私たちはしばらく待ち合わせ場所で待っていたけれど、海斗くんはなかなか来なかった。
「家からまだ出られないのかな」
私はスマホで連絡を取ろうとSNSのメッセージを見て目が点になった。
【ごめん さきにいってて】
文字変換できないくらいに忙しかったみたいだ。私がそれを大樹くんに見せたら「ふーん」と答えられた。
「なら先に僕たちだけで行こうか」
「……そうだね」
久々にふたりっきりだとはしゃいでいたら、海斗くんが家のスーパーでトラブったらしいのに、そこで「ふたりでデート!」と喜ぶのもどうかしている。
それでもむずむずしているのは、今日は菜々子ちゃんも海斗くんもいないからだろう。
友達甲斐のない奴。しょうもない奴。裸一本で勝負できないから、しょうもないことで喜ぶんだ。そう自分を責め上げる。
パン。と空に花火が打ち上がった。
お祭りの実行委員会が花火師を呼んで打ち上げてくれているらしい。盛況で、皆の歓声が上がった。その中、私は大樹くんと歩いていた。
「お祭り、賑やかだね」
大樹くんはどこか遠くを見る目で見ている。
私の知らない十年後の内に、彼もどんどん干涸らびていった町を見ていたのだろう。今の花火が徒花で、高校が廃校になってから、どんどんこの町は寂れていく。それを知っていたら、きっとこの光景も綺麗なものではなくて、どこか黄ばんだモノクロ写真のように見えてもおかしくないだろう。
でも。私は十代の体に入っているせいか、どうにも十年後の未来を知っていてもなお、花火の美しさに目を奪われていた。
「……うん、お祭りもだし、花火も綺麗」
私はそう言っているのを、大樹くんは意外そうな顔で見ていた。
「亜美はこの手のものに感動する性質だったっけ?」
「しますよ。私はこれでも感動屋なんです」
「ふーん、そう」
その何気ない言葉でこちらが勝手に傷付くのは、十年後の彼が助けたかったのは、きっと私じゃないんだろうなと思い知ってしまったからだ。私が気が弱いし運もないけれど、何気ないものを見て勝手に感情を震わせていることは、皆知っている話だったからだ。
私の知っている大樹くんは、私たちとたしかに友達だったはずなのに、どこか一線を引いてしまっていて、私たちのことを意外と知らないままお別れしてしまった。
一緒に今いるのは私なのに、今は東京で頑張っている菜々子ちゃんに勝手に嫉妬している私は馬鹿みたい。そうひとりで反省していると、大樹くんは屋台のほうに視線を向けた。
屋台では金魚すくいが特に盛況で、子供も大人もこぞってしゃがんで金魚と向き合っていた。私がそれをちらちらと見ていたら大樹くんが指を差す。
「しないの?」
「……金魚すくいは好きだけど、うちだと金魚は飼えないから」
「ただ金魚をすくうだけじゃ駄目?」
「駄目じゃないけれど……駄目かもしれないと」
相変わらずの支離滅裂な言葉に、大樹くんは苦笑しながら「すみません。金魚すくいふたり」と指を差した。
「はいよ」
金魚すくいの屋台のおじさんが、ひょいとポイをふたつ出してくれ、私たちはそれと器を持ってしゃがみ込む。
元気に泳ぐ金魚は健気で、オレンジ色の瑞々しいものから、真っ黒なデメキンまでがヒラヒラと泳いでいた。
私は一生懸命ボイを振るって近所をすくうものの、四回くらいでポイは駄目になってしまった。
「はい、終わり。金魚一匹飼うかい?」
おじさんに言われたものの、うちだと金魚は飼えない。私は首を振って「ありがとうございます」と言ってから、大樹くんのほうに視線を合わせた。
大樹くんは一生懸命金魚すくいをしていた。驚くことに、私は金魚すくいのポイをすぐに駄目にしてしまったのに、未だに大樹くんのポイは健在だということ。大樹くんは的確にポイの縁に金魚を当ててすくい上げ、ひょいひょいと器に入れていた。
「すごい。大樹くんって金魚すくいそんなに上手かったっけ?」
「まあ、一応は。ああ、でもそろそろ無理かも」
大樹くんは私の倍くらい楽しんでから、やっとポイが壊れてくれた。おじさんは大樹くんにも金魚を勧めるものの、こちらも遠慮して立ち上がった。
「すごかったね」
「そう?」
「私はあんなにできなかったからさあ」
私の言葉に、大樹くんはクスクスと笑う。その笑顔が妙にこそばゆくて、私は明後日の方向に視線を向けてしまった。
「海斗くん、まだ来ないんだね」
「うん。ああ、メッセージ入ってる」
大樹くんはスマホのSNSのメッセージを開けると「あー……」と声を上げた。
「どうかした?」
「スーパーで機械トラブルが発生したせいで来られないかも、だって」
「まあ……」
レジが壊れてしまったら手で計算するしかなく、ただでさえ夕方の特売セールで慌ただしいんだから、お祭りのために抜け出すことはできないだろう。
私は屋台をキョロキョロとした。
「なに?」
「差し入れ。一番お祭りを楽しみにしていたのに、行けないのは可哀想」
「……ふーん」
