三学期はしらけ切った二学期とは違う気だるい雰囲気だった。皆が皆、三年生だけ違う学校にいなきゃいけないという諦観で、もうやけくそになってしまっているのが実情だった。
 その中で、私は本屋のバレンタインデーフェアに立っていた。最後のバレンタインなんだから、せめてチョコレートを大樹くんに渡したかった。
 そうは言っても海斗くんにも渡さないと変な空気になってしまうし、でもふたりに一緒のものを渡して特別感をなくしてしまうのも嫌だった。
 大樹くんからもらったスノードームみたいに、彼に大切だと伝えるものを渡したかった。
 そうは言っても、トリュフの作り方はチョコレートの温度管理だったり、地元だったらまず材料集めが難しいたっかい製菓チョコが必要だったりと、私ではまずつくれないような内容だった。

「うーうーうーうー……」

 ネットに出ているレシピは出所が怪しいと食中毒になる。だからと言ってパティシエのレシピのほとんどは参考にならないしそもそも材料を集めきることが不可能。だからこうして、料理研究家の本を探してレシピを探している中。
 ひとつだけ温度管理が必要なく、スーパーだけで材料が集め切れられるようなレシピを発見した。私はその本を購入して、スーパーに材料を買いに行った。
 さすがに最後の期末テスト前なせいで、スーパーには海斗くんは店の手伝いにいなかった。

「あれ、亜美。買い物?」

 ……店番してないからと言って、買い物に来てない訳ではなかった。テスト勉強の息抜きにお菓子を買いに来ていたのだろう。海斗くんのカゴの中には、勉強のお供のラムネが何個か入っていた。

「ええっと……うん」

 この時期に板チョコを買っていたら勘繰られるとカゴを背中に隠すものの、海斗くんは私の背後をチラリと見て察した。

「まあ、なんとなるといいな」
「……うん。ありがとうね」
「でも意外だったな。大樹が私立に行くから、もっと亜美は落ち込むと思ってたけど。元気でよかった」
「……本当に、心配かけてごめんね」
「いやいや」

 海斗くんは少しだけ寂しそうに笑った。

「俺はさあ、家の都合で地元から離れられないから。地元を出ていく奴らを見送ることしかできないからさあ。追いかける気概がずっとあるっていいことだって思うんだよ。俺にはできないことだからさ」
「海斗くん……」

 海斗くんは皆に優しくって、誰か特定の一番をつくらない人だと思っていた。そのまま大学出て、家業を継ぐんだろうなと。
 だから彼がそれで寂しがっていることは思いもしなかった……多分、地元にいられるのが一番いいことだとは思うけれど。
 私は声を上げた。

「私は多分、遠くには行かないよ」
「そう?」
「働くところがあったら、だけどね。そこまではわからないから」
「ん……ありがとうな」
「……バレンタインデー、楽しみにしていて」

 それを言うと、海斗くんは少しだけ意外そうな顔をした。

「大樹以外には渡さないと思ってたけど」
「友達にはチョコは渡すでしょ」
「ははっ、女子の文化ってすぐにころっころ変わるから訳わかんないんだよなあ」

 そう笑われながら、私は家に帰った。
 大樹くんと海斗くん、菜々子ちゃん、皆にあげようと思いながら。

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 チョコレートをレシピ通りに刻んで温めた生クリームの中に入れ、生クリームにココアとか刻んだくるみとかを入れる。
 できたチョコレートに泡立てた生クリームを合わせて、スプーンで丸くする。
 書かれたままにつくったものの、成型する前から既においしいそれをころころと丸くするのは難しくて、結局はラップにくるんでぶん回して成型した。その上にココアや粉砂糖をまぶして色を付けてから、冷蔵庫で固めた。

「ただいまー。あれ、バレンタイン?」
「うん」
「最後だから友達にあげるんだ?」

 バイトから帰ってきたお母さんに声をかけられ、私は頷いた。
 ラッピングは百均で買ってきたものでまとめる。大樹くんと他の皆の区別をどうつけようと思った結果、私は大樹くんのものにだけ、ハンカチを買ってきて一緒に入れておくことにした。
 根性のない私は、彼に特別感を出すためにハートのチョコを渡すような愛嬌はなく、だからと言って皆と完全に同じものを渡すのも気が引け、本当にみみっちい区別の付け方しかできなかった。