私が出したオープンサンドを、大樹くんはそれはそれはおいしそうにかぶりついてくれた。私は我ながら美味くできたサンドを食べつつ、ちらちらと大樹くんを見た。
「……なに?」
「いやあ。自分が食べたいものを出したけど、もしかして大樹くん、もっと肉にくしいもののほうがよかったのかなと」
「たとえば?」
「うーんと……焼き肉丼とか」
でも昼から焼き肉なんか食べたくないなあというのが私。一方大樹くんは「ふはっ」と笑った。
「僕、肉も好きだけどスモークサーモンも好き。というか、放っておいたらハンバーガー屋行ってた」
「……今警報明けだし、この辺りないじゃない」
「そうそう。駅前まで行かないと無理だし。そうなったら、人の家でおごってもらってラッキーというか」
うちの周りは十年後干涸らびてしまう程度には、中途半端な土地だ。
元々が大きな街と街に挟まれた場所で、大きな街には仕事なりショッピングモールなりがあるけれど、その間に挟まれているここは、土地代が周辺都市に比べてちょっとだけ安い。そのせいでうちの街は住宅街だけはみちみちと増えたという体たらくだった。
まあ、そのおかげで。本当に買い物に行きたかったら隣町まで頑張って行くしかない。服だって本だって隣町にしか売ってないのだから。
結局はそのせいで学校も隣町につくればいいじゃないと合併してしまって、そのせいで皆が離ればなれになってしまうのだから。
それはさておいて、私はオープンサンドを食べ終え、コーヒーを飲んでから片付けはじめた。このまま大樹くんは帰るんだろうかと思っていたものの、大樹くんは「あ、雨」と口にした。
「ええ……本当だ。大樹くんどうする? このまま行ったらずぶ濡れになるよ?」
「んー。置いてくれるんだったらしばらく雨宿りしてから帰るけど。でもここに僕がずっといていいの?」
「いいのって……」
別にいいよ。
そう言おうと思って気が付いた。
私と大樹くんは、比較的身長が近いけれど、体格が違うということに。
大樹くんは海斗くんみたいに身長が高くないし、筋肉質でもない。本当にさっきまで食べていたオープンサンドどこに消えたんだろうというくらいに薄い体で、手足も女の私と肉付きが違う。
私よりもよっぽど筋張っている上に、手の大きさも違う。
そうか……うちの親は警報が出ていても出勤していったから、仕事が終わるまでは帰ってこない。大樹くんは男女がふたりっきりで一緒にいるのを気にしてくれているんだろう。
でもな……私は窓に視線を送り、ちらりと立ち上がってカーテンの向こう側を覗き込んだ。雨脚は強く、この中で自転車を漕いだら危ないし、もしかすると転ぶかもしれない。この時期、まだ十年後と違ってアスファルトは無事だ。でもマンホールで滑ってしまうかもしれないし、危ない。
それに大樹くんは私の思っているよりもずっと菜々子ちゃんが好きだ……残念ながら、私と一緒にいても、大樹くんは菜々子ちゃんに向けているような熱っぽい目をしてくれないんだ。だからなんの問題もないだろう……私の心境はさておいて。
「別にいいよ。いたいだけうちにいてくれたら」
「ええ、本当に?」
「うん。雨が止まないと帰れないだろうしさ」
「……そう。ならそうする」
「とりあえずテレビでも点けて、雨が止むのを待とう」
私はそう提案し、テレビを点けることで変な空気にならないよう気を付けつつ、家に置いてあるお菓子を持ってきて、ふたりで一緒に食べながらテレビを見ることにした。
昼間のこの時間帯は取り立てて面白い番組もなく、チャンネルをカチャカチャと変えても、大したものはやっていない。
そういえば、この時期は昼間は変なバラエティー番組ばかりやってたから、見る物がなにもなかったなと思い出した。
