ガタンガタンと電車は揺れる。
 あれだけ寒かった冬はあっけなく終わりを迎え、特に誰かの抗議が届いたとか、PTAの要望が届いたとかもなく、学校は予定通り廃校になり、私たちの進路はバラバラになった。
 今のご時世、中卒はまずいだろうと、そのほとんどは二時間かけて登下校をすることになった。一部の子たちは校区の近くに住んでいる親戚に預けるなり、アパートを借りてひとり暮らしさせるなりさせたらしいけれど、急に親元を離れたらすぐには目を外すから、そんな子たちが問題起こさないようにと祈らずにはいられなかった。
 そして私はというと、海斗くんと一緒に電車に乗って二時間かけて高校に向かっている。今までは八時に出たら余裕で間に合ったというのに、今や六時には電車に乗らないと間に合わない。
 帰りはもっと悲惨で、六時までに電車に乗らないと帰り着くのが八時を過ぎる。
 八時近くは外灯があっても暗いし怖いし。駐輪場に自転車を置かせてもらえるならともかく、いきなりの廃校からの電車通学の増加のせいか、駅前の駐輪場はギューギュー詰めでとてもじゃないけれど自転車を置く場所がない。
 見かねた海斗くんが「どうせ部活入る暇ないし、一緒に帰ろう」とふたりで一緒に帰るようになった。
 菜々子ちゃんは宣言通り上京して声優の勉強に励み、大樹くんは私立に転校して黙々と勉強をこなしている。その中で、全く覚えのない高校で、校歌すら覚えてないまま通っている。
 そんな中。

「あの、泉さん?」

 クラスメイトからちょくちょく声をかけられるようになった。私たちは急な転校のせいで、制服は前の高校のものが認められていたし、私もどうしようと迷った末にそのまんま着ていた。
 こちらの学校とブレザーのジャケットの形こそ違うものの、色合いは同じだから存外そこまで目立つことはない。
 違うジャケットの子に声をかけられたのに「またかな」とぼんやりと思いながら「はい?」と尋ねた。

「……もしかして泉さんと染殿くんって付き合ってるの?」

 そう聞かれて、どう答えたものかと迷った。
 私が「違うよ」と言うと、仲人を頼まれる。
「そうだよ」と嘘つくと、勝手に厄介がられる。
 一番迷惑なのは海斗くんだ。
 海斗くんの行き過ぎた博愛主義は、私たちグループの場合は「そんなもん」で流していたからよかったものの、だいたいの人からは「誰にでも優しくって素敵」と勝手に憧れたあと、「八方美人!」と悪意に転じる。
 だからと言って、私が「海斗くんは恋愛とかできないよ」とわざわざ彼のことを教えるのも違うと思う。
 考えた末に、私は断りを入れてから答える。

「付き合ってないけど、さすがに友達の仲人はできないよ。それは昔からの付き合いで無理。既にたくさん断ってるから」
「ええ……そうなの?」
「前の学校からだから。私たちは近所に住んでるから仲いいだけの友達で、それ以上ではないから」

 そうきっぱりと言ってから、海斗くんと待ち合わせして帰ることにした。
 それでも一応「送ってもらってるお礼に、付き合っているふりをしようか?」と申し出たことはある。友達のよしみだ。
 そしたら海斗くんは心底困った顔でこちらを見下ろしてきた。

「……俺、それをやったら間違いなく大樹からも菜々子からも絶交されるからヤダ」
「ええ。どうせこの学校にほとんど思い入れないじゃない。その間だけなのに」
「そりゃな。俺たちが受験勉強している間間借りしているようなもんだしな、ここは。でもさあ」

 ふたりで駅に向かう。海斗くんは私よりも四十センチ近くは身長が高く、後ろから数えたほうがいいような身長をしている。日頃から実家の手伝いで重いものをたくさん運んでいるのにこれだけ身長が伸びるんだから、重い荷物を持ち続けると身長が伸びないって俗説は否定されたほうがいい。
 駅に歩きながら、海斗くんは続ける。

「菜々子はいい加減な言動が原因で男嫌いになったんだからさあ。俺が保身のために亜美を利用したと知ったら絶対にあいつは俺のことを許さないよ。大樹はもっと複雑だから、ひと言だとちょっと説明できない」
「……ええ、私。大樹くんにそこまで好かれてないよ? だって、大樹くんが好きなの、菜々子ちゃんのままじゃない」

 自分で言って自分で傷ついたけれど、でも事実だからどうしようもない。それに海斗くんは少し困ったように笑いながら口を開いた。

「大樹はなあ……俺が言うのも全然フェアじゃないから言わないけどさ。俺よりも亜美のほうがよっぽど詳しいと思うぞ? それにあいつは存外嫉妬深いからさ。俺には人に対してそこまで感情向けられないから、そこはちょっと羨ましい」

 そう海斗くんは寂しげにぽつんとつぶやいた。
 そう言われてもなと思う。私も大樹くんも、十年後から来たって記憶はあれども、ふたりが通ってきた十年間が違うし、ふたりとも誰が死んだのかまでは教え合うことができなかった……というより、私は大樹くんに死んで欲しくないなんて、真面目に真面目に未来を変えようとしていた本人の前で言うことなんてできなかった。
 彼が変えようとしている未来はどんなものだったのか、根性なしの私はちっとも聞き出すことができなかったんだ。
 私が「そんなことないよ……」と海斗くんに言葉を濁らせているのを、彼はにこにこと笑う。

「俺からしてみれば、大樹も亜美も似た者同士だから、ふたりが付き合えばよかったのなと思ってるけどな。今でもそうだ。俺は大樹のこと、亜美だったら止めると思ってたのに、案外放置だったな」
「……連絡はずっと取っているから。それだけは絶対に」

 SNSのメッセージ。あまりに細過ぎる糸だけれど、なにも繋がっていないよりはマシ。私はそんな細過ぎる蜘蛛の糸に必死で追いすがっている。