菜々子ちゃんが亡くなった旨は、しばらくしてから届いた。

「自殺、だって」
「なんで……」

 私たちは制服姿で、公園の中にある会館に来ていた。
 今日が菜々子ちゃんの告別式だった。
 十代の女の子が亡くなったということで、まだギリギリ干涸らびてはいない街にも動揺が走り、それなりに人が詰めかけていた。
 彼女の写真は事務所に入るとき用に撮った写真だろう。綺麗に化粧をして、最高の笑顔を向けている。まるでここが会館であることが場違いみたいに。
 私は大樹くんとパイプ椅子に座っていた。私はスカートを握りしめてボタンボタンと涙の滴を落としていた。隣を見ると、大樹くんは歯を噛み締めていた。
 ……多分。多分だけれど。彼の十年後で死んだのは菜々子ちゃんだったんだ。菜々子ちゃんが死なない未来をつくろうとしたけれど、何度も失敗していたんだ。
 でも。私の知っている未来じゃ、菜々子ちゃんは死んでなかったのに。なんで。どうして。
 私は嗚咽が漏らしている中、「ごめん、遅れた」と駆け込んできた姿があった。海斗くんだった。
 大樹くんは顔を上げた。

「お疲れ。家のほうは?」
「さすがに菜々子の告別式でまでは親だって働かせねえよ。許可もらって抜け出してきた」
「そう」
「……私、もっと早くに話を聞いてあげてたらよかったのかなあ」
「菜々子が声優になりたい、この街から出て行きたいって行ってたのは前々からだろ。なんでもかんでも亜美のせいじゃないからな?」
「……そうじゃなくって。菜々子ちゃん、上京してから様子がおかしかったんだよ。なんだか妙にはしゃいでて……まるで、自分がはしゃいでいるって言い聞かせてるみたいだった」

 事務所が問題があったんじゃ、彼女は誰かの踏み台としていいように使われて疲れ果ててしまったんじゃ。そもそも彼女は男嫌いで、男の人に必要に迫ってこられると途端に拒絶する。もしかするとそういうのも続いたんじゃ。
 そう思っても、言葉が喉に貼り付いて上手く出てこず、結局私はすすり泣くことしかできなかった。
 普段だったらなにかと励まそうとしてくる海斗くんはもちろんのこと、菜々子ちゃんのことが好きだった大樹くんも黙り込んでいた。
 やがてお坊さんがやってきて、念仏を唱えはじめる。皆のすすり泣く声を聞きながら、私たちはお焼香をし、手を合わせてから会場を背にする。
 寝かされていた菜々子ちゃんは、私には作り物にしか見えなかった。彼女はもっと綺麗だったよ。彼女は自分のことに絶対に手を抜かない子だったから。
 苦しい気持ちを押し殺して、私たちは歩いて行った。

****

 海斗くんは「ごめん。家の手伝いがあるから。大樹、受験勉強中悪いけど、ちゃんと亜美を家まで送ってくれよ?」と言い残して、慌てて空けていたスーパーへと戻っていった。
 私たちはしょげかえりながら、家路を歩く。
 パイプ椅子に座ってすすり泣いていた私と違い、大樹くんは複雑そうに顔を曇らせたまま俯いている。

「……大樹くん」
「こんなこと、今までなかったんだ」
「えっ?」
「高校卒業もしてないのに、菜々子が死ぬことなんてなかったんだ」

 私は驚いて大樹くんを見ていた。彼の言い方だと、まるで。

「……大樹くん、いったい何回繰り返したの?」
「……わからない。一桁までは覚えていたけれど、それより増えてからは数えるのをやめてたから」

 それに私は喉をヒュンと鳴らした。いったい、大樹くんの絶望はどれほどのものだったんだろう。
 私は尋ねる。

「……私たち、この時代に取り残されるの?」
「わからない。でも、誰かが死んだら、いつの強制的にやり直しに巻き戻されるんだ」
「……今も?」
「わからない。いっつもそうなんだ。ようやっとこの時間は丸く治まったんだとはしゃいでたら、途端に巻き戻されることだってある」
「そんな……」

 人間って悪いものには案外慣れない。嫌悪感や拒絶反応が強くなるだけで、感情がマシになる訳ではないのだから。
 私は大樹くんの制服の裾を掴んだ。私立校の制服は公立のものよりも少しだけパリッとしている。

「……私は、もう。皆が生きてて、十年後に同窓会ができたらそれだけでよかったのに……そんな些細な願いも、駄目なの?」
「……僕は、亜美のそういうところが気に入ってるけど」

 その言葉に勝手に傷付いた。
 彼が好きな人は私ではない。気に入ってるだけで、好きではない。少なくとも私の求めている好きではない。
 ただ私はそれらを全部飲み干して「うん」とだけ答えた。

 私たちは菜々子ちゃんのいなくなったこの時間で、これからも生きていかないといけないの? それは嫌だよ。彼女の明るさがなかったら、きっと生きていても楽しくはないよ。
 ううん。
 楽しくなくってもいい。皆で、十年後を迎えたい。それだけなのに。