結局はたまたまゲストが歌手の番組をやっていたので、それをふたりで並んで見ていたときだった。
いきなりカーテンの向こうで白い光がきらめいて、次の瞬間激しい地鳴りが響いた。
「キャッ!?」
「わあ、雷」
私がビクンと震えても、大樹くんは面白そうにカーテンの向こう側を覗き込む。私は必死に大樹くんのシャツの裾を掴んだ。
「や、やめて……カーテン捲らないで」
「なんで? どうせこの辺りは避雷針がしっかりしてるから、落ちる心配ないよ。どうせこの辺りで一番高い場所に落ちるんだから問題ないし」
「そうかもしれないけど……!」
私が本気で怖がっているのも無視して、大樹くんはカーテンの向こう側にどんどん落ちる雷を楽しげに眺めていた。
台風のときも、家の中に既にいる人たちは面白がって物を飛ぶ光景を眺めているとは効いたことあるけれど、私からしてみればこんな怖いものをわざわざ見る神経が信じられなかった。
ドン、ドン、と雷鳴が近付いてくるのがわかる。なんだっけ。音と光が重なったとき、雷がどんどんこっちに近付いてくるんだったっけか。
しばらく雷を面白がっていた大樹くんの表情が、少しだけ引き締まった。
「あー……これこの辺りに落ちるかも。食料とかって大丈夫?」
「えっ?」
「信号とかに落ちたら、しばらくこの辺りの交通網駄目になるし、買い物難民になるかも」
「えっ?」
いきなり頭のいい子が真顔でおそろしいことを言わないでほしい。怖くて仕方がないんだから。私がカタカタ震えているのも無視して、大樹くんがやっとカーテンを閉めてくれた中。
ビリビリビリッと明らかに聞こえちゃいけない音と、地面が小刻みに揺れる震動を覚えた。途端に、点けていたテレビも、空調も、部屋の照明すらもブツンッと音を立てて切れてしまった。
「キャアアアア!!」
私はびっくりしてリビングのテーブルの下に潜り込んでしまう中、大樹くんは冷静にスマホを取り出した。
「あぁあ、雷のせいでブレーカー落ちたんだ。この家ってブレーカーどこ?」
「そ、外……」
「そっか。高いところ?」
「台が必要かも……」
「そっか。ちょうだい?」
私は大樹くんに言われるがままに、台を取り出して着いていった。大樹くんはスマホを懐中電灯替わりにして私が教えた玄関の上層部にあるブレーカーを見つけた。
外はさっきよりは雨脚が緩くなってきたものの、相変わらずドンドンとリズミカルに音を立てて雷が落ち続けるものだから、外に視線を向けるたびに、視線を逸らさないと怖くて仕方がなかった。
「ほら、ブレーカーはあげておいたから。もう平気」
「ご、ごめん……ありがとう」
「それはいいけど。でも亜美。僕が帰ったあとも家にいられる?」
「む、無理……雷……駄目、怖い……」
私はブルブル震えている。大樹くんは私に盾にされている中、そっと溜息をついた。
「亜美は可愛いね」
「……なに?」
「本当にね。亜美を好きになれてたらよかったのにね」
そうポツンと漏らす。
私はそれになんて答えればいいのかわからなかった。
菜々子ちゃんは、人間のほうがよっぽど怖くて嫌いで、台風も雷も怖がる性分じゃない。きっと今頃カーテンを元気に開けて、大樹くんと同じく雷が音を立てて落ちていくのを歓声を上げて眺めているだろう。
きっと、大樹くんはそういう図太い子が好きなんだ。だからこそ、私のことは好きにならない。
何度目かわからない失恋に、私はせめてもと大樹くんのシャツの裾を掴んだ。
「……今は一緒にいてよ」
根性なし、臆病。どうせしばらく一対一なんだから、なんとか言っちゃえよ。
そう思っている自分と、「でも大樹くんが好きなのは菜々子ちゃんだから」「自然に対するスタンスがふたりは似てるから。私には無理」と言い訳ばかりが胸中を占める。
