私が医療系の専門学校に入りたいことを親に伝えたら「まあ就職に強そうだから」「医学部よりも安いから」という理由で了承してくれた。
 医大はいくらなんでも高過ぎるのに、専門学校になったら少しだけ安くなるのはなんなんだろう。そう思いながらも、私は勉強を重ねては、海斗くんと一緒に登下校をしていた。
 この頃の記憶は私はほぼほぼなかったものの、この学校で嫌な思い出が特になかった上に、いい思い出もなかったから、特に記憶に引っかかりがなかったんだなあと振り返る。ただ行きに二時間、帰りに二時間がきつ過ぎるというだけだ。それだけで進学や就職は諦めるレベル。中卒はさすがに駄目っていう理由がなかったら、多分へこたれていただろう。
 高三にもなったら、周りも自分のことに手一杯で、人のことを気にしている余裕がなくなる。受験が全ての上で最優先され、教室の人口密度も薄くなる。いきなり転校してきても、せいぜい海斗くんがモテまくる以外は特に弊害がなかったのは、こういうことなんだろう。
 なんだかんだ言って私と同じように専門学校志望の子たちとは昼休みに図書館で勉強することも増えた。

「あのさあ、染殿くんって本当に誰とも付き合ってなかったの?」
「うん。誰とも付き合ってないよ」

 また海斗くんの話題が上がり、私は苦笑しながらもそれに答える。人当たりがよく、優しく、明るい。高校生も終わりを迎える頃には、人はちょい悪よりも人当たりのよさや将来有望さを最優先にして男子を見るようになる。
 その点実家の会社を継ぐ……まあ、所謂ホワイトカラーとは程遠いけれど、社長には違いない……予定で、性格がいい海斗くんを見る目が変わってきたのも頷ける。
 周りは顔を見合わせる。

「……泉ちゃんはなんで染殿くんとなんにもないの?」
「友達だし。私は別に……」

 まさかここで大樹くんが好きだからなんて言ったら、海斗くんの話題から外れるなあと思って明後日の方向を見る。それに周りは騒ぐ。

「で、でも。一緒に帰って」
「地元おんなじだし。同じ駅で降りるし。そもそも二時間かけて登下校してたら、学校出て家に着く頃には夜だから、一緒に帰ったほうが安全じゃない」
「送ってくれるのに、本当になんとも思わないの?」

 普通に考えたら、海斗くんのことを好きになれたほうが楽だっただろうなあとも思うけど。相手が私のこと特に好きじゃないし。そもそも未来で婚約したのだって、互いになにもかもが面倒臭くなった結果だから、互いに恋愛関係があった訳でもない。
 海斗くんは海斗くんで誰のことも恋愛的に好きになれない、私は私で大樹くんにずっと未練を残している。そんなんで付き合ったところで上手くいく訳もない。
 ……なんて、そんなことをイチからジュウまで説明するのもなあ……。
 私は参考書の問題をひとつ解きつつ答えた。

「お兄ちゃんを好きになったらまずくない? そんな感じ」

 あまりに曖昧な答えに周りは納得してくれそうもなかったけれど、それで押し通すことにした。本当に返事がしにくい問題なんだ。

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 大樹くんや菜々子ちゃんとのメッセージ交換も順調だった。大樹くんは地元の大学に進学希望なことに、私は心底ほっとした。
 東京に行って、東京のブラック企業に就職してしまったら、もうメッセージが届かない。一方、菜々子ちゃんはオーディション合格したとはしゃいでいた。

【事務所のオーディションに合格したんだ。これでやっとスタートラインに立てる】

 彼女がはしゃいで喜んでいる。教えてもらった事務所はたしかに大手の声優事務所で、ここなら菜々子ちゃんを変なことに巻き込まないだろうとほっとした。
 ただ、一点だけ気になった。

「……前に菜々子ちゃんが所属してた事務所、ここだったっけ?」

 私が知っている菜々子ちゃんの所属事務所は、老舗事務所ではあったものの、菜々子ちゃんはそこでは上手いこと仕事を見つけることができず、結局は独立してドラマCD専門声優みたいなことになっていたはずだったけど。
 これはどういうことなんだろう。私以外に大樹くんも未来を変えようとあれこれしたから、菜々子ちゃんの所属も変わったの?
 困り果てた末に、菜々子ちゃんには普通にメッセージを返した。

【おめでとう。休みになったら帰ってきてね。ご飯を一緒に食べよう】

 すぐにスタンプを押してくれた。彼女のこういうマメなところにほっとしつつも、変な胸騒ぎは止まらなかった。