大樹くんの言葉のあと、麦茶の入ったコップが汗をかいてテーブルを濡らしているのを眺めていた。
私はどこまで言うべきかと考える。
「十年後……誰が死ぬのかわかってるの?」
「うん。でも意外。亜美はその話を聞いてもちっとも驚かないんだね?」
「……大樹くんの行動があまりに突飛過ぎて、日頃の大樹くんを思ったら、なんだか変だと思ったから。海斗くんと話をしてみたけれど、海斗くんは特に変だと思わなかったから。でも菜々子ちゃんの行動が突飛過ぎたけど、なんでだろうと思って……」
しゃべりながら大樹くんが誰が死んだか、ひと言も言わないなと思った。
私の知っている十年後だと、死ぬのは大樹くんだから、彼が十年前に巻き戻ってやり直そうとするのには無理がある。
もしかしなくっても、私が知っている十年後と歴史が違うんじゃないだろうか。
どうしよう。私は大樹くんが十年後死んでしまうということを知っているけれど、大樹くんが知っている人が死んでしまうことと矛盾する。
「あのう……」
「……なに?」
「……私も、十年後から巻き戻ってここにいるって言ったら、大樹くんはどうする?」
どこかでリィーンと風鈴の音が響いた。
大樹くんはしばらく私を見てから、麦茶を口にした。
「十年後、皆の進路はどうなってるの?」
「……私と海斗くんは地元に残って働いている。菜々子ちゃんと大樹くんは上京して働いている」
ここまでだったら、大丈夫か。私が海斗くんと口約束で婚約してるとか、菜々子ちゃんが声優になってるとかまでは、わざわざ言わなくってもいい。
私の話を聞いて、大樹くんは腕を組んでいた。
「……僕の知ってる十年後と違う」
「えっ? そうなの?」
「うん」
大樹くんはそう言いながら、指を折った。
「僕の知っている限り、亜美と菜々子は上京して働きはじめて、僕と海斗は地元に残っていた」
「……私?」
それに内心ギクリとした。
でも私は地元でおばあちゃんの介護がはじまったせいで、地元から離れられなくなったからだから、大樹くんの言っている話とだいぶ変わってくる。
私と大樹くんで、それぞれの知っている未来の内容をできる範囲で開示し合ったら、結構違うことがわかった。
とりあえず、十年前の今は同じだけれど、それぞれ分岐した未来で十年後の内容が変わるということだけはよくわかった。
「結構変わるんだな」
「そうだね……」
「でも僕たちのグループがそれぞれ分かれる原因になる、学校の廃校だけは変わらないんだ」
「……うん」
高校が突然廃校になってしまい、大樹くんは私立校に転校、私たちは地元から二時間かかる高校に編入で、進路がバラバラになってしまう。
そこだけは全然変わらないけれど。そこからは細かく変わっていた。
どうも私が高校を出たあと、医療系の学校に入って病院で働きはじめることだけは変わらないものの、就職する病院が十年後変わるらしいとだけはわかった。
そして大樹くんも。大学で東京の有名大学を卒業したものの、私の目の前にいる大樹くんはブラック企業で働いてはいなかった。公務員試験に合格し、役所で働いていた。
「とりあえず亜美の話はわかった」
「……それじゃあ」
「協力できることはする。でも、今はどう作用するかわからないから、互いに誰が死ぬのかは言わないでおこう」
「……ねえ、大樹くん。もしかしなくっても、死ぬのは菜々子ちゃんなの?」
大樹くんは一瞬黙った。
「どうしてそう思うの?」
「……大樹くんが、あそこまでして菜々子ちゃんのこと好きってアピールしたこと、私の記憶の上ではなかったから。もし菜々子ちゃんを助けたいんだって言うんだったら、わかるんだよ」
菜々子ちゃんのことを助けたいんだったら、わざわざ男嫌いな菜々子ちゃんにちょっかいをかけまくっている理由もわかる。でも一部は説明が付かない。
私は顎に手を当てながら続ける。
「もしも菜々子ちゃんだったら、私だって死んでほしくないもの。協力できる部分はあると思う」
「……ん、亜美はそのまんまでいてよ」
結局は、私と大樹くんは互いに次に会う約束をしてから、別れることになった。
私は図書館へと向かう足で、いまいち納得できない気持ちを持て余していた。
「……大樹くん、誰が死ぬのか結局言わなかったな」
彼の話からして、このまま放置していたら私たちのグループの中で誰かが死ぬということだけはわかった。菜々子ちゃんに妙なちょっかいをかけたのも、誰かが死ぬ運命を変えるためだった。
だとしたら、菜々子ちゃんの東京行きが私の記憶よりも早くなったのも説明がつく。でも。
「わざわざ嫌われてもかまわないってくらい、菜々子ちゃんのことが好きなんだね……」
菜々子ちゃんが死ぬ運命を変えようと、わざと嫌われようとしている。その大樹くんのなんといじらしいことか。
対して私は自分のことばっかりだ。そんなことばかり言う私は、大樹くんにふさわしくない。
目尻からボロッと涙がこぼれる。私はそれを見なかったことにした。
人を好きになるってことは、自分の心の広さを思い知ることだ。私は自分の心の狭さを思い知って、ただただ悲しくなっている。
