最後の期末テスト前のせいで、やる気のあるようなないような空気も少しだけ引き締まり、廊下を歩いていると暖房も届かずにひやりとして自然と背中が丸まる。
そんな中、私は廊下を歩いていたら、「亜美」と声をかけられた。
「おはよう。ハッピーバレンタイン」
「おはよ。バレンタイデーってそういう日だったっけ?」
「メリークリスマスみたいなものだよ」
しょうもないことを言いながら、私はハンカチの入っているバレンタインチョコを渡す。大樹くんにあげる分だけは包装紙を替えていた。
それに大樹くんは目を細めた。
「ありがとう」
「うん」
それだけで話は終わってしまった。ふたりで歩いていたら、菜々子ちゃんがチョコを海斗くんにあげているのが目に入った。私は思わず大樹くんを見ると、大樹くんはじぃーっと菜々子ちゃんを見ているのに、私は落ち込んだ。
菜々子ちゃんは私に気付いたらしく「おはよう、亜美ちゃん!」と大きな箱をくれた……海斗くんにあげたのは小さめの袋だったのに。
「おはよう、菜々子ちゃん……これは?」
「バレンタインデー! 男子は味と手間がわからないのでチョコは市販品で充分です」
「ええ……」
大樹くんはふて腐れた顔をするものの、菜々子ちゃんがさっさと海斗くんにもあげていた袋を押しつけた。
「一応安くてもおいしいところのだから、これで我慢しなさい」
「……ありがとう」
「それで、私にくれたものは?」
「うん、ガトーショコラ!」
ガトーショコラも地味につくるの面倒臭いし、この大きさだったら丸々焼いたものをくれたんだなあと思い「ありがとう」といただくことにした。
そんな中、海斗くんが「じゃあ俺からも」とお菓子を配りはじめた。
「海斗くんもくれるの?」
「女子があげるのばっかじゃ駄目だろ。ホワイトデー、俺たち全員揃うかどうかわかんねえから」
その重さに、私たちは黙り込んだ。
ホワイトデーは、普通ならば休暇だし、学校が廃校になるんだったら、もう次の学校に行くための準備期間に入っているはずだから。
大樹くんは「そうだね」と言いながら、なにかを取り出した。
こちらは明らかに予備校で食べようと思っていただろうラムネだったことに、私たちは噴き出した。
「勉強中に食べるものくれなくっても」
「いや、忘れてた。ホワイトデーには学校来ないって」
「でもありがとう」
私たちは必死にはしゃいでいた。
クラスの子たちも、最後だからと急いで本命にチョコを渡しに走っている子、友達同士で友チョコ品評会をする子、男子だけでとりあえずコンビニ菓子を集めて食べている子たちで溢れている。
皆が皆、ひと月後どうなっているかわからないのを、必死で抵抗してはしゃいでいた。そうしないと不安で押し潰されそうだから、必死になっていたんだ。
****
家に帰り、海斗くんがくれたお菓子を開ける。
海斗くんがくれたのは、どこかの和菓子屋さんで売っているバレンタインデー限定のチョコかりんとうだった。
こんなの普通に高い奴なのに、それを配るっていうのは。海斗くんは高校生ながらにお土産について考え抜いて、既にご両親から仕事の手土産の教育を受けているせいだろう。スーパーは地元の飲食店にも配達を賄っているんだから、覚えないといけないことが多くて大変だ。
私はそう思いながら、続いて菜々子ちゃんがくれたものを開けた。手作りなんだから、彼女のものから先に食べないと駄目だろう。
つくったガトーショコラは少しだけ電子レンジでチンしてから、昨日のトリュフの余りの生クリームをホイッパーでホイップしてから添えていただくことにした。
しっとりとしていておいしく、これを私にだけくれたんだなあと思うと、大樹くんが恨めしそうな顔をしていたのがなんとも言えずに複雑になる。
明日の勉強中に海斗くんのくれたかりんとうはいただこう。そう思いながら、ガトーショコラを食べ終えると、コーヒーを口に流し込んでから、大樹くんのくれたラムネを見た。なんの変哲もないラムネ。小分けして小さめな袋に入っている。
慌てて出してくれたのがおかしくなって、少しだけ口をむずむずさせながら、封を開いて口の中に放り込んだ。
「……こんな日と、もうすぐでお別れなんだ」
私は十年後の結末を変えたかった。
でも私はなにをどう変えられたのかがわからない。一生懸命やっても、結果が伴わなかったら駄目で、それで誰かの命が落とされてしまったら意味がない。
でも。この楽しかった日々が終わってしまうのが、たまらなく切なくなっていた。
「……終わらないで欲しかったなあ」
……うん?
