当然ながら、始業式が終わった途端に体育館は半狂乱になってしまった。

「ちょっと待ってください! 廃校ってなんですか!? これってこれから学校どうすればいいんですか?」
「これから受験なんですけど……えっ、どうするんですか?」
「いきなり転校しないと駄目なんですか? でも、隣の高校って、二時間くらいかかる場所なんですけど、そんなところに通えと?」
「私学なんて、学費シャレにならないのにどうやって通えばいいんですか!?」

 一部の生徒は泣き出し、一部の生徒は担任やら教頭やらに抗議に突撃し、阿鼻叫喚ってこのことかと私は思った。
 あまりにも覚えのある光景過ぎて、私は少しだけ白けてしまうのと同時に、体のほうだけはガクガクと足を震わせている。汗ばむほどの夏の陽気の中でもカチカチと歯が鳴るほど震えているのは、訳のわからない理不尽に自分の人生を歪められる恐怖によるものだろう。十年後の経験を持っている私の心とは裏腹に、当時の体はそんな情報を知る訳がなく、恐怖で打ち震えているんだ。
 それに海斗くんは顔をしかめていた。

「ああー……」

 言葉にならない声を上げていた。
 一方菜々子ちゃんは「横暴!」と怒っていた。

「こんな大事なことってさ、始業式で突然言うもんじゃなくない? というか、もっと早く言うことじゃない? 少なくとも二学期に言うことじゃない!」
「うん……そうなんだけど……」
「って、亜美。大丈夫? 顔真っ青だけど」
「あ……」

 私自身は自覚なかったとは言えど、体のほうは廃校に拒絶反応が凄まじかったらしく、歩こうとすると力が入らずに、そのままその場にへたり込んでしまったのだ。
 心配そうに海斗くんと菜々子ちゃんに見下ろされる。

「亜美、大丈夫か? 立てるか?」
「ちょっと待って……」

 頑張って足を突っ張って立ち上がろうとするものの、完全に腰が抜けてしまって立てない。私は座り込んだまま、周りの阿鼻叫喚状態の地鳴りを腰から感じて、余計に体が強張って動けなくなる。
 それを見かねたのか、大樹くんが手を差し出した。

「手は出せる?」
「う、うん……」

 そのまま力を入れて引っ張り上げられるものの、私は上手いこと歩くことができず、まるで生まれたばかりの子鹿のようなみっともない歩き方になり、情けなくって涙が出てきた。私が突然泣き出したことに、さすがに海斗くんはぎょっとし、一方菜々子ちゃんは心配そうに声を上げた。

「亜美大丈夫? 日焼け止め流れてるよ?」
「う、うん……ごめん……なんかもう、流れてきた話を受け止めきれなくって……泣いちゃった。アハハ」
「そりゃねえ……本当にこの話って、もっと腰を据えて話すべきであって、こんな爆弾発言みたいにするもんじゃないと思うよ。本来は」

 菜々子ちゃんが私の代わりに怒ってくれるのにほっとしつつも、大樹くんは私の掌に触れて顔をしかめた。

「亜美、手の体温冷た過ぎ。ちょっと保健室行く?」
「……うん」
「ごめん、先生たちに言っておいて。僕たち保健室に行ってくるから」
「おう、亜美、本当に大丈夫か?」
「……わ、かんない」
「行ってらっしゃい亜美」

 あれだけ男嫌い発言をし、大樹くんに怒り散らしていた菜々子ちゃんも、私を助けようとする大樹くんには怒鳴ることもなく、そのまま見送ってくれた。
 私は腰が引けてしまっているのを、どうにか大樹くんに手を引いてもらって、みっともなくも歩いていた。

「……もう十年前から知ってたことでしょう? そこまでショック受けなくっても」

 大樹くんに咎められながらも、私は頷いた。

「そうなんだけどね……私の心と体が、なんだかバラバラなんだ」
「バラバラって? なにが?」
「うん……私の心で思っていることは、体と一致しない。私の精神は高校生の体に引き摺られてるんだ……この時期の私は、意味がわからないことで怖がっているんだと思う」
「そう? 僕の知ってる限り、君はあのとき、意味がわからなくって、なにもせずにポカンとしていたと思うけど」
「……え?」

 そういえば。
 別に私は周りから心配されて保健室に行った覚えなんかない。大樹くんが「違う」と指摘する意味も頷ける。

「君はきっと怖いんじゃない? どう考えても今日が分岐点で、次の行動ひとつで僕たちの中から誰かが死ぬかもしれないって思って、それが怖くて怖くて仕方なかったから、それで立ち上がれなくなったんでしょう?」
「……ああ」

 それならば納得できる。
 結局私も大樹くんも、誰が死ぬのかなんて言ってない。今一緒にいられて、それだけで満足するような浅はかな恋しかできない私だ。それ以上なんて望んでない。
 強いて言うならば、今のような浮き沈みのないぬるま湯のような人生を続けていたかったのに、それがいきなりひびが割れて壊れてしまった。ここから先はもう私の全く知らない人生だから、余計にそれが怖かったんだ。

「うん……そうだよ」
「その気持ち、どうか忘れないで」

 大樹くんは私の手を引く力を強めた。
 彼は海斗くんと違って力仕事はしていない。頭はよくって勉強はできるけれど、細っこい男の子だと思っていた。でもその手の大きさは私よりもずっと大きく、簡単に平均的な大きさの私の手を包み込んだ。
 汗でぺたぺたするのも気にせず、ただ握られた。
 本当の本当に、この瞬間が永遠に続けばいいのに。私はポツンと思った。
 進むことは怖いよ。進んで間違えて誰かが死ぬのはもっと怖いよ。
 十年後、皆で集まって笑えたらそれで満足で、ただ一緒にいてしゃべっているだけで幸せな私は、それ以上を本当に望んじゃいないから。それだけでもどうか叶えさせてよ。
 ねえ……私をやり直させた誰かさん。