花火がパァーンパァーンとどこかで打ちあがっている。音は聞こえるものの、この辺りはマンションが建ち並び、いまいちどこで花火が見られるかがわからない。
 その音を遠くに耳にしながら、私は大樹くんに頷いた。
 でも……擦り合わせをしたくても、私は大樹くんに彼の死を伝えられるだろうか。考えていたら。

「……僕の知っている記憶だったら、もうすぐしたら、高校が廃校になる。そのとき、菜々子は通信制高校に移行して、その足で東京の声優専門学校に行く」

 その内容は、私が全く聞いていなかったものだった。それに私は「そう……」と言っていた。

「それに亜美はついていく。高校卒業と同時に、東京の医療系専門学校に入学して、東京に出る」

 それに私は目を見開いた。
 ……医療系の専門学校を出るのは本当だ。ただ学校は地元のを出たし、就職先で東京の病院の内定はもらったものの、おばあちゃんが倒れたから諦めて地元で就職したんだ。
 まだおばあちゃんは倒れてないけれど。

「大樹くん……大樹くんはいつからここにいる記憶があるの?」
「中学時代かな。その頃にはうっすらと記憶があったから」
「……私よりだいぶ前なんだね」
「それで、亜美は? 亜美と僕だとだいぶ記憶が違うって言っていたけれど」
「……高校が廃校になるところまでは本当。でも東京に出るのは、私じゃなくって大樹くんだった。うちは……おばあちゃんが倒れたから、東京に就職に行く話が頓挫しちゃったから」
「そう」

 大樹くんはなにかを考え込むように、視線を落とした。

「……なにか思い違いしているのかもしれないね」
「……えっ?」
「大丈夫。僕と君が情報交換したんだから、多分上手く行くよ。今度はきっと、誰も死なない」

 そう大樹くんに励まされたものの、私はなにかしこりが残っていた。
 なんで私たちのたどった歴史が違うんだろう。
 ただの平行世界? それとも。
 私は大樹くんに家に送ってもらってからも、もやもやしていた。

****

 家に帰り、浴衣を脱ぐと、ほとんどカラスの行水でシャワーを浴びてから、部屋に戻った。
 お祭りだという浮足立った気持ちはすっかりと消え失せてしまい、どことなく脱力している。
 私がもやもやした気持ちのまま、何気なくスマホでSFについて検索していた。
 元々平行世界の概念は、タイムトラベルからはじまるSFジャンルから派生したものらしい。ただタイムトラベルが起こった場合、歴史を変える、運命を変えるという行動を起こした場合、綻びが生じてタイムパラドックスが起こり、矛盾が発生してしまうと。それを回避させるのが、当面のSFだと。
 頭が痛くなりながら、私はあまり詳しくないジャンルについてじっくりと読み進めていたら。

【バタフライエフェクトが発生しないよう、歴史には強制力がある】

 そんな項目とぶつかった。
 バタフライエフェクトってなに。私はそれお読み進めていて、思わずスマホを枕元に放り投げて、バフンと寝転がってしまった。
 蝶の羽ばたきが波及すれば、ひとつの小さな事象でもやがて大きなうねりを伴って元の事象と大きく異なってしまうこと。
 それは、私と大樹くんが歴史を変えようとしたせいで、私たちふたりとも知らない歴史が発生してしまっているんじゃないだろうか。
 大樹くんが十年後誰が死ぬのかは教えてくれなかったし、私も大樹くんが死ぬことを伝えられないままでいた。

「……私たちは、もしかして。知らない内に何度も何度も繰り返して、そのせいで私たちの知らない歴史がはじまってない?」

 思考実験と言われてしまってはそれまでだけれど、大樹くん曰く、大樹くんの知っている歴史では私は東京に行ける余裕があったけれど、私の知っている歴史ではそんな余裕はなかった。
 歴史をなんとか変えようとあがいた結果、大樹くんは中学時代から私たちの記憶を頼りに歴史を変えようとして、いろいろと変わってしまった。
 一方私は高校時代になって十年後の記憶を取り戻した。私たちが知っている歴史自体も、誰かの干渉を受けているんじゃないだろうか。
 これはあくまで思考実験だ。本当かどうかは誰もわからないし、知りようがない。でも。
 何度も繰り返しても、誰も納得できない結末にしかならないのは、いくらなんでも神様は意地が悪過ぎやしないか。
 冷房の音を聞きながら、私はベッドの上でゴロンゴロンと寝転がる。
 私は、ただ大樹くんと一緒なだけじゃ嫌だ。
 大樹くんがいて、菜々子ちゃんがいて、菜々子ちゃんがいて。四人でずっと仲良く過ごしていたい。恋愛成就はしてもしなくってもいいんだ……ううん、好きではある。成就しなくってもいいなんて綺麗ごととは言い切れない。でも。
 生きててくれたらそれでいいよ。
 彼の葬式に出るくらいだったら、どこか遠くでもいい。生きててくれていたらそれでいいって思うことさえ駄目なのか。

「……思考実験。思考実験であって、私の妄想だ。本当のことなんてわからない」

 私は不貞寝を決め込みながら、もうひとつ大樹くんに聞きそびれたことを考え込んでいた。
 大樹くんは、結局誰のことが好きなんだろう。菜々子ちゃんにひどいことしたのは、意味があったんだろうか。それとも。
 歴史が錯綜として、誰が好きだったのかわからなくなてしまったんだろうか。私たちは十年後の記憶があっても、どうしても体に気持ちは引きずられる。
 私だって物分かりのいいことを必死で考えようとしても、今の高校生の体は奔放で、物分かりのいい十年後ん思考になんてなってはくれない。
 大樹くん、あなたの好きな人は誰ですか。
 そっくりそのまま返されたら、きっとまともに答えを出せない私が言ってもしょうがないことなのに。