午後の授業をどうやって受けていたのかは覚えていない。
目がぼんやりとして、お腹が痛くて、頭がぐるんぐるん回って、なにもしてない間に放課後になってしまった。
私は元気がない中、菜々子ちゃんも大樹くんも気付いたら帰ってしまい、ひとりで家に帰るしかなかった。
「亜美、大丈夫かあ?」
そう声をかけてくれたのは海斗くんだった。海斗くんだけは、本当になにも変わらなかった。私は小さく首を振った。
「……どうしたらいいのかわからないんだ。菜々子ちゃんもだけれど、大樹くんも」
「難しいんだよなあ、こればっかりは」
海斗くんはガリガリと頭を引っ掻いた。
「大樹はあんなにこっぴどくフラれても、未だに菜々子に対して諦めが付いてないんだ。でも、菜々子は迫れば迫るほどどんどん塩対応になっていく。あいつは元々男がそこまで好きじゃないのを、友達だから見逃してくれてただけなんだから、いい加減に諦めろって言っても、気持ちだけはどうにもならないんだと」
「……そっか」
「俺はさあ、大樹は亜美とくっついたほうがいいと思うんだけどさ。上手くいかないよな」
海斗くんはそう言う。
本当に。私はポツンと漏らした。
「私が大樹くんのことを諦められて、菜々子ちゃんは大樹くんを好きになれて、大樹くんと菜々子ちゃんが付き合えれば一番いい収まり方なのにね」
「うん? でもそうなったら、亜美はどうなるんだよ」
「もし大樹くんと菜々子ちゃんが付き合いはじめた場合、私たちで付き合う?」
冗談めかして言った。無理だよなあとはわかっている。
海斗くんは男女関係なく、友達ですら特別をつくらない。十年後のことを知っているからこそ、それを断言できる。彼の底なしの博愛精神は、彼に特別な人をもたらさないらしい。
私の言葉に「やめろよー」と困った顔をして終わると思っていたのに、海斗くんは何故か私を呆れた顔で見ていた。
「……ええ?」
「あのなあ、亜美。そういう投げやりなのはマジでやめろ」
「……そんなつもりはないんだけどな」
「だって好きな奴が他にいるのに、好きになってもらえないから諦めて俺に行くって、それ無茶苦茶失礼な奴だぞ?」
「だ、だって……大樹くん、全然私のこと好きじゃないし……」
「でも亜美は、まだフラれてもいないだろ。告白してもいないんだからさあ」
海斗くんの指摘に、私は黙り込んだ。
未だに私は大樹くんに、ちゃんとした告白ができてないのだ。私は自分の腕を抱き締めながら言ってみた。
「……大樹くん、現在進行形でフラれ続けている中、私の話を聞いてくれるかなあ?」
「どうなんだろうなあ」
「それに、菜々子ちゃん。菜々子ちゃんは私が大樹くんに告白したら、怒らないのかな」
「うーん?」
私の言葉に、海斗くんは困ったように私を見てきた。
「なんで菜々子が亜美の告白を怒るんだよ」
「……だって、菜々子ちゃんからしてみたら、男の子嫌いなのに、私が男の子に告白するのは……」
「それは大丈夫なんじゃねえか。菜々子もそこまで心が狭いことはないと思うし」
「……そうなのかな」
「告白するんだったら、一対一になれるようにセッティングするけど。どうする?」
海斗くんは有言実行の人だ。やろうと思ったら私たちをふたりっきりにすることくらい訳ないだろう。
私は困り果てた結果、小さく頷いた。
「よろしくお願いします……」
「了解。頑張れ」
そう言って、海斗くんは私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。まるで大型犬を撫でるときのような、乱暴な手つきだった。おかげで私の髪の乱れ方がすごい。
私は「やめてやめて」と笑いながらも、ふいに考え込んでしまった。
もし私の告白が成功した場合、大樹くんは私とずっと一緒にいてくれるんだろうか。菜々子ちゃんはどうなるんだろうか。
海斗くんは、もう学校が廃校になること知ってるんだろうか。
