私と大樹くんが夕飯替わりに買ったのはたこ焼きだった。最近はおいしいたこ焼き専門店も多いけれど、屋台の表面がカリッとしていて中はトロッとしている定番中の定番のたこ焼きは、やっぱり屋台でなかったら味わうことが難しい。
青のりを付けるかどうか迷った末、私は鰹節だけかけてもらって、はふはふと食べた。
大樹くんは青のりとか全く気にせず、全部かけてもらって食べている。
「おいしい……たまに食べたくなるね、たこ焼きは」
「うん。ラムネもスーパーに行ったら売ってるのに、何故かお祭りで買って飲むのが一番おいしく感じる」
「わかる。瓶の中のビー玉取りたいけど、正攻法じゃ取れなくって、瓶を割らないと取れないと知ったときはショックだったなあ」
たこ焼きはもうひとつ買い、それを海斗くんに持っていってあげることにした。大樹くんは少しだけ面白くなさそうな顔をした。
「海斗は来られないって行ってたんだから、わざわざ買う必要はないでしょう?」
「どうしてそんな意地悪言うの。仕事のせいで来られなくなったのに、それじゃ可哀想だよ」
「……だって、亜美はいっつもそうだから」
「ええ?」
大樹くんが怒り出した意味がわからず、私は戸惑った。大樹くんはいつもよりもちょっとだけ苛立った声を上げる。
「……僕といるのに、海斗の話ばっかりするからさ」
「なんで? 単純に友達と一緒に遊べないのは、寂しくない?」
「……そうなんだけどさ」
私は困りながらも、ふたりで祭り囃子の音を背に少しだけ暗くなった道を歩いて行った。
スーパーへの道は、もう閉店時刻だから暗くなっているし、スーパーの前の駐輪場も自転車が捌けていた。
その中、スーパーの裏口へと向かう。
「海斗くーん、まだいるー?」
「おーう……」
ぐったりとくったりの間くらいの声が聞こえた。バックヤードに置いてあるベンチで、疲れ果てて汗で髪をぺたんこにした海斗くんが、エプロン取るのも億劫なまんま座り込んでいた。手には麦茶のペットボトルがあるから、なんとか飲み物は取れているみたいだった。
ソースの匂いが空きっ腹に聞くのか、ビクンと体を起こした。
「……今すっごい腹減ってるんだけど、それ」
「さすがにお祭りに行けなかったの可哀想だったから、たこ焼き買ってきたんだ」
「うわあああ、ありがとうな!」
私がお箸と一緒に差し出したら、「ありがとう!!」と勢いよく食べはじめた。私たちが歩いて行っている間に熱々のピークは過ぎたらしく、勢いよくたこ焼きが消えて、あっという間にプラスチックケースだけになってしまった。
「ああ、ごちそうさま……美味かった」
「お粗末様でした」
「でも大樹、俺デートの邪魔しちゃ悪かったんじゃないか?」
そう海斗くんが茶化すのに、私は「あれ?」となった。
大樹くんが好きなのは菜々子ちゃんだし、なんで私とふたりでお祭りに行くのがデートになるのか意味がわからなかった。
私が困った顔で大樹くんと海斗くんの顔を見比べていたら、大樹くんはポーカーフェイスのまま言った。
「別に。亜美はお人好しだから」
「……そんな、言われるほどお人好しでは」
「そうだなあ、亜美はすぐに我慢するから。優先順位の上位に自分がいないんだよなあ。困った困った」
そう言い出すのに、私はますます意味がわからない、という顔になった。自分ではちっともそんなつもりがなかったからだ。
十年後に好きな男の子が自殺してしまうってなったら、それを自分の恋よりも優先するのは、当たり前じゃないの? 好きな男の子を思い出にできなかったからこそ、十年後もずるずる引き摺っていた訳なんだから。
なによりも。大樹くんの好きな人は私じゃないはずなのに、なんでそんなこと言い出すのかがわからない。私は思わず口元を抑えた。
「からかうのはやめてよ。私は、別に……」
「気にするなって。まあ本当にたこ焼きありがとう。でも本当にデートの邪魔して悪かったな」
そう言ってくれる海斗くんに、私は自分が思い違いをしていたことを知る。
……大樹くんが誰を好きか知っているからこそ、私を励ましてくれてたんだ。海斗くんは、本当に優しいから。
その中、ふいに大樹くんは私の手を掴んできた。汗でぴとんと肌と肌が張り付く。それに驚いて大樹くんの顔を見ると、少し恨めしげに海斗くんを睨んでいた。睨まれている海斗くんはというと、いつもの調子のままだったけれど。
「大樹-、ちゃんと亜美を送ってやるんだぞー」
「……わかってるよ。仕事、お疲れ様」
「おう」
そのままずるずると大樹くんに引き摺られる形で、私は大樹くんと一緒にバックヤードを離れてしまった。
私は困り果てて大樹くんの背中を見つめていた。
普通は好きな男の子に手を繋がれて、ときめくはずなのに。私はときめくより先に「なんで?」とただただ困惑していた。
だって。彼が好きなのは菜々子ちゃんだったはずだ。でなかったら、菜々子ちゃんにあれだけ罵倒されてもなお、謝りになんか行かないはずだし……好きでもない子とキスなんかできないはずだ。
「あ、あのう……大樹くん?」
「なに?」
「私は、菜々子ちゃんじゃないよ?」
「知ってるけど。菜々子は菜々子だし、亜美は亜美だ」
「なら、なんでそんなに怒ってるの?」
「……別に」
「ねえ、私と大樹くんの十年後って、なんかとても違うような気がする! もし違うんだったら困るし、摺り合わせるのはどうだろう?」