本当に、自分は大馬鹿だ。
「……なに?」
「いやあ。自分が食べたいものを出したけど、もしかして大樹くん、もっと肉にくしいもののほうがよかったのかなと」
「たとえば?」
「うーんと……焼き肉丼とか」
でも昼から焼き肉なんか食べたくないなあというのが私。一方大樹くんは「ふはっ」と笑った。
「僕、肉も好きだけどスモークサーモンも好き。というか、放っておいたらハンバーガー屋行ってた」
「……今警報明けだし、この辺りないじゃない」
「そうそう。駅前まで行かないと無理だし。そうなったら、人の家でおごってもらってラッキーというか」
うちの周りは十年後干涸らびてしまう程度には、中途半端な土地だ。
元々が大きな街と街に挟まれた場所で、大きな街には仕事なりショッピングモールなりがあるけれど、その間に挟まれているここは、土地代が周辺都市に比べてちょっとだけ安い。そのせいでうちの街は住宅街だけはみちみちと増えたという体たらくだった。
まあ、そのおかげで。本当に買い物に行きたかったら隣町まで頑張って行くしかない。服だって本だって隣町にしか売ってないのだから。
結局はそのせいで学校も隣町につくればいいじゃないと合併してしまって、そのせいで皆が離ればなれになってしまうのだから。
それはさておいて、私はオープンサンドを食べ終え、コーヒーを飲んでから片付けはじめた。このまま大樹くんは帰るんだろうかと思っていたものの、大樹くんは「あ、雨」と口にした。
「ええ……本当だ。大樹くんどうする? このまま行ったらずぶ濡れになるよ?」
「んー。置いてくれるんだったらしばらく雨宿りしてから帰るけど。でもここに僕がずっといていいの?」
「いいのって……」
別にいいよ。
そう言おうと思って気が付いた。
私と大樹くんは、比較的身長が近いけれど、体格が違うということに。
大樹くんは海斗くんみたいに身長が高くないし、筋肉質でもない。本当にさっきまで食べていたオープンサンドどこに消えたんだろうというくらいに薄い体で、手足も女の私と肉付きが違う。
私よりもよっぽど筋張っている上に、手の大きさも違う。
そうか……うちの親は警報が出ていても出勤していったから、仕事が終わるまでは帰ってこない。大樹くんは男女がふたりっきりで一緒にいるのを気にしてくれているんだろう。
でもな……私は窓に視線を送り、ちらりと立ち上がってカーテンの向こう側を覗き込んだ。雨脚は強く、この中で自転車を漕いだら危ないし、もしかすると転ぶかもしれない。この時期、まだ十年後と違ってアスファルトは無事だ。でもマンホールで滑ってしまうかもしれないし、危ない。
それに大樹くんは私の思っているよりもずっと菜々子ちゃんが好きだ……残念ながら、私と一緒にいても、大樹くんは菜々子ちゃんに向けているような熱っぽい目をしてくれないんだ。だからなんの問題もないだろう……私の心境はさておいて。
「別にいいよ。いたいだけうちにいてくれたら」
「ええ、本当に?」
「うん。雨が止まないと帰れないだろうしさ」
「……そう。ならそうする」
「とりあえずテレビでも点けて、雨が止むのを待とう」
私はそう提案し、テレビを点けることで変な空気にならないよう気を付けつつ、家に置いてあるお菓子を持ってきて、ふたりで一緒に食べながらテレビを見ることにした。
昼間のこの時間帯は取り立てて面白い番組もなく、チャンネルをカチャカチャと変えても、大したものはやっていない。
そういえば、この時期は昼間は変なバラエティー番組ばかりやってたから、見る物がなにもなかったなと思い出した。
結局はたまたまゲストが歌手の番組をやっていたので、それをふたりで並んで見ていたときだった。
