朝は蝉の鳴き声が少し静かになってきた一方、夜になったらリィンリィンと鳴き声を耳にするようになった。蝉が静かになっただけで、次は鈴虫がけたたましく鳴いているのだ。一匹二匹の鈴虫の声ならば風流だけれど、茂みいっぱいに聞こえてくるとうるさくて仕方がない。
夏が終わりを迎え、いよいよ夏休みも終わろうとしているのだ。
その中ズシンと重く感じるのは、始業式と同時に伝えられる廃校宣言。
大人の横暴だ、考えなしだ。なに考えてるんだ。
保護者会やPTAへの抗議も無視して強硬されたそれは、私たちが止める間もなく、在校生はバラバラに分解されてしまう。
私はアスファルトを突き破って咲いているオシロイバナに視線を向けながら、そっと溜息をついた。
夏休み最後の日に、私は予備校に行く前の大樹くんに会いに行くことにした。
スマホで連絡を付けたら、メッセージですぐ返事をくれた。
【わかった。駅前の喫茶店で会おう】
夏休み最後だから、頼むから皆宿題を必死にやって、うちにいてと学校の子たちにそう祈りながら、私は足早に駅前の喫茶店に向かった。
私たちは夏休みでも、一般的には平日だ。足早に駅前から立ち去る人々を見ながら、私は喫茶店のほうへと向かう。
喫茶店には、ポロシャツにカーゴパンツを穿いた大樹くんが待っていた。対して私は量販店のTシャツにデニムだからどうしようもない。菜々子ちゃんの女子力を見せつけられたからって、一日二日でおしゃれになる訳がない。せめて汗臭くないようにと柑橘系の制汗剤を一生懸命振ってきただけ偉いんだ。
自分でそう言い訳しながら「大樹くん」と声をかけた。大樹くんは本を読んでいたみたいだけど、すぐに視線を向けた。
「亜美、おはよう」
「おはよう……早く入ろう」
「今日なんて皆宿題の追い込みしてるか、残暑疲れで家に篭もってるかのどっちかだから、あんまり気にしなくっていいのに。明日から学校だし」
「そうなんだけど」
「人に見られるの本当に嫌がるね、亜美は」
大樹くんに少しだけ呆れられながらも、私は喫茶店に入っていった。
ふたりで作戦会議をしていても、目立つ場所ではなく、学校の子たちに見つからず、そして海斗くんや菜々子ちゃんに話の内容を聞かれない場所というと限られていて、駅前の喫茶店でしゃべるしかなかった。
駅前の喫茶店のそこそこ安い値段でなかったら、そんなに通うことなんてできない。
私は一番安いアイスコーヒーを頼んでいたら、大樹くんは「ホットケーキお願いします」と言って、アイスコーヒーと一緒に頼んだ。
ホットケーキのほかほかしたいい匂いが漂ってくる中、黙ってケーキシロップをバターの上からかける大樹くんを恨めしそうに悩んでいたら。大樹くんは黙ってホットケーキを半分切った。
「とりあえず半分食べて。僕には量が多いから」
……ホットケーキは二段重ねだから、食べようと思えば食べられる量のはずなのに。
私は卑しいなあと自嘲しながら、「ありがとう」と言ってアイスコーヒーを載せていたソーサーに半分移して、フォークをもらってそれでいただく。ケーキシロップとバターのギュッと染みた生地はしっとりしているはずなのにふかふかした感覚は消えていない。
「……おいしい」
「そう。よかった……うん。おいしいね」
ふたりでホットケーキを食べ、アイスコーヒーをすすってから、話を進める。
「明日から学校だけど」
「……多分明日発表だよね、廃校の」
「うん」
「……廃校決定後、大樹くんはそのまま私立に行くの?」
「うん、行くよ」
「……そのまま、東京の大学に行く?」
「わかんない。やりたいことが地元にあったら地元に残るけれど。そういえば、亜美のおばあさんは? 倒れたから地元に残るって聞いてたけど」
「おばあちゃん、元気なんだよね……」
一応おばあちゃんは近所に住んでいるから定期的に見に行っているものの、私の知っている記憶と違って特に悪いところもないし、私も東京に就職が決まったら、そのまま出ていくかもしれない。
既に地元が干からびることが決定しているから、これからどうしようと思っているところだ。
大樹くんは東京のブラック企業にさえ捕まらなかったらなんとかなるだろう。でもここにいても就職先なんて本当にたかが知れている。地元のスーパーマーケットをあちこちで経営しているような海斗くん家じゃあるまいし。
話を聞いていた大樹くんは「そう……」と言った。
「今のところは、誰も死なないとは思ってるけど」
「……うん」
「死なない未来って、どんなもんなんだろうね。考えたこともないからわからないや」
そう大樹くんがぽつんと言うのに、私は「あれ?」と大樹くんを見た。
私は大樹くんの葬式に出たのは一回だけだ。でもまるで大樹くんは、何度も何度も繰り返しているようにも思える。
バタフライエフェクト。私たちが知っている歴史が少しずつ違っているのは、もしかして。
……そこまで考えて、小さく首を振った。
