夏休みは予定が入っているとあっという間だけれど、予定がないとただただ長い空白だ。
 私は家の都合でどこにも行く予定がなく、ただ海斗くんと世間話をしにスーパーに買い物に行ったり、大樹くんと話をしに予備校の合間を縫って会いに行ったりするだけだった。
 その中でもSNSのメッセージで順調な菜々子ちゃんの様子が届く。

【今日の特別講師、なんとあの有名声優!!】

 海外ドラマの吹き替えやアニメで引っ張りだこの声優さんで、声優さんの名前に疎い私でも知っているような名前の人が上げられ、私は声を出して笑った。

【順調そう?】
【うん。順調順調。ここまで上手く行くとは思ってなかった。このまんま事務所に入れるようになったらいいのになあ】

 彼女は運が悪く、私の知っている限りでは声優事務所に入ってもオーディションに残ることができず、退所して個人で生活する基盤をつくったはずだ。それでも食べていけるようになっていたんだからすごいことだけれど、多分彼女は納得してなかった。
 その点今は私の知っていたときよりも彼女の運が向いている。
 そういえば。大樹くんはいったいいつから記憶があるんだろう。いつから私たちのそれぞれの歴史を変えようとしているんだろう。大樹くんが誰の死ぬ未来を変えようとしているのか、結局聞きそびれた。
 少なくとも。今の大樹くんは十年前の記憶があるんだから、多分彼は死なない。そうなったら、私は菜々子ちゃんとの仲を押したほうがいいんだろうか。
 胸がキューンと痛んだ。それに私は首を振る。

「……大樹くんは、私を選ばないよ。だって、私はなんにもしてないじゃない」

 皆の仲を取り持とうと奔走している海斗くん。自分の夢に邁進している菜々子ちゃん。自分のできることを精一杯やっている大樹くん。
 私は十年後の未来を知っているのに、なんの役にも立っていない。
 一番聞かないといけないことを聞きそびれているのが、そのいい証拠だ。
 ……私は、大樹くんが誰の命をそこまで救いたいのか、なんにも知らないままなんだ。

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 私が悶々としている中でも、夏祭りはやってくる。
 夏祭りの時期はお盆で、街からもっとも人がいなくなる頃。皆が皆、おじいちゃんおばあちゃん家に行ってしまうから、ベッドタウンのこの街は静まりかえってしまう。でもそれはよくないと、残っている人たちが楽しめるよう、公園には町内会の人たちが集まって、屋台を出してやぐらを立てて盆踊りが開催される。
 古くなってガガピーとノイズの混ざる音楽プレイヤーの音楽を聞きながら、私はお母さんに浴衣の着付けをしてもらった。

「今年は菜々子ちゃんいないけど、誰と一緒に夏祭り行くの?」
「大樹くんと海斗くん」
「あら、両手に花」

 普通に考えるとそうなるのか。私は考え込んだ。
 大樹くんが誰を助けたいのかを私は知らないし、海斗くんは誰かを本気で好きになれるのかも私は知らない。そのふたりに挟まれても、私はずっと友達として付き合えるんだろうか。
 私の知っている大樹くんではないから、もう死ぬことはないだろうと思っている自分と、いやどうだかまだわからないという自分で、頭の中はぐしゃぐしゃになっている。
 でも。私は十代の自分に引き摺られて、お世辞にも成人しているときのようなドライで割り切った感情で物事を判断できているとは言いがたい。大樹くんは本当に、十代の自分に引き摺られて、物事の判断見誤っている可能性はないんだろうか。
 それはあまりにも私にとって都合のいい話で、自然と首を振ってしまった。
 浴衣の柄はオーソドックスな青地に花火が咲いているものだった。それを赤い帯でぎゅっと締め上げる。

「それじゃあ、気を付けてね」
「はあい。行ってきます」

 財布ひとつくらいしか入らない巾着を持って、私は夏祭りへと出かけていった。
 近所の夏祭りは、お盆の季節とはいえどそこそこの賑わいを見せる。特にまだ小さい子は、いろんな屋台に顔を出すのが楽しいらしく、パチンコやスーパーボールすくいをしてキャッキャとしている。
 私は私で、大樹くんや海斗くんと待ち合わせをしていた。
 その中で、私は「あ……」と声を上げて立ち止まってしまった。
 大樹くんが白い浴衣姿で立っていたのだ。白い浴衣に黒い波紋が描かれている。帯は紺色で、女物の帯より細い。その中で、私に気付いたらしく目を細めて振り返った。

「意外と早かったね」
「こんばんは……大樹くんこそ、予備校は……」
「さすがにお盆の時期は休み。菜々子は残念だったね。お盆の時期はさすがに戻ってくると思ってたんだけど」
「うん……」

 菜々子ちゃんは東京での研修が本当に楽しかった上に、声優事務所の夏期セミナーにあれこれと呼ばれて、東京滞在を延長していた。この分だと彼女自身が宣言していた通り、事務所が早めに決まるかもしれない。
 でもそれに少なからずほっとしているのは、菜々子ちゃんは全く悪くないのに、大樹くんが菜々子ちゃんに取られる心配がないということだった。
 意気地なし。根性なし。なのに一丁前に嫉妬だけはするんだから。自分のことが情けなくて仕方がなく、ついつい自虐してしまうけれど。どれだけ可愛くしようとしても、本気で自分磨きをしている菜々子ちゃんには絶対に勝てない後ろめたさが、私に仄暗い愉悦を与えていた。
 今だけは大樹くんを独り占めできると、幼過ぎる独占欲を出していた。