聞いていいのかな。余計なことをしないほうがいいのかな。
結局私は聞きそびれたまま、海斗くんと別れて家に帰ることにしたのだ。
****
次の日。警報のせいで学校が休みになってしまった。
告白するしないを考えていた中、私は少しだけ猶予が得られたことにほっとし、午前の雨が少し引いた頃を見計らってコンビニに行くことにした。
どうせ学校が休みだから、少しだけ凝った料理がつくりたくなり、コンビニに材料の買い出しに行きたかったんだ。
冷凍シーフードを買い、家に残っていた野菜に算段を付けているところで「なにやってんの?」と声をかけられた。
大樹くんだった。
私はどうせコンビニに行くだけだしと、シャツにハーフパンツというラフが過ぎる格好をしていたのに対して、大樹くんはカッターシャツにデニムと、相変わらずセンスがいい服を着ていた。派手過ぎず地味過ぎない、落ち着いた格好だった。
私は気まずく思いながらも、口を開く。
「……休みだから、どうせならご飯をつくろうと思って。大樹くんは?」
「勉強。もうそろそろ大学進学を視野に入れなきゃいけないから」
「あ……」
それに私は、近々来るであろう廃校の二文字が、思いの外早く私たちの周りに忍び寄っていくことに気付く。
それまでに彼の気持ちを変えないと、彼はそのまま知らないところに進学して、知らないままお別れしてしまう。
私は胸がシクシク痛むのを無視して、口を開いた。
「そうなんだ。コンビニにはなにしに?」
「昼ご飯買いに。親が雨の中でも仕事に行ったから」
「うちとおんなじだー。なら昼ご飯ひとりなのか」
「そうだけど」
「どうせだったら、うちにご飯食べに来る?」
「……いいのか?」
大樹くんは目をパチパチさせながら私を見るのに、私は笑顔で答えた。
「久々にうんと手の込んだ料理をつくろうかと思ってさ。ひとりで食べても味気ないし。ねっ?」
「……じゃあ、なんか材料あるか? 僕のお金も出すけど」
「そう? なら半分出して」
こうして私は大樹くんを家に連れ帰って料理をつくることにした。
手の込んだ料理とは言っても、なんてことはない。デパ地下風サラダを焼いたパンに載せたオープンサンドだ。
冷凍シーフードを塩水で戻し、少しだけ茹でて火を通し、冷ます。その間にジャガイモとにんじんの皮を剥いて電子レンジでチン。きゅうりを塩で板ずりしてから、適度に切って寿司酢に和えておく、スモークサーモンも適当な大きさに切っておく。
私のつくっているものを、大樹くんは不思議そうな顔で見ていた。
「もしかして、亜美は結構料理できるの?」
「手順が多いだけで、簡単な料理しかできないよー」
そう言って私は笑った。
一周目の記憶があるから、今の私は当時の私よりもちょっとだけ料理の経験値があるだけだ。今も昔も特に好き嫌いは多くないし。
私の言葉に、大樹くんは「そうなのか……」と言いながら見ていた。
冷めたじゃがいもとにんじんは前にパスタを食べたときに残していたジェノベーゼソースを混ぜて、さっき置いておいたきゅうりとスモークサーモン、シーフードと混ぜておく。
あとはパンを焼いて、その上に載せていくだけ。簡単。
「そういえば大樹くんは、飲み物なにが飲みたい? 紅茶? コーヒー?」
「なら、コーヒー」
「オッケー」
私がせっせと用意していると、大樹くんは少しだけ目を綻ばせていた。
「……なんかいいな、こういうの」
「なにが?」
「亜美がお母さんみたいだ」
その言葉で、私はズクンと胸が痛んだのを感じた。
……ここは新婚さんみたいだ、じゃないんだ。まるで私が大樹くんのお母さんになったみたいで、なんかこの言い方すっごくヤダなあと思ってしまった。
そう、嫌なんだ。
「私はこんな大きな子はいませんよーだ」
可愛い子ぶってそう嘯いたら、大樹くんはキョトンとした。
「そんなの当たり前だろう?」
こっちからしてみれば当たり前じゃないんだってば。
