パチッと目を覚まして、私は「あれ……?」と首を捻った。
 ベッドに近くにかけてある制服がブレザーではなく、ダサい形の中学時代のセーラー服だったのだ。
 私は枕元のスマホを探したものの、出てこないことに気付く。
 そういえば。私がスマホを買ってもらえるようになったのは高校生からで、それまではケータイすら持っていなかったと。
 私は頬をつねった。
 ……私が大人になったとき、大樹くんが死んでしまった。初恋を後生大事に引きずっていた私は、ショックのあまりに立ち尽くしていたと思う。
 やり直す機会を与えられたと思ったら、学校が潰れてしまって、皆の進路がバラバラになってしまった。そのあと、菜々子ちゃんが死んでしまった。なんで死んでしまったのかはわからない。
 ……今からだったら、やり直せる?
 そこまで考えて、心が沈んだ。中学時代は高校時代よりもずっと縛りが厳しい。
 ネットが使えない。連絡がすぐにはつかない。私たちが友達になったのは高校進学からで、それまでは互いに名前すら知らなかった関係だ。
 でも……。
 今だったらまだ、高校が廃校になってない。議論は上がっているかもしれないけれど、今だったら廃校を取り消す方法があるかもしれない。
 私はそう思っていたら、部屋のドアが叩かれた。

「亜美、学校は? 寝坊?」
「今行くー!」

 私は慌てて中学時代のセーラー服に袖を通した。
 夏は暑くて冬は寒い。やけに頑丈以外は取り立ててとりえもないし、驚くほどに昭和から雰囲気の変わらないセーラー服だけれど、それでも私は中学時代の制服で走っていた。

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 中学時代、高校とは校区が真逆で、近所にある神社に向かって走っていた。
 海斗くんの実家のスーパーの裏側に神社があり、境内を突っ切った先だから、地元の中学生は境内を突っ切らせてもらってから学校に行っていた。
 町のど真ん中にある神社は、由緒正しい神聖な場所というよりも、近所の公園や公民館の延長戦として神社を捉えている部分がある。
 私は必死に走り、掃除をしている宮司さんに「おはようございます!」と挨拶してから、境内を突っ切ろうとした。
 そのとき、一瞬神社の絵馬を飾っている紐が光ったように見えて、思わず振り返った。

「……え?」

 私の反応に、宮司さんは「どうしました?」と不思議そうに声をかけてきた。
 ここの宮司さんは派遣制らしく、定期的に若い宮司さんが県の神社の組織から派遣されてくるらしかった。

「いえ……あの、絵馬は?」
「絵馬ですか? 定期的に集めてから、焚き上げているんですよ」
「そうなんですねえ……」

 私が大人になった頃には、お焚き上げ文化も温暖化がどうのこうのって方向であんまり表立ってするのは推奨されなくなったけれど、この頃はまだ神社に集められたお守りや絵馬のお焚き上げは年末年始に大々的にしていたように思う。
 私は足を止めて、さっきの光った絵馬を探してひとつひとつ見ていた。
 普通に【合格祈願】とか【恋愛成就】とか並んでいる中で。一枚見覚えのある文字が書かれていることに気が付いた。

【皆とずっとこの街で過ごせますように】

 他の比較的綺麗な絵馬と違って、そのひとつだけ異様に煤けた色をしていた。まるでひとつだけ年代が違うように。
 でもその字は明らかに。

「……菜々子ちゃん?」

 そんな馬鹿なと思う。
 菜々子ちゃんはこの街が嫌いで、「こんなところ出てってやる」が口癖だったはずだ。
 私の知っている限り、彼女は一度も上京しなかったはずなのに。その上。
 その上、この頃は私と菜々子ちゃんはまだ知り合っていない。だとしたらこれは中学時代の頃の彼女の願いなのか、それとも。
 私は念のために宮司さんに声をかけて聞いた。

「すみません、これって今日片付けますか?」
「いいえ? 基本的に絵馬のかかっている紐は、溜まるまではこのまま放っておきますよ。あと一週間ほどはここにかけたままの予定ですよ」
「そうなんですね、ありがとうございます」

 私は頭を下げてから、放課後も神社に行ってみようと思い立った。
 もしかして。もしかして。
 私たちが何度も何度もやり直しているロジックがあるのだとしたら?
 もしかすると、そのロジックを突破したら、私たちは未来に進めるのでは。
 その予感が私を必死に走らせていた。