私はどこまで言うべきかと考える。
「十年後……誰が死ぬのかわかってるの?」
「うん。でも意外。亜美はその話を聞いてもちっとも驚かないんだね?」
「……大樹くんの行動があまりに突飛過ぎて、日頃の大樹くんを思ったら、なんだか変だと思ったから。海斗くんと話をしてみたけれど、海斗くんは特に変だと思わなかったから。でも菜々子ちゃんの行動が突飛過ぎたけど、なんでだろうと思って……」
しゃべりながら大樹くんが誰が死んだか、ひと言も言わないなと思った。
私の知っている十年後だと、死ぬのは大樹くんだから、彼が十年前に巻き戻ってやり直そうとするのには無理がある。
もしかしなくっても、私が知っている十年後と歴史が違うんじゃないだろうか。
どうしよう。私は大樹くんが十年後死んでしまうということを知っているけれど、大樹くんが知っている人が死んでしまうことと矛盾する。
「あのう……」
「……なに?」
「……私も、十年後から巻き戻ってここにいるって言ったら、大樹くんはどうする?」
どこかでリィーンと風鈴の音が響いた。
大樹くんはしばらく私を見てから、麦茶を口にした。
「十年後、皆の進路はどうなってるの?」
「……私と海斗くんは地元に残って働いている。菜々子ちゃんと大樹くんは上京して働いている」
ここまでだったら、大丈夫か。私が海斗くんと口約束で婚約してるとか、菜々子ちゃんが声優になってるとかまでは、わざわざ言わなくってもいい。
私の話を聞いて、大樹くんは腕を組んでいた。
「……僕の知ってる十年後と違う」
「えっ? そうなの?」
「うん」
大樹くんはそう言いながら、指を折った。
「僕の知っている限り、亜美と菜々子は上京して働きはじめて、僕と海斗は地元に残っていた」
「……私?」
それに内心ギクリとした。
でも私は地元でおばあちゃんの介護がはじまったせいで、地元から離れられなくなったからだから、大樹くんの言っている話とだいぶ変わってくる。
私と大樹くんで、それぞれの知っている未来の内容をできる範囲で開示し合ったら、結構違うことがわかった。
とりあえず、十年前の今は同じだけれど、それぞれ分岐した未来で十年後の内容が変わるということだけはよくわかった。
「結構変わるんだな」
「そうだね……」
「でも僕たちのグループがそれぞれ分かれる原因になる、学校の廃校だけは変わらないんだ」
「……うん」
高校が突然廃校になってしまい、大樹くんは私立校に転校、私たちは地元から二時間かかる高校に編入で、進路がバラバラになってしまう。
そこだけは全然変わらないけれど。そこからは細かく変わっていた。
どうも私が高校を出たあと、医療系の学校に入って病院で働きはじめることだけは変わらないものの、就職する病院が十年後変わるらしいとだけはわかった。
そして大樹くんも。大学で東京の有名大学を卒業したものの、私の目の前にいる大樹くんはブラック企業で働いてはいなかった。公務員試験に合格し、役所で働いていた。
「とりあえず亜美の話はわかった」
「……それじゃあ」
「協力できることはする。でも、今はどう作用するかわからないから、互いに誰が死ぬのかは言わないでおこう」
「……ねえ、大樹くん。もしかしなくっても、死ぬのは菜々子ちゃんなの?」
大樹くんは一瞬黙った。
「どうしてそう思うの?」
「……大樹くんが、あそこまでして菜々子ちゃんのこと好きってアピールしたこと、私の記憶の上ではなかったから。もし菜々子ちゃんを助けたいんだって言うんだったら、わかるんだよ」
菜々子ちゃんのことを助けたいんだったら、わざわざ男嫌いな菜々子ちゃんにちょっかいをかけまくっている理由もわかる。でも一部は説明が付かない。
私は顎に手を当てながら続ける。
「もしも菜々子ちゃんだったら、私だって死んでほしくないもの。協力できる部分はあると思う」
「……ん、亜美はそのまんまでいてよ」
結局は、私と大樹くんは互いに次に会う約束をしてから、別れることになった。
私は図書館へと向かう足で、いまいち納得できない気持ちを持て余していた。
「……大樹くん、誰が死ぬのか結局言わなかったな」
彼の話からして、このまま放置していたら私たちのグループの中で誰かが死ぬということだけはわかった。菜々子ちゃんに妙なちょっかいをかけたのも、誰かが死ぬ運命を変えるためだった。
だとしたら、菜々子ちゃんの東京行きが私の記憶よりも早くなったのも説明がつく。でも。
「わざわざ嫌われてもかまわないってくらい、菜々子ちゃんのことが好きなんだね……」
菜々子ちゃんが死ぬ運命を変えようと、わざと嫌われようとしている。その大樹くんのなんといじらしいことか。
対して私は自分のことばっかりだ。そんなことばかり言う私は、大樹くんにふさわしくない。
目尻からボロッと涙がこぼれる。私はそれを見なかったことにした。
人を好きになるってことは、自分の心の広さを思い知ることだ。私は自分の心の狭さを思い知って、ただただ悲しくなっている。