アスファルトに蝉の鳴き声がこだましている。
夏休みに入った途端に、蝉の大合唱が耳につき、「うるさいなあ」と思いながらも、私は汗の噴き出すままに歩いていた。
夏休み中、誰が私以外にタイムループしているのかを調べるため、大樹くんと海斗くんに話を聞かないといけないのだ。
普通に考えれば、容疑者に菜々子ちゃんも入るのだけれど。でも菜々子ちゃんはむしろ巻き込まれたんじゃないかと一旦は容疑者から外しておいた。だから、ふたりから話を聞くためにも、まずは海斗くんところに行かないといけなかったのだ。
まずは海斗くんから話を聞き出さないといけなかった。
それに。大樹くんが言っていた言葉の意味を聞きたかったんだ。
私の中で、海斗くんは友達はたくさんいても、博愛主義が過ぎて特別な感情を誰に対しても向けない人だった。だからこそ、私は恋の相談相手になってもらっていたし、海斗くんの話も聞くつもりがあった。
でも。大樹くんが言っていた海斗くんに対する感想。これが大樹くんの勘違いならいいけれど、もし勘違いじゃなかったら。
私は海斗くんに対して、ものすごくひどいことをした計算になる。
好きな女子が他の人に恋をしていて、その相談にずっと乗り続けていた。私が何度も諦めようとしていたのを、励まして軌道修正してくれた。
そこにはきっと、裏がなく博愛主義が過ぎるからだと、そう思っていた。
私自身、海斗くんは優良物件なんだから、何度彼に落ちたほうがマシだと思ったからわからないけれど、彼に友達以上の好きになることができなかった。
でももし。海斗くんは恋愛的で私のことを好きで、応援してくれていた場合。私よりもよっぽど融通が利いて、情が強くて、優しいのが証明されてしまう。そんな人を長いこと傷付けていたんだとしたら、最低じゃないか。
「……我ながら、言い訳ばかりだな」
そう自嘲する。
十年後、私と海斗くんは「三十までに他に相手がいなかったら結婚しようか」という緩い約束をして、多分結婚するんだろうという関係を維持していた。
特に互いを縛らない、会えたら普通にお酒も飲むし遊びにも行く。でもそれ以上のことはなにもしない、本当に緩い関係を維持していた。
その緩さが海斗くんの努力と忍耐によるものだったら、いくらなんでも申し訳がないのだ。
「でも……本当に?」
私が言うのもなんだけれど、海斗くんはフォローが得意だけれど、空気だけはあまり読まない。読めないんじゃないくって読まないんだ。
そんな彼が自分の気持ちを押し殺して大樹くんと私をくっつけようとするか? 私が大樹くんと菜々子ちゃんをくっつけようとするのに難色示していたのに。
「うーん……」
どこかの家で水撒きしていたらしく、水撒きされた水が立ち上り、もうもうとした湿気になって肌に貼り付いた。
その湿度から逃げ出すように、私は歩みを速めた。
****
ようやっとついた海斗くんのスーパーは、朝市で盛況だ。
私は「やれやれ」と言いながらカゴを手に取り、買い物をしようとしたところで。
「おお、おはよう。早いな亜美」
声をかけてきた海斗くんは、スーパーの制服にエプロンを巻いて、野菜コーナーの野菜を並べている最中だった。
「おはよう。海斗くんも早いね」
「まあな、新鮮な野菜はちゃんと買ってもらわないと。並べても並べてもこの時間帯はすぐになくなるから面白いよ」
「あはは、そうだね」
十年後の寂れてしまった町でも、スーパーだけは元気なんだから因果なものだ。
私はどう海斗くんに切り出そうと迷いながら、買い物カゴに野菜を適当に並べる。海斗くんは少しへこんだ野菜の列を並べ直し、手前に最初から並べている野菜を、奥に追加の野菜を並べているところだった。今日のセールは茄子。
それを見ながら「……あのう、海斗くん?」と尋ねた。
「うん、なに? 今日のおすすめ?」
「ええっと、そうじゃなくって。結局、大樹くんの言ってた意味ってなんだったのかなと思って……」
「うーん、大樹。あいつ思い詰めると視界が一気に狭まるから、誤解してる気がするんだよな。俺が亜美のこと好きだって」
やっぱり。ここじゃともかく、十年後も緩やかに付き合いがあるんだ。本当になにもなかった中で、いきなり恋の話をされても困ってしまう。
海斗くんは少しだけ困ったように眉根を寄せながら続けた。
「俺は亜美は好きだよ。でも菜々子も好きだし、大樹も好き……そこに優劣を感じたことはないし、優先順位も決めたことがない。大樹が菜々子に執着するのも、亜美が大樹のこと好きなのも、俺にはどうしてもわからないんだよ」
……だよねえ。
彼の博愛主義は、あまりに明るいからわかりにくいだけで、根は深いんだ。執着がないってことは、一番が決められないこと。一番が決められないってことは、誰かに一番を求められても答えられないこと。
それは結構、しんどい生き方なような気がするんだ。
