いするから。あいつ、本当に自分のことがどうなってもいいくらいに、亜美のことが好きだったから」
それに私は目を大きく見開いた。
「……私、ずっと菜々子ちゃんのことが好きなんだとばかり」
「亜美は本当に自己評価低いからなあ。あいつは、本当にこっちが見てて呆れるくらいに亜美が好きだよ。それを隠し通して、菜々子も無事に生きてくれて、亜美も無事に生きてくれたら、自分の恋なんてどっちでもよかったんだよ……たまたまどちらもそれなりの人生歩んでたのに、あいつ死んじゃうから。本当に……親友がずっと死に続けるの見せられてるこっちの身にもなれよな」
海斗くんは悲しげに目を伏せた。
そこで私は気付いた。菜々子ちゃんはこの町がベッドタウンになったときに越してきた子だから、糸巻様の話は知らないはずなんだ。
それを壊さないことには、無限に繰り返すのは終わらない。
「……菜々子ちゃん、どこで知ったんだろう」
「普通に神社じゃないのか? だって神社にひとつだけ古い絵馬がかかってたんだろ?」
「でもあれ、絵馬で……」
「あの神社の周りだけ、何度も何度も繰り返される周回を無視することができるなにかがあるんじゃねえの?」
たしかに、私も神社に行って話を聞かなかったら、糸巻様の真相なんて知らなかった。完全にご当地特有の神様だから、地元にいる人じゃなかったら知りようもない話だし。
こうして私たちは、もう一度だけ神社に向かうことになったのだった。
夕方のスーパーは半額セールのおかげで混雑している。そこを掻き分けて、私はなんとかサービスカウンターに向かった。
「すみません、店長さんいますか?」
「いますけど、どうされましたか?」
サービスカウンターの人からしてみれば、近所の中学生がいきなり押しかけてきたら困るだろう。でも、言うしかなかった。
「店長さんの息子さんに会いたいんですけど」
「あらぁ、海斗くん?」
「はいっ」
サービスカウンターの人はあからさまに優しい目になった。
あれだなあ。海斗くん、あの性格で地元のしっかりした店の息子っていうのだったから、中学時代からモテまくってたんだろうなあ。
サービスカウンターの人が奥に引っ込んでいったと思ったら、学ランの男の子が出てきた。私の知っている海斗くんよりもあからさまに身長は低い上に、まだ顔は精悍に引き締まってない。どちらかというと、大樹くんと同じ少し童顔気味の顔だった。
私の知っている彼と変わらない大きな目をパチリと瞬かせた。
「あれ、君は?」
「……お話したくって来ました。フィールドワークの」
「ふぃーるどわー……なんて?」
これは彼が本気で知らないんだろうか。それとも、私が高校時代からやり直しになったとき、高校生になるまで思い出せなかったように、彼もまだ思い出していないんだろうか。そう思いながらも、「お話ししましょう!」と強引に押し通した。
海斗くんはちらりとスーパーの店員さんたちを見る。どうも女の子に押しかけられたのは初めてではないらしく、皆が皆、とても温かい眼差しを向けている。それに私は共感性羞恥で、途端に申し訳なくなる。
でも海斗くんは「わかった……」と短く言ってから、私をバックヤードへと呼んでくれた。
たくさんの段ボールが積んでいる中、開口一番に私は尋ねた。
「あの、私はそこの中学の」
「同じ学年のふたつ隣のクラスだろう?」
「……やっぱり、海斗くん。記憶……」
「まさかなあ……大樹が記憶戻った素振りがあるのには何度も立ち会ったのに。亜美がこんなに早く思い出したことなんてなかったのになあ」
海斗くんはガシガシと頭を引っ掻いた。
それに私は思わず「なんで……?」と尋ねた。
「まさかと思うけど、海斗くん。やっぱりやり直そうとしたのは……」
「先に言っておくけど、俺は結構最初っから何度も何度も繰り返すのに巻き込まれているけど、俺は本気でなんにもしてないぞ」
「嘘! ……だって、糸巻様の話、神社の宮司さんに教えてもらったから……大昔から住んでる氏子さんで、高度経済成長の頃からずっと住んでる人のこと、教えてもらったから」
「なにそれ?」
海斗くんは大樹くんと違って、どうも何度も何度もやり直していた割に、本気でなんにもしてないようだった。それに私は違和感を覚えながらも、神社で聞いた話をかいつまんで説明する。
それを黙って聞いていた海斗くんは「はあ」と息を吐いた。
「それ、普通に考えて、やったの菜々子だろ」
「なんで!? だって菜々子ちゃん。何度もやり直してたのは、いったい……」
「どうして俺が、最初から記憶があると思う? どうして、大樹と亜美は途中でやり直していることに気付いて、菜々子だけ本気で思い出せないと思う?」
「……どうして……」
「菜々子は、親友の死に立ち会ったからだよ」
そこに言葉を失った。
……大樹くんは最後まで私に、彼が覚えている中で、なにがあったのか教えてくれなかった。私は彼が死んでしまう歴史を、なかったことにしたかっただけなのに。
海斗くんは遠くを見た。
「最初は意味がわかんなかった。ずっと仲良かった中で、亜美だけ死んでるのが。自分の死因なんて聞きたい?」
「……私が死ぬときのことなんて、想像したくないなあ」
「そっか。なら辞めとく。次で菜々子が死んだ。理由はまあ、東京でいろいろあったからだった。さすがに介入して声優の夢を諦めさせようかと思ったけれども、あいつがあんまり楽しそうに語る夢を無理矢理取り上げたら、あいつの体が無事だったとしても心が壊死する。それを見てられないと思ったから、諦めさせるのを諦めた。でもできる限りいいところで声優になれるようにって少し。ほんの少しだけ介入してた」
「でも、前のとき……」
「うん。駄目だった。あいつ、普通にしているだけで何故か男に色目を使ってるって誤解されて、勝手に人生無茶苦茶にされるから。大樹が記憶を取り戻してなんとかしたかったのだって、あいつの人生諦めたくなかったからだろ……だってさ、菜々子のことを諦めたら、だいたい亜美が後追いするから。あいつ、本当に自分のことがどうなってもいいくらいに、亜美のことが好きだったから」
それに私は目を大きく見開いた。
「……私、ずっと菜々子ちゃんのことが好きなんだとばかり」
「亜美は本当に自己評価低いからなあ。あいつは、本当にこっちが見てて呆れるくらいに亜美が好きだよ。それを隠し通して、菜々子も無事に生きてくれて、亜美も無事に生きてくれたら、自分の恋なんてどっちでもよかったんだよ……たまたまどちらもそれなりの人生歩んでたのに、あいつ死んじゃうから。本当に……親友がずっと死に続けるの見せられてるこっちの身にもなれよな」
海斗くんは悲しげに目を伏せた。
そこで私は気付いた。菜々子ちゃんはこの町がベッドタウンになったときに越してきた子だから、糸巻様の話は知らないはずなんだ。
それを壊さないことには、無限に繰り返すのは終わらない。
「……菜々子ちゃん、どこで知ったんだろう」
「普通に神社じゃないのか? だって神社にひとつだけ古い絵馬がかかってたんだろ?」
「でもあれ、絵馬で……」
「あの神社の周りだけ、何度も何度も繰り返される周回を無視することができるなにかがあるんじゃねえの?」
たしかに、私も神社に行って話を聞かなかったら、糸巻様の真相なんて知らなかった。完全にご当地特有の神様だから、地元にいる人じゃなかったら知りようもない話だし。
こうして私たちは、もう一度だけ神社に向かうことになったのだった。