夏のうだるような暑さは治まり、秋の穏やかな季節のあと、しんしんとした冬になった。うちの学校はコートがなく、カーディガンを一生懸命羽織って、マフラーを付け、手袋を嵌めながら、下着の上に腹巻きをして、その中にカイロを入れてないとやってられなかった。
 二学期前半の廃校決定のときのやる気になさはだんだん薄れてきたものの、かつてあったような活気も失われたまま、ただただ虚無だけが広がっている校舎が、なんとも言えずに不気味だった。

「おはよう」
「おはよー。相変わらずうちの学校辛気臭いね」
「うん……皆やる気なくなっちゃってるから」
「そりゃねえ。学校がなくなるまでもうちょっとだしね。一応もうすぐクリスマスだし、冬休みなのに、ここまで空気悪いのもねえ」

 そうは言っても、どうしようもない。
 最近は予備校で忙しくって大樹くんともせいぜいSNSのメッセージでやり取りするだけでしゃべってもいないし、同じ学校に行くことが決まっている海斗くんとお話しするくらいで、あとはなんにもないんだ。
 菜々子ちゃんはというと、相変わらずばっちりした化粧で、冬のせいで乾燥勝ちで割れそうな爪にコートを塗り込んでガードしながら磨き抜いている。冬でダボッとしがちな制服のラインも、ひと周り小さめなものを着ることで体のラインを露わにし、冬でもスタイルのよさを見せつけていた。くるんと巻いているマフラーは有名ブランドのものにちょっとだけ似ている量販店のものなのは、私と一緒に買いに行ったから知っている。
 その中で、海斗くんは「おはようー」と声をかけてきた。皆が辛気臭い中、本当に最初から最後まで海斗くんだけはなにも変わらない。

「おはよう」
「もうちょっとでクリスマスなのにな、空気があんまりよくない」
「冬は空気が淀むのは仕方がないとは思うけどね」
「そうは言ってもなあ……ほとんどの奴らは二時間通いの高校に転校は決まってるし、成績優秀者は皆私立の受け入れが決まってるから、そこまで深刻に考える話でもないとは思うけどなあ」

 海斗くんの指摘に、私はなんとも言えなくなる。
 二時間かけて学校に行って帰ってくるのは、本当に心身がいろいろ削れるし、学校に通うことが目的になってしまって、授業の内容が身についたとか、いきなり転校した先で友達つくるとかは、特になかった記憶がある。
 だからと言って、私には推薦枠をもらえるほどの成績優秀な科目はない。せいぜいもう高校生活を捨てて、医療専門学校に入学するための勉強をしていたほうが建設的なんだから。
 海斗くんは本当に神経が太い上に、博愛主義が過ぎる性格のせいで男女共に友達が多いタイプだから、この辺りの不安は本当に伝わらないんだ。
 私が俯いている中、菜々子ちゃんが私に抱き着いてきた。思わずビクリとする。

「な、なあに?」
「んー? ただねえ、私は亜美が心配なだけ。亜美は大人しいから、新しい学校で上手くやっていけるかなって。海斗は全然大丈夫でしょうけどねえ」
「……うん」

 それなんだよなあ。
 正直高校生活の最後の一年は、私も全く覚えていないんだ。だからこそ、専門学校に行くための勉強ばかりしている訳で。
 菜々子ちゃんは抱き着きながら続ける。

「私は東京で頑張るからね、こっち残るんだから亜美ちゃんも頑張ってよ?」
「わ、わかってるよ」
「うん。それならよし」

 そう言って手を離したところで、「おはよう」と大樹くんがやってきた。大樹くんも制服のジャケットの下にセーターを無理矢理着込んでゴワゴワになっている。鼻も真っ赤な辺り、相当寒かったんだろう。

「おはよう。今日も寒いね」
「ん……終業式はクリスマスイブか。海斗は、クリスマスイブは忙しいの?」
「年末はなあ……クリスマス終わった後、すぐに正月料理の材料売り出すから、どっちみち忙しいよ。でも多分なんとか抜け出せるとは思うけど。なに?」
「最後だし、クリスマスパーティでもできないかと思って。この頃は予備校も休みになるし」

 おや?
 私は自分の記憶を探すものの、最後の一年は、とにかく気が抜けてしまって、クリスマスらしいものを楽しんだことはなかった。
 それに海斗くんは笑う。

「いいんじゃないか! 菜々子は?」
「私? そりゃ参加できるけど」

 そう言いながら、チラチラと大樹くんを見た。
 あれだけ大樹くんに対して怒っていたものの、彼女は自分の夢に邁進していたおかげで、怒りが少しだけ鎮まったみたいだ。相変わらず話はしないものの、海斗くんや私を間に挟んでなら、話をしてくれるようになった。

「亜美は?」
「さ、参加できるよ」
「ならクリスマスプレゼント持ってきて、交換とか!」
「いいね! うん。いいよ! なんとかするから!」

 私たちは無理にでも明るくしていた。
 教室の虚無の空気に押し潰されないように。これからやってくる冬の寒さに負けないように。ただクリスマスの煌びやかな灯りだけを楽しみにすることにしたんだ。