夏休みに入った途端に、蝉の大合唱が耳につき、「うるさいなあ」と思いながらも、私は汗の噴き出すままに歩いていた。
夏休み中、誰が私以外にタイムループしているのかを調べるため、大樹くんと海斗くんに話を聞かないといけないのだ。
普通に考えれば、容疑者に菜々子ちゃんも入るのだけれど。でも菜々子ちゃんはむしろ巻き込まれたんじゃないかと一旦は容疑者から外しておいた。だから、ふたりから話を聞くためにも、まずは海斗くんところに行かないといけなかったのだ。
まずは海斗くんから話を聞き出さないといけなかった。
それに。大樹くんが言っていた言葉の意味を聞きたかったんだ。
私の中で、海斗くんは友達はたくさんいても、博愛主義が過ぎて特別な感情を誰に対しても向けない人だった。だからこそ、私は恋の相談相手になってもらっていたし、海斗くんの話も聞くつもりがあった。
でも。大樹くんが言っていた海斗くんに対する感想。これが大樹くんの勘違いならいいけれど、もし勘違いじゃなかったら。
私は海斗くんに対して、ものすごくひどいことをした計算になる。
好きな女子が他の人に恋をしていて、その相談にずっと乗り続けていた。私が何度も諦めようとしていたのを、励まして軌道修正してくれた。
そこにはきっと、裏がなく博愛主義が過ぎるからだと、そう思っていた。
私自身、海斗くんは優良物件なんだから、何度彼に落ちたほうがマシだと思ったからわからないけれど、彼に友達以上の好きになることができなかった。
でももし。海斗くんは恋愛的で私のことを好きで、応援してくれていた場合。私よりもよっぽど融通が利いて、情が強くて、優しいのが証明されてしまう。そんな人を長いこと傷付けていたんだとしたら、最低じゃないか。
「……我ながら、言い訳ばかりだな」
そう自嘲する。
十年後、私と海斗くんは「三十までに他に相手がいなかったら結婚しようか」という緩い約束をして、多分結婚するんだろうという関係を維持していた。
特に互いを縛らない、会えたら普通にお酒も飲むし遊びにも行く。でもそれ以上のことはなにもしない、本当に緩い関係を維持していた。
その緩さが海斗くんの努力と忍耐によるものだったら、いくらなんでも申し訳がないのだ。
「でも……本当に?」
私が言うのもなんだけれど、海斗くんはフォローが得意だけれど、空気だけはあまり読まない。読めないんじゃないくって読まないんだ。
そんな彼が自分の気持ちを押し殺して大樹くんと私をくっつけようとするか? 私が大樹くんと菜々子ちゃんをくっつけようとするのに難色示していたのに。
「うーん……」
どこかの家で水撒きしていたらしく、水撒きされた水が立ち上り、もうもうとした湿気になって肌に貼り付いた。
その湿度から逃げ出すように、私は歩みを速めた。
****
ようやっとついた海斗くんのスーパーは、朝市で盛況だ。
私は「やれやれ」と言いながらカゴを手に取り、買い物をしようとしたところで。
「おお、おはよう。早いな亜美」
声をかけてきた海斗くんは、スーパーの制服にエプロンを巻いて、野菜コーナーの野菜を並べている最中だった。
「おはよう。海斗くんも早いね」
「まあな、新鮮な野菜はちゃんと買ってもらわないと。並べても並べてもこの時間帯はすぐになくなるから面白いよ」
「あはは、そうだね」
十年後の寂れてしまった町でも、スーパーだけは元気なんだから因果なものだ。
私はどう海斗くんに切り出そうと迷いながら、買い物カゴに野菜を適当に並べる。海斗くんは少しへこんだ野菜の列を並べ直し、手前に最初から並べている野菜を、奥に追加の野菜を並べているところだった。今日のセールは茄子。
それを見ながら「……あのう、海斗くん?」と尋ねた。
「うん、なに? 今日のおすすめ?」
「ええっと、そうじゃなくって。結局、大樹くんの言ってた意味ってなんだったのかなと思って……」
「うーん、大樹。あいつ思い詰めると視界が一気に狭まるから、誤解してる気がするんだよな。俺が亜美のこと好きだって」
やっぱり。ここじゃともかく、十年後も緩やかに付き合いがあるんだ。本当になにもなかった中で、いきなり恋の話をされても困ってしまう。
海斗くんは少しだけ困ったように眉根を寄せながら続けた。
「俺は亜美は好きだよ。でも菜々子も好きだし、大樹も好き……そこに優劣を感じたことはないし、優先順位も決めたことがない。大樹が菜々子に執着するのも、亜美が大樹のこと好きなのも、俺にはどうしてもわからないんだよ」
……だよねえ。
彼の博愛主義は、あまりに明るいからわかりにくいだけで、根は深いんだ。執着がないってことは、一番が決められないこと。一番が決められないってことは、誰かに一番を求められても答えられないこと。
それは結構、しんどい生き方なような気がするんだ。