それを言ったら、大樹くんは少しだけ驚いたように振り返った。
「それ、本当?」
青のりを付けるかどうか迷った末、私は鰹節だけかけてもらって、はふはふと食べた。
大樹くんは青のりとか全く気にせず、全部かけてもらって食べている。
「おいしい……たまに食べたくなるね、たこ焼きは」
「うん。ラムネもスーパーに行ったら売ってるのに、何故かお祭りで買って飲むのが一番おいしく感じる」
「わかる。瓶の中のビー玉取りたいけど、正攻法じゃ取れなくって、瓶を割らないと取れないと知ったときはショックだったなあ」
たこ焼きはもうひとつ買い、それを海斗くんに持っていってあげることにした。大樹くんは少しだけ面白くなさそうな顔をした。
「海斗は来られないって行ってたんだから、わざわざ買う必要はないでしょう?」
「どうしてそんな意地悪言うの。仕事のせいで来られなくなったのに、それじゃ可哀想だよ」
「……だって、亜美はいっつもそうだから」
「ええ?」
大樹くんが怒り出した意味がわからず、私は戸惑った。大樹くんはいつもよりもちょっとだけ苛立った声を上げる。
「……僕といるのに、海斗の話ばっかりするからさ」
「なんで? 単純に友達と一緒に遊べないのは、寂しくない?」
「……そうなんだけどさ」
私は困りながらも、ふたりで祭り囃子の音を背に少しだけ暗くなった道を歩いて行った。
スーパーへの道は、もう閉店時刻だから暗くなっているし、スーパーの前の駐輪場も自転車が捌けていた。
その中、スーパーの裏口へと向かう。
「海斗くーん、まだいるー?」
「おーう……」
ぐったりとくったりの間くらいの声が聞こえた。バックヤードに置いてあるベンチで、疲れ果てて汗で髪をぺたんこにした海斗くんが、エプロン取るのも億劫なまんま座り込んでいた。手には麦茶のペットボトルがあるから、なんとか飲み物は取れているみたいだった。
ソースの匂いが空きっ腹に聞くのか、ビクンと体を起こした。
「……今すっごい腹減ってるんだけど、それ」
「さすがにお祭りに行けなかったの可哀想だったから、たこ焼き買ってきたんだ」
「うわあああ、ありがとうな!」
私がお箸と一緒に差し出したら、「ありがとう!!」と勢いよく食べはじめた。私たちが歩いて行っている間に熱々のピークは過ぎたらしく、勢いよくたこ焼きが消えて、あっという間にプラスチックケースだけになってしまった。
「ああ、ごちそうさま……美味かった」
「お粗末様でした」
「でも大樹、俺デートの邪魔しちゃ悪かったんじゃないか?」
そう海斗くんが茶化すのに、私は「あれ?」となった。
大樹くんが好きなのは菜々子ちゃんだし、なんで私とふたりでお祭りに行くのがデートになるのか意味がわからなかった。
私が困った顔で大樹くんと海斗くんの顔を見比べていたら、大樹くんはポーカーフェイスのまま言った。
「別に。亜美はお人好しだから」
「……そんな、言われるほどお人好しでは」
「そうだなあ、亜美はすぐに我慢するから。優先順位の上位に自分がいないんだよなあ。困った困った」
そう言い出すのに、私はますます意味がわからない、という顔になった。自分ではちっともそんなつもりがなかったからだ。
十年後に好きな男の子が自殺してしまうってなったら、それを自分の恋よりも優先するのは、当たり前じゃないの? 好きな男の子を思い出にできなかったからこそ、十年後もずるずる引き摺っていた訳なんだから。
なによりも。大樹くんの好きな人は私じゃないはずなのに、なんでそんなこと言い出すのかがわからない。私は思わず口元を抑えた。
「からかうのはやめてよ。私は、別に……」
「気にするなって。まあ本当にたこ焼きありがとう。でも本当にデートの邪魔して悪かったな」
そう言ってくれる海斗くんに、私は自分が思い違いをしていたことを知る。
……大樹くんが誰を好きか知っているからこそ、私を励ましてくれてたんだ。海斗くんは、本当に優しいから。
その中、ふいに大樹くんは私の手を掴んできた。汗でぴとんと肌と肌が張り付く。それに驚いて大樹くんの顔を見ると、少し恨めしげに海斗くんを睨んでいた。睨まれている海斗くんはというと、いつもの調子のままだったけれど。
「大樹-、ちゃんと亜美を送ってやるんだぞー」
「……わかってるよ。仕事、お疲れ様」
「おう」
そのままずるずると大樹くんに引き摺られる形で、私は大樹くんと一緒にバックヤードを離れてしまった。
私は困り果てて大樹くんの背中を見つめていた。
普通は好きな男の子に手を繋がれて、ときめくはずなのに。私はときめくより先に「なんで?」とただただ困惑していた。
だって。彼が好きなのは菜々子ちゃんだったはずだ。でなかったら、菜々子ちゃんにあれだけ罵倒されてもなお、謝りになんか行かないはずだし……好きでもない子とキスなんかできないはずだ。
「あ、あのう……大樹くん?」
「なに?」
「私は、菜々子ちゃんじゃないよ?」
「知ってるけど。菜々子は菜々子だし、亜美は亜美だ」
「なら、なんでそんなに怒ってるの?」
「……別に」
「ねえ、私と大樹くんの十年後って、なんかとても違うような気がする! もし違うんだったら困るし、摺り合わせるのはどうだろう?」
それを言ったら、大樹くんは少しだけ驚いたように振り返った。
「それ、本当?」