そう声に出しての抗議はできなかった。
目がぼんやりとして、お腹が痛くて、頭がぐるんぐるん回って、なにもしてない間に放課後になってしまった。
私は元気がない中、菜々子ちゃんも大樹くんも気付いたら帰ってしまい、ひとりで家に帰るしかなかった。
「亜美、大丈夫かあ?」
そう声をかけてくれたのは海斗くんだった。海斗くんだけは、本当になにも変わらなかった。私は小さく首を振った。
「……どうしたらいいのかわからないんだ。菜々子ちゃんもだけれど、大樹くんも」
「難しいんだよなあ、こればっかりは」
海斗くんはガリガリと頭を引っ掻いた。
「大樹はあんなにこっぴどくフラれても、未だに菜々子に対して諦めが付いてないんだ。でも、菜々子は迫れば迫るほどどんどん塩対応になっていく。あいつは元々男がそこまで好きじゃないのを、友達だから見逃してくれてただけなんだから、いい加減に諦めろって言っても、気持ちだけはどうにもならないんだと」
「……そっか」
「俺はさあ、大樹は亜美とくっついたほうがいいと思うんだけどさ。上手くいかないよな」
海斗くんはそう言う。
本当に。私はポツンと漏らした。
「私が大樹くんのことを諦められて、菜々子ちゃんは大樹くんを好きになれて、大樹くんと菜々子ちゃんが付き合えれば一番いい収まり方なのにね」
「うん? でもそうなったら、亜美はどうなるんだよ」
「もし大樹くんと菜々子ちゃんが付き合いはじめた場合、私たちで付き合う?」
冗談めかして言った。無理だよなあとはわかっている。
海斗くんは男女関係なく、友達ですら特別をつくらない。十年後のことを知っているからこそ、それを断言できる。彼の底なしの博愛精神は、彼に特別な人をもたらさないらしい。
私の言葉に「やめろよー」と困った顔をして終わると思っていたのに、海斗くんは何故か私を呆れた顔で見ていた。
「……ええ?」
「あのなあ、亜美。そういう投げやりなのはマジでやめろ」
「……そんなつもりはないんだけどな」
「だって好きな奴が他にいるのに、好きになってもらえないから諦めて俺に行くって、それ無茶苦茶失礼な奴だぞ?」
「だ、だって……大樹くん、全然私のこと好きじゃないし……」
「でも亜美は、まだフラれてもいないだろ。告白してもいないんだからさあ」
海斗くんの指摘に、私は黙り込んだ。
未だに私は大樹くんに、ちゃんとした告白ができてないのだ。私は自分の腕を抱き締めながら言ってみた。
「……大樹くん、現在進行形でフラれ続けている中、私の話を聞いてくれるかなあ?」
「どうなんだろうなあ」
「それに、菜々子ちゃん。菜々子ちゃんは私が大樹くんに告白したら、怒らないのかな」
「うーん?」
私の言葉に、海斗くんは困ったように私を見てきた。
「なんで菜々子が亜美の告白を怒るんだよ」
「……だって、菜々子ちゃんからしてみたら、男の子嫌いなのに、私が男の子に告白するのは……」
「それは大丈夫なんじゃねえか。菜々子もそこまで心が狭いことはないと思うし」
「……そうなのかな」
「告白するんだったら、一対一になれるようにセッティングするけど。どうする?」
海斗くんは有言実行の人だ。やろうと思ったら私たちをふたりっきりにすることくらい訳ないだろう。
私は困り果てた結果、小さく頷いた。
「よろしくお願いします……」
「了解。頑張れ」
そう言って、海斗くんは私の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。まるで大型犬を撫でるときのような、乱暴な手つきだった。おかげで私の髪の乱れ方がすごい。
私は「やめてやめて」と笑いながらも、ふいに考え込んでしまった。
もし私の告白が成功した場合、大樹くんは私とずっと一緒にいてくれるんだろうか。菜々子ちゃんはどうなるんだろうか。
海斗くんは、もう学校が廃校になること知ってるんだろうか。
聞いていいのかな。余計なことをしないほうがいいのかな。
