廃校が決まったせいで、二学期に入ってからの校内の空気は異様だった。
どこもかしこも覇気がない。やる気がない。
私は十年後、この街からどんどん人がいなくなり干からびてしまう未来を知っているため、この空気が蔓延して、どんどん人がいなくなるんだろうなと思いながら眺めていた。
一方の菜々子ちゃんは、親御さんと話をつけて、三学期が終わってから上京するために、バイトをして生活費を稼いでいるんだから、日を追うごとにエネルギーに満ち溢れていくのを感じる。
私はそれを眩しく思いながらも、図書館で勉強していることが増えた。
海斗くんはあまりにも覇気がなくなった校内にいるのが耐え切れなくなったのか、私と一緒に図書館で勉強していることが増えた。
「なんだかすごいな。周りは次から次へと進路を決めていってさ。俺なんか、実家を継ぐために大学行って経営学勉強しないとくらいしか考えることないし」
「それはそれですごいよ。スーパーの未来を考えてるんだからさ。私は私を食べさせるので精一杯」
モラトリアムが唐突に終わりを迎えた私たちは、二年後の受験に向けての勉強をしていた。
そうは言っても私たちよりもいい大学に行くために予備校に通っている大樹くんには負ける。大樹くんはうちのクラスじゃ唯一私立の推薦で転校できるんだから、今の学校よりも早いペースの勉強に追いつけるように勉強しないといけないんだから大変だ。
それに。
私は高校時代まではなんとかなると知っているけれど、そこから先は未知の領域過ぎて、未だに上手く呑み込めないでいる。
「高校生活はさ、多分最後の夏休みのはずなのに。皆無理していきなり大人になろうとしなくってもいいのにね。人生は高校終わったあとも続くのに、今から頑張り過ぎると息切れしちゃう」
「おう? 亜美は亜美で、ずいぶんと達観したこと言うなあ」
「別に……ただ私はスピード感ばっかり求めて、そのスピード競争ばっかりしてたら、いつか大事なものを取りこぼしたときに、どこで間違えたのか振り返ることもできなくならないかなって危惧しただけ」
「そういうのを、達観してるって言うんだと思うぞ。亜美はあんなに大樹とのことで悩んでずっとうじうじしてたのに、二学期になってから急に大人びたなと思って」
その指摘に、私はなんとも言えない顔になって笑った。笑うしかなかった。まさか言える訳もない。
大樹くんは私の知っている十年後とは違う未来から来た人だよとは。彼の辿った人生と、私の辿った人生がどう違うのかは知らない。でも。
ふたりで少しだけ結託できたんだから、なんとかなるんじゃないかなと思っている。
でも。ここから先のことは私だってなにも知らない話なんだ。だからどうこうできる訳ではないけれど、せめて勉強だけはしておこうと、そう思ったんだ。
十年前の記憶を持っていても、勉強自体はほとんど覚えていないため、勉強の内容を復習すれば楽勝ってものではなかった。体に心が引きずられるように、記憶力だって体に引きずられてしまうんだと思う。
****
やる気がない体育祭。やる気がない文化祭。
本来ならば文化祭は最後の仇花とばかりに派手にするものだろうけれど、もう皆どこかでしらけ切ってしまい、やる気のない展示ばかりが続いていた。
唯一やる気が満ち溢れていたのは、軽音楽部くらいのものだろう。この子たちは菜々子ちゃんと同じく、学校が廃校になったのをいいタイミングとして、上京して本格的にバンド活動をするらしい。
「すごいね、軽音楽部だけだよ。突然の廃校に打ちひしがれることなく、ベストを尽くしているのは」
屋台も外から来た業者のものは比較的おいしく食べられたものの、クラスで出す屋台のものは、焼きそばは肉も野菜もほとんど入ってなく、ほぼ麺だけのものをソースで炒めただけなため、ソースの味しかしない残念なものだったし、ただ焼くだけのフランクフルトも焦がしたてもう炭の味しかしないものを平気で並べるくらいの体たらくだった。
結局私と菜々子ちゃんはやる気がなくても失敗しようのないかき氷を食べながら、軽音楽部を見ていた。
それに菜々子ちゃんは「そりゃね」と頷いた。
「大人は勝手だよ。自分のためな癖して簡単に私たちのためって置き換えるから。詐欺師の手段じゃない」
「うん……」
「だから、それを振り切って上京するって手段に出るのは格好いいと思うよ。だってさあ、どうせ私たち長生きできないもん。長生きできないんだったら、残りの人生自分のために使ってもいいでしょう?」
それに私は一瞬「うん?」とジャリッとかき氷を食べながら思った。
私と大樹くんは十年後から来ているけれど、菜々子ちゃんはその気がかけらも見当たらない。だからこそ、唐突に言い出した言葉に違和感を持ったのだ。
しかし私の疑惑を無視して、菜々子ちゃんは快活に笑う。
「転ばぬ先の杖って言うけどさあ、それは十年後が保証されている人だから言えるんだよ。保証のない人間なんて明日しかないんだから、その明日のためだけに生きてなにがいけないんだろ」
「……そうなの?」
「私はそう思うけどねえ。堅実に生きても十年後も平穏で生きられるかはわからないんだしさ」
そう言いながら、菜々子ちゃんもジャリジャリとしたかき氷を食べていた。
それに私はなんとも言えない顔になった。
……これは、記憶があるの? ないの?
大樹くんのように尋ねるかどうか、私は本気で困ってしまった。
どこもかしこも覇気がない。やる気がない。
私は十年後、この街からどんどん人がいなくなり干からびてしまう未来を知っているため、この空気が蔓延して、どんどん人がいなくなるんだろうなと思いながら眺めていた。
一方の菜々子ちゃんは、親御さんと話をつけて、三学期が終わってから上京するために、バイトをして生活費を稼いでいるんだから、日を追うごとにエネルギーに満ち溢れていくのを感じる。
私はそれを眩しく思いながらも、図書館で勉強していることが増えた。
海斗くんはあまりにも覇気がなくなった校内にいるのが耐え切れなくなったのか、私と一緒に図書館で勉強していることが増えた。
「なんだかすごいな。周りは次から次へと進路を決めていってさ。俺なんか、実家を継ぐために大学行って経営学勉強しないとくらいしか考えることないし」
「それはそれですごいよ。スーパーの未来を考えてるんだからさ。私は私を食べさせるので精一杯」
モラトリアムが唐突に終わりを迎えた私たちは、二年後の受験に向けての勉強をしていた。
そうは言っても私たちよりもいい大学に行くために予備校に通っている大樹くんには負ける。大樹くんはうちのクラスじゃ唯一私立の推薦で転校できるんだから、今の学校よりも早いペースの勉強に追いつけるように勉強しないといけないんだから大変だ。
それに。
私は高校時代まではなんとかなると知っているけれど、そこから先は未知の領域過ぎて、未だに上手く呑み込めないでいる。
「高校生活はさ、多分最後の夏休みのはずなのに。皆無理していきなり大人になろうとしなくってもいいのにね。人生は高校終わったあとも続くのに、今から頑張り過ぎると息切れしちゃう」
「おう? 亜美は亜美で、ずいぶんと達観したこと言うなあ」
「別に……ただ私はスピード感ばっかり求めて、そのスピード競争ばっかりしてたら、いつか大事なものを取りこぼしたときに、どこで間違えたのか振り返ることもできなくならないかなって危惧しただけ」
「そういうのを、達観してるって言うんだと思うぞ。亜美はあんなに大樹とのことで悩んでずっとうじうじしてたのに、二学期になってから急に大人びたなと思って」
その指摘に、私はなんとも言えない顔になって笑った。笑うしかなかった。まさか言える訳もない。
大樹くんは私の知っている十年後とは違う未来から来た人だよとは。彼の辿った人生と、私の辿った人生がどう違うのかは知らない。でも。
ふたりで少しだけ結託できたんだから、なんとかなるんじゃないかなと思っている。
でも。ここから先のことは私だってなにも知らない話なんだ。だからどうこうできる訳ではないけれど、せめて勉強だけはしておこうと、そう思ったんだ。
十年前の記憶を持っていても、勉強自体はほとんど覚えていないため、勉強の内容を復習すれば楽勝ってものではなかった。体に心が引きずられるように、記憶力だって体に引きずられてしまうんだと思う。
****
やる気がない体育祭。やる気がない文化祭。
本来ならば文化祭は最後の仇花とばかりに派手にするものだろうけれど、もう皆どこかでしらけ切ってしまい、やる気のない展示ばかりが続いていた。
唯一やる気が満ち溢れていたのは、軽音楽部くらいのものだろう。この子たちは菜々子ちゃんと同じく、学校が廃校になったのをいいタイミングとして、上京して本格的にバンド活動をするらしい。
「すごいね、軽音楽部だけだよ。突然の廃校に打ちひしがれることなく、ベストを尽くしているのは」
屋台も外から来た業者のものは比較的おいしく食べられたものの、クラスで出す屋台のものは、焼きそばは肉も野菜もほとんど入ってなく、ほぼ麺だけのものをソースで炒めただけなため、ソースの味しかしない残念なものだったし、ただ焼くだけのフランクフルトも焦がしたてもう炭の味しかしないものを平気で並べるくらいの体たらくだった。
結局私と菜々子ちゃんはやる気がなくても失敗しようのないかき氷を食べながら、軽音楽部を見ていた。
それに菜々子ちゃんは「そりゃね」と頷いた。
「大人は勝手だよ。自分のためな癖して簡単に私たちのためって置き換えるから。詐欺師の手段じゃない」
「うん……」
「だから、それを振り切って上京するって手段に出るのは格好いいと思うよ。だってさあ、どうせ私たち長生きできないもん。長生きできないんだったら、残りの人生自分のために使ってもいいでしょう?」
それに私は一瞬「うん?」とジャリッとかき氷を食べながら思った。
私と大樹くんは十年後から来ているけれど、菜々子ちゃんはその気がかけらも見当たらない。だからこそ、唐突に言い出した言葉に違和感を持ったのだ。
しかし私の疑惑を無視して、菜々子ちゃんは快活に笑う。
「転ばぬ先の杖って言うけどさあ、それは十年後が保証されている人だから言えるんだよ。保証のない人間なんて明日しかないんだから、その明日のためだけに生きてなにがいけないんだろ」
「……そうなの?」
「私はそう思うけどねえ。堅実に生きても十年後も平穏で生きられるかはわからないんだしさ」
そう言いながら、菜々子ちゃんもジャリジャリとしたかき氷を食べていた。
それに私はなんとも言えない顔になった。
……これは、記憶があるの? ないの?
大樹くんのように尋ねるかどうか、私は本気で困ってしまった。