いきなりカーテンの向こうで白い光がきらめいて、次の瞬間激しい地鳴りが響いた。
「キャッ!?」
「わあ、雷」
私がビクンと震えても、大樹くんは面白そうにカーテンの向こう側を覗き込む。私は必死に大樹くんのシャツの裾を掴んだ。
「や、やめて……カーテン捲らないで」
「なんで? どうせこの辺りは避雷針がしっかりしてるから、落ちる心配ないよ。どうせこの辺りで一番高い場所に落ちるんだから問題ないし」
「そうかもしれないけど……!」
私が本気で怖がっているのも無視して、大樹くんはカーテンの向こう側にどんどん落ちる雷を楽しげに眺めていた。
台風のときも、家の中に既にいる人たちは面白がって物を飛ぶ光景を眺めているとは効いたことあるけれど、私からしてみればこんな怖いものをわざわざ見る神経が信じられなかった。
ドン、ドン、と雷鳴が近付いてくるのがわかる。なんだっけ。音と光が重なったとき、雷がどんどんこっちに近付いてくるんだったっけか。
しばらく雷を面白がっていた大樹くんの表情が、少しだけ引き締まった。
「あー……これこの辺りに落ちるかも。食料とかって大丈夫?」
「えっ?」
「信号とかに落ちたら、しばらくこの辺りの交通網駄目になるし、買い物難民になるかも」
「えっ?」
いきなり頭のいい子が真顔でおそろしいことを言わないでほしい。怖くて仕方がないんだから。私がカタカタ震えているのも無視して、大樹くんがやっとカーテンを閉めてくれた中。
ビリビリビリッと明らかに聞こえちゃいけない音と、地面が小刻みに揺れる震動を覚えた。途端に、点けていたテレビも、空調も、部屋の照明すらもブツンッと音を立てて切れてしまった。
「キャアアアア!!」
私はびっくりしてリビングのテーブルの下に潜り込んでしまう中、大樹くんは冷静にスマホを取り出した。
「あぁあ、雷のせいでブレーカー落ちたんだ。この家ってブレーカーどこ?」
「そ、外……」
「そっか。高いところ?」
「台が必要かも……」
「そっか。ちょうだい?」
私は大樹くんに言われるがままに、台を取り出して着いていった。大樹くんはスマホを懐中電灯替わりにして私が教えた玄関の上層部にあるブレーカーを見つけた。
外はさっきよりは雨脚が緩くなってきたものの、相変わらずドンドンとリズミカルに音を立てて雷が落ち続けるものだから、外に視線を向けるたびに、視線を逸らさないと怖くて仕方がなかった。
「ほら、ブレーカーはあげておいたから。もう平気」
「ご、ごめん……ありがとう」
「それはいいけど。でも亜美。僕が帰ったあとも家にいられる?」
「む、無理……雷……駄目、怖い……」
私はブルブル震えている。大樹くんは私に盾にされている中、そっと溜息をついた。
「亜美は可愛いね」
「……なに?」
「本当にね。亜美を好きになれてたらよかったのにね」
そうポツンと漏らす。
私はそれになんて答えればいいのかわからなかった。
菜々子ちゃんは、人間のほうがよっぽど怖くて嫌いで、台風も雷も怖がる性分じゃない。きっと今頃カーテンを元気に開けて、大樹くんと同じく雷が音を立てて落ちていくのを歓声を上げて眺めているだろう。
きっと、大樹くんはそういう図太い子が好きなんだ。だからこそ、私のことは好きにならない。
何度目かわからない失恋に、私はせめてもと大樹くんのシャツの裾を掴んだ。
「……今は一緒にいてよ」
根性なし、臆病。どうせしばらく一対一なんだから、なんとか言っちゃえよ。
そう思っている自分と、「でも大樹くんが好きなのは菜々子ちゃんだから」「自然に対するスタンスがふたりは似てるから。私には無理」と言い訳ばかりが胸中を占める。
本当に、自分は大馬鹿だ。