結局私は聞きそびれたまま、海斗くんと別れて家に帰ることにしたのだ。
****
次の日。警報のせいで学校が休みになってしまった。
告白するしないを考えていた中、私は少しだけ猶予が得られたことにほっとし、午前の雨が少し引いた頃を見計らってコンビニに行くことにした。
どうせ学校が休みだから、少しだけ凝った料理がつくりたくなり、コンビニに材料の買い出しに行きたかったんだ。
冷凍シーフードを買い、家に残っていた野菜に算段を付けているところで「なにやってんの?」と声をかけられた。
大樹くんだった。
私はどうせコンビニに行くだけだしと、シャツにハーフパンツというラフが過ぎる格好をしていたのに対して、大樹くんはカッターシャツにデニムと、相変わらずセンスがいい服を着ていた。派手過ぎず地味過ぎない、落ち着いた格好だった。
私は気まずく思いながらも、口を開く。
「……休みだから、どうせならご飯をつくろうと思って。大樹くんは?」
「勉強。もうそろそろ大学進学を視野に入れなきゃいけないから」
「あ……」
それに私は、近々来るであろう廃校の二文字が、思いの外早く私たちの周りに忍び寄っていくことに気付く。
それまでに彼の気持ちを変えないと、彼はそのまま知らないところに進学して、知らないままお別れしてしまう。
私は胸がシクシク痛むのを無視して、口を開いた。
「そうなんだ。コンビニにはなにしに?」
「昼ご飯買いに。親が雨の中でも仕事に行ったから」
「うちとおんなじだー。なら昼ご飯ひとりなのか」
「そうだけど」
「どうせだったら、うちにご飯食べに来る?」
「……いいのか?」
大樹くんは目をパチパチさせながら私を見るのに、私は笑顔で答えた。
「久々にうんと手の込んだ料理をつくろうかと思ってさ。ひとりで食べても味気ないし。ねっ?」
「……じゃあ、なんか材料あるか? 僕のお金も出すけど」
「そう? なら半分出して」
こうして私は大樹くんを家に連れ帰って料理をつくることにした。
手の込んだ料理とは言っても、なんてことはない。デパ地下風サラダを焼いたパンに載せたオープンサンドだ。
冷凍シーフードを塩水で戻し、少しだけ茹でて火を通し、冷ます。その間にジャガイモとにんじんの皮を剥いて電子レンジでチン。きゅうりを塩で板ずりしてから、適度に切って寿司酢に和えておく、スモークサーモンも適当な大きさに切っておく。
私のつくっているものを、大樹くんは不思議そうな顔で見ていた。
「もしかして、亜美は結構料理できるの?」
「手順が多いだけで、簡単な料理しかできないよー」
そう言って私は笑った。
一周目の記憶があるから、今の私は当時の私よりもちょっとだけ料理の経験値があるだけだ。今も昔も特に好き嫌いは多くないし。
私の言葉に、大樹くんは「そうなのか……」と言いながら見ていた。
冷めたじゃがいもとにんじんは前にパスタを食べたときに残していたジェノベーゼソースを混ぜて、さっき置いておいたきゅうりとスモークサーモン、シーフードと混ぜておく。
あとはパンを焼いて、その上に載せていくだけ。簡単。
「そういえば大樹くんは、飲み物なにが飲みたい? 紅茶? コーヒー?」
「なら、コーヒー」
「オッケー」
私がせっせと用意していると、大樹くんは少しだけ目を綻ばせていた。
「……なんかいいな、こういうの」
「なにが?」
「亜美がお母さんみたいだ」
その言葉で、私はズクンと胸が痛んだのを感じた。
……ここは新婚さんみたいだ、じゃないんだ。まるで私が大樹くんのお母さんになったみたいで、なんかこの言い方すっごくヤダなあと思ってしまった。
そう、嫌なんだ。
「私はこんな大きな子はいませんよーだ」
可愛い子ぶってそう嘯いたら、大樹くんはキョトンとした。
「そんなの当たり前だろう?」
こっちからしてみれば当たり前じゃないんだってば。
そう声に出しての抗議はできなかった。