なにかが引っかかったような気がした。まるで喉の奥に魚の小骨でも引っかかったかのような違和感。
終わらないでほしい。いつまでも続いてほしい。
そんなのマンガの連載とか、ずっと見続けていたドラマの終盤のところで、繰り返し思い立つ感情であって、いつも何かしらに向けている衝動だ。
でも。そういえば。
「……そもそも、どうして私と大樹くんの知っている十年後が違うの?」
この引っかかりだけは、ずっと考えないといけないような、そんな予感がした。
そんな中、私は廊下を歩いていたら、「亜美」と声をかけられた。
「おはよう。ハッピーバレンタイン」
「おはよ。バレンタイデーってそういう日だったっけ?」
「メリークリスマスみたいなものだよ」
しょうもないことを言いながら、私はハンカチの入っているバレンタインチョコを渡す。大樹くんにあげる分だけは包装紙を替えていた。
それに大樹くんは目を細めた。
「ありがとう」
「うん」
それだけで話は終わってしまった。ふたりで歩いていたら、菜々子ちゃんがチョコを海斗くんにあげているのが目に入った。私は思わず大樹くんを見ると、大樹くんはじぃーっと菜々子ちゃんを見ているのに、私は落ち込んだ。
菜々子ちゃんは私に気付いたらしく「おはよう、亜美ちゃん!」と大きな箱をくれた……海斗くんにあげたのは小さめの袋だったのに。
「おはよう、菜々子ちゃん……これは?」
「バレンタインデー! 男子は味と手間がわからないのでチョコは市販品で充分です」
「ええ……」
大樹くんはふて腐れた顔をするものの、菜々子ちゃんがさっさと海斗くんにもあげていた袋を押しつけた。
「一応安くてもおいしいところのだから、これで我慢しなさい」
「……ありがとう」
「それで、私にくれたものは?」
「うん、ガトーショコラ!」
ガトーショコラも地味につくるの面倒臭いし、この大きさだったら丸々焼いたものをくれたんだなあと思い「ありがとう」といただくことにした。
そんな中、海斗くんが「じゃあ俺からも」とお菓子を配りはじめた。
「海斗くんもくれるの?」
「女子があげるのばっかじゃ駄目だろ。ホワイトデー、俺たち全員揃うかどうかわかんねえから」
その重さに、私たちは黙り込んだ。
ホワイトデーは、普通ならば休暇だし、学校が廃校になるんだったら、もう次の学校に行くための準備期間に入っているはずだから。
大樹くんは「そうだね」と言いながら、なにかを取り出した。
こちらは明らかに予備校で食べようと思っていただろうラムネだったことに、私たちは噴き出した。
「勉強中に食べるものくれなくっても」
「いや、忘れてた。ホワイトデーには学校来ないって」
「でもありがとう」
私たちは必死にはしゃいでいた。
クラスの子たちも、最後だからと急いで本命にチョコを渡しに走っている子、友達同士で友チョコ品評会をする子、男子だけでとりあえずコンビニ菓子を集めて食べている子たちで溢れている。
皆が皆、ひと月後どうなっているかわからないのを、必死で抵抗してはしゃいでいた。そうしないと不安で押し潰されそうだから、必死になっていたんだ。
****
家に帰り、海斗くんがくれたお菓子を開ける。
海斗くんがくれたのは、どこかの和菓子屋さんで売っているバレンタインデー限定のチョコかりんとうだった。
こんなの普通に高い奴なのに、それを配るっていうのは。海斗くんは高校生ながらにお土産について考え抜いて、既にご両親から仕事の手土産の教育を受けているせいだろう。スーパーは地元の飲食店にも配達を賄っているんだから、覚えないといけないことが多くて大変だ。
私はそう思いながら、続いて菜々子ちゃんがくれたものを開けた。手作りなんだから、彼女のものから先に食べないと駄目だろう。
つくったガトーショコラは少しだけ電子レンジでチンしてから、昨日のトリュフの余りの生クリームをホイッパーでホイップしてから添えていただくことにした。
しっとりとしていておいしく、これを私にだけくれたんだなあと思うと、大樹くんが恨めしそうな顔をしていたのがなんとも言えずに複雑になる。
明日の勉強中に海斗くんのくれたかりんとうはいただこう。そう思いながら、ガトーショコラを食べ終えると、コーヒーを口に流し込んでから、大樹くんのくれたラムネを見た。なんの変哲もないラムネ。小分けして小さめな袋に入っている。
慌てて出してくれたのがおかしくなって、少しだけ口をむずむずさせながら、封を開いて口の中に放り込んだ。
「……こんな日と、もうすぐでお別れなんだ」
私は十年後の結末を変えたかった。
でも私はなにをどう変えられたのかがわからない。一生懸命やっても、結果が伴わなかったら駄目で、それで誰かの命が落とされてしまったら意味がない。
でも。この楽しかった日々が終わってしまうのが、たまらなく切なくなっていた。
「……終わらないで欲しかったなあ」
……うん?
なにかが引っかかったような気がした。まるで喉の奥に魚の小骨でも引っかかったかのような違和感。
終わらないでほしい。いつまでも続いてほしい。
そんなのマンガの連載とか、ずっと見続けていたドラマの終盤のところで、繰り返し思い立つ感情であって、いつも何かしらに向けている衝動だ。
でも。そういえば。
「……そもそも、どうして私と大樹くんの知っている十年後が違うの?」
この引っかかりだけは、ずっと考えないといけないような、そんな予感がした。