ここはちっとも本筋じゃない。私たちの目的は、十年後も誰も死なない未来を獲得するなんだから。それ以外のことは全て些末なことだ。
夏が終わりを迎え、いよいよ夏休みも終わろうとしているのだ。
その中ズシンと重く感じるのは、始業式と同時に伝えられる廃校宣言。
大人の横暴だ、考えなしだ。なに考えてるんだ。
保護者会やPTAへの抗議も無視して強硬されたそれは、私たちが止める間もなく、在校生はバラバラに分解されてしまう。
私はアスファルトを突き破って咲いているオシロイバナに視線を向けながら、そっと溜息をついた。
夏休み最後の日に、私は予備校に行く前の大樹くんに会いに行くことにした。
スマホで連絡を付けたら、メッセージですぐ返事をくれた。
【わかった。駅前の喫茶店で会おう】
夏休み最後だから、頼むから皆宿題を必死にやって、うちにいてと学校の子たちにそう祈りながら、私は足早に駅前の喫茶店に向かった。
私たちは夏休みでも、一般的には平日だ。足早に駅前から立ち去る人々を見ながら、私は喫茶店のほうへと向かう。
喫茶店には、ポロシャツにカーゴパンツを穿いた大樹くんが待っていた。対して私は量販店のTシャツにデニムだからどうしようもない。菜々子ちゃんの女子力を見せつけられたからって、一日二日でおしゃれになる訳がない。せめて汗臭くないようにと柑橘系の制汗剤を一生懸命振ってきただけ偉いんだ。
自分でそう言い訳しながら「大樹くん」と声をかけた。大樹くんは本を読んでいたみたいだけど、すぐに視線を向けた。
「亜美、おはよう」
「おはよう……早く入ろう」
「今日なんて皆宿題の追い込みしてるか、残暑疲れで家に篭もってるかのどっちかだから、あんまり気にしなくっていいのに。明日から学校だし」
「そうなんだけど」
「人に見られるの本当に嫌がるね、亜美は」
大樹くんに少しだけ呆れられながらも、私は喫茶店に入っていった。
ふたりで作戦会議をしていても、目立つ場所ではなく、学校の子たちに見つからず、そして海斗くんや菜々子ちゃんに話の内容を聞かれない場所というと限られていて、駅前の喫茶店でしゃべるしかなかった。
駅前の喫茶店のそこそこ安い値段でなかったら、そんなに通うことなんてできない。
私は一番安いアイスコーヒーを頼んでいたら、大樹くんは「ホットケーキお願いします」と言って、アイスコーヒーと一緒に頼んだ。
ホットケーキのほかほかしたいい匂いが漂ってくる中、黙ってケーキシロップをバターの上からかける大樹くんを恨めしそうに悩んでいたら。大樹くんは黙ってホットケーキを半分切った。
「とりあえず半分食べて。僕には量が多いから」
……ホットケーキは二段重ねだから、食べようと思えば食べられる量のはずなのに。
私は卑しいなあと自嘲しながら、「ありがとう」と言ってアイスコーヒーを載せていたソーサーに半分移して、フォークをもらってそれでいただく。ケーキシロップとバターのギュッと染みた生地はしっとりしているはずなのにふかふかした感覚は消えていない。
「……おいしい」
「そう。よかった……うん。おいしいね」
ふたりでホットケーキを食べ、アイスコーヒーをすすってから、話を進める。
「明日から学校だけど」
「……多分明日発表だよね、廃校の」
「うん」
「……廃校決定後、大樹くんはそのまま私立に行くの?」
「うん、行くよ」
「……そのまま、東京の大学に行く?」
「わかんない。やりたいことが地元にあったら地元に残るけれど。そういえば、亜美のおばあさんは? 倒れたから地元に残るって聞いてたけど」
「おばあちゃん、元気なんだよね……」
一応おばあちゃんは近所に住んでいるから定期的に見に行っているものの、私の知っている記憶と違って特に悪いところもないし、私も東京に就職が決まったら、そのまま出ていくかもしれない。
既に地元が干からびることが決定しているから、これからどうしようと思っているところだ。
大樹くんは東京のブラック企業にさえ捕まらなかったらなんとかなるだろう。でもここにいても就職先なんて本当にたかが知れている。地元のスーパーマーケットをあちこちで経営しているような海斗くん家じゃあるまいし。
話を聞いていた大樹くんは「そう……」と言った。
「今のところは、誰も死なないとは思ってるけど」
「……うん」
「死なない未来って、どんなもんなんだろうね。考えたこともないからわからないや」
そう大樹くんがぽつんと言うのに、私は「あれ?」と大樹くんを見た。
私は大樹くんの葬式に出たのは一回だけだ。でもまるで大樹くんは、何度も何度も繰り返しているようにも思える。
バタフライエフェクト。私たちが知っている歴史が少しずつ違っているのは、もしかして。
……そこまで考えて、小さく首を振った。
ここはちっとも本筋じゃない。私たちの目的は、十年後も誰も死なない未来を獲得するなんだから。それ以外のことは全て些末なことだ。