私はあわあわとして、大樹くんと菜々子ちゃんを見比べた。
 どちらかのフォローをしないと駄目だ。ここでは一番傷付いているのは菜々子ちゃんだし、菜々子ちゃんのフォローをすべきだ。
 そうