胸騒ぎが止まらないまま、日常は慌ただしく進む。
 それでも私は毎日毎日海斗くんと登下校をしながら、大樹くんと菜々子ちゃんにメッセージを送る。試験勉強もする。
 世の中のマルチタスクを進めるのが得意な人からしてみれば大したことないことかもしれないけれど、毎日毎日電車の乗り降りだけで一時間以上かかっている私からしてみれば、充分な作業だったと自負している。
 大樹くんの場合は私立で勉強が大変なんだろう。週に一度返事が来たらいいほうだった。ときどき電話を直接かけてくるから、彼は大丈夫なんだろう。
 でも。菜々子ちゃんはやけにテンションが高いまま、毎日のように連絡をくれる。
 私は胸騒ぎが止まらないのがさすがにおかしいと、少しずつネットで彼女のいる声優事務所について調べるようになった。
 私だとあんまり知らないけれど、とにかく有名声優をたくさん輩出している事務所らしかった。
 私の杞憂だったのかな。そう思って検索をやめようとしたものの、一見気になるものが目に飛び込んできたので、困り果てた末にその記事に目を通した。
 どうもその記事はアングラ系の匿名掲示板で、情報源が謎なものが書き込まれているサイトらしかった。

【あそこの事務所、まじで様子おかしいから】

 そこの具体例で声優名が挙げられている。

【売り出したい声優のために、子飼いの声優が踏み台になるようにしてるの。それに苦情や苦痛を上げた声優は次々と事務所を辞めてる】
【マジか。でもあの子急に声優引退したし、有名アニメの主演だったのにいきなり降板させられて代役立てられたよな】
【主演声優降板って、それタダコトじゃないでしょ】

 その声優名を別窓で検索かけてみたら、たしかに掲示板の匿名の人たちの指摘のように、主演だったのもかかわらず詳細不明のままいきなり降板させられた挙句に事務所からの除名処分を食らっている。
 心臓が痛くなりながら、私は掲示板の記事を読み進めた。

【ほとんどの声優は誰かの踏み台なんて普通に嫌だし、抗議の声を上げるだろ。でも踏み台になっていれば、脇役でもいつまでだって出られるからさ】
【それキャリア的にどうなん? 声優ってある程度年取ってからは、よっぽど実績積んでなかったらすぐ干されるだろ。皆が皆いつまでもずっとアイドル声優みたいな売り方なんてできねえんだからさ】
【声優業の売り方に嫌気差して別業種に異動したりも聞くからな】
【そりゃある程度実績あったら、事務所の方針にNO突きつけられるし、別の事務所に入所しなおすってこともできるだろうけどさ。新人声優やそろそろ切られる声優が同じことできるのかね。いいとは思わんが、業界の新陳代謝促すには必要なことなんだろ】
【踏み台認定された新人からしたらたまったもんじゃねえけどなあ】

 暴言交じりに書かれたその文章を、念のため内容を精査した上で、検索をかけてみる。
 どうかただのデマであってほしい。どうかただの妄想であってほしい。
 そう祈るような思いで検索をかけたものの、私が思っている以上に声優の新陳代謝は激しいらしく、菜々子ちゃんの事務所の影の噂が隠れ切ってしまうほどに、悪い話が次々混ざってくる。

「……菜々子ちゃん」

 私はたまりかねて、とうとう菜々子ちゃんに連絡をつけた。

【菜々子ちゃん大丈夫?】

 なにもないでほしい。いつものように笑い飛ばしてほしい。でも。
 返事がない。
 ……駆け出し声優はアルバイトをしながらオーディションの結果を待つものらしいから、今はバイト中なんだ。もしかしたら通信高校の勉強中なのかも。そう祈ったものの、一時間経っても、二時間経っても、とうとう私がお風呂に入って出てからも、やっぱり連絡が来なかった。
 私は思わず大樹くんにも連絡を取った。

【どうしよう。菜々子ちゃんと連絡取れない】
【電話した?】
【まだ】
【先に電話かけてみな】

 大樹くんのあまりに冷静な指示に、私は震える思いで電話をかけた。
 一分、二分……やっぱり取らない。
 私はべそをかきながら、大樹くんにもう一度連絡を取った。

【電話を取ってくれない】
【菜々子の家には家電はないの?】
【なかったはず】
【俺は一旦親御さんに連絡取ってみるから。亜美は一度海斗に連絡を取ってから、もう一度電話をかけ続けてみな】
【うん】

 大樹くんはどこまでもどこまでも冷静だった。私は泣きながら、海斗くんに【菜々子ちゃんと連絡取れない】とメッセージを放り込んでから、電話をかけはじめた。
 お願いだから、お願いだから電話を出てよ。
 その日ひと晩、長かったはずなのに、一睡もしてない内に夜が明けてしまった。