何故か大樹くんは気のない返事をした。
「家からまだ出られないのかな」
私はスマホで連絡を取ろうとSNSのメッセージを見て目が点になった。
【ごめん さきにいってて】
文字変換できないくらいに忙しかったみたいだ。私がそれを大樹くんに見せたら「ふーん」と答えられた。
「なら先に僕たちだけで行こうか」
「……そうだね」
久々にふたりっきりだとはしゃいでいたら、海斗くんが家のスーパーでトラブったらしいのに、そこで「ふたりでデート!」と喜ぶのもどうかしている。
それでもむずむずしているのは、今日は菜々子ちゃんも海斗くんもいないからだろう。
友達甲斐のない奴。しょうもない奴。裸一本で勝負できないから、しょうもないことで喜ぶんだ。そう自分を責め上げる。
パン。と空に花火が打ち上がった。
お祭りの実行委員会が花火師を呼んで打ち上げてくれているらしい。盛況で、皆の歓声が上がった。その中、私は大樹くんと歩いていた。
「お祭り、賑やかだね」
大樹くんはどこか遠くを見る目で見ている。
私の知らない十年後の内に、彼もどんどん干涸らびていった町を見ていたのだろう。今の花火が徒花で、高校が廃校になってから、どんどんこの町は寂れていく。それを知っていたら、きっとこの光景も綺麗なものではなくて、どこか黄ばんだモノクロ写真のように見えてもおかしくないだろう。
でも。私は十代の体に入っているせいか、どうにも十年後の未来を知っていてもなお、花火の美しさに目を奪われていた。
「……うん、お祭りもだし、花火も綺麗」
私はそう言っているのを、大樹くんは意外そうな顔で見ていた。
「亜美はこの手のものに感動する性質だったっけ?」
「しますよ。私はこれでも感動屋なんです」
「ふーん、そう」
その何気ない言葉でこちらが勝手に傷付くのは、十年後の彼が助けたかったのは、きっと私じゃないんだろうなと思い知ってしまったからだ。私が気が弱いし運もないけれど、何気ないものを見て勝手に感情を震わせていることは、皆知っている話だったからだ。
私の知っている大樹くんは、私たちとたしかに友達だったはずなのに、どこか一線を引いてしまっていて、私たちのことを意外と知らないままお別れしてしまった。
一緒に今いるのは私なのに、今は東京で頑張っている菜々子ちゃんに勝手に嫉妬している私は馬鹿みたい。そうひとりで反省していると、大樹くんは屋台のほうに視線を向けた。
屋台では金魚すくいが特に盛況で、子供も大人もこぞってしゃがんで金魚と向き合っていた。私がそれをちらちらと見ていたら大樹くんが指を差す。
「しないの?」
「……金魚すくいは好きだけど、うちだと金魚は飼えないから」
「ただ金魚をすくうだけじゃ駄目?」
「駄目じゃないけれど……駄目かもしれないと」
相変わらずの支離滅裂な言葉に、大樹くんは苦笑しながら「すみません。金魚すくいふたり」と指を差した。
「はいよ」
金魚すくいの屋台のおじさんが、ひょいとポイをふたつ出してくれ、私たちはそれと器を持ってしゃがみ込む。
元気に泳ぐ金魚は健気で、オレンジ色の瑞々しいものから、真っ黒なデメキンまでがヒラヒラと泳いでいた。
私は一生懸命ボイを振るって近所をすくうものの、四回くらいでポイは駄目になってしまった。
「はい、終わり。金魚一匹飼うかい?」
おじさんに言われたものの、うちだと金魚は飼えない。私は首を振って「ありがとうございます」と言ってから、大樹くんのほうに視線を合わせた。
大樹くんは一生懸命金魚すくいをしていた。驚くことに、私は金魚すくいのポイをすぐに駄目にしてしまったのに、未だに大樹くんのポイは健在だということ。大樹くんは的確にポイの縁に金魚を当ててすくい上げ、ひょいひょいと器に入れていた。
「すごい。大樹くんって金魚すくいそんなに上手かったっけ?」
「まあ、一応は。ああ、でもそろそろ無理かも」
大樹くんは私の倍くらい楽しんでから、やっとポイが壊れてくれた。おじさんは大樹くんにも金魚を勧めるものの、こちらも遠慮して立ち上がった。
「すごかったね」
「そう?」
「私はあんなにできなかったからさあ」
私の言葉に、大樹くんはクスクスと笑う。その笑顔が妙にこそばゆくて、私は明後日の方向に視線を向けてしまった。
「海斗くん、まだ来ないんだね」
「うん。ああ、メッセージ入ってる」
大樹くんはスマホのSNSのメッセージを開けると「あー……」と声を上げた。
「どうかした?」
「スーパーで機械トラブルが発生したせいで来られないかも、だって」
「まあ……」
レジが壊れてしまったら手で計算するしかなく、ただでさえ夕方の特売セールで慌ただしいんだから、お祭りのために抜け出すことはできないだろう。
私は屋台をキョロキョロとした。
「なに?」
「差し入れ。一番お祭りを楽しみにしていたのに、行けないのは可哀想」
「……ふーん」
何故か大樹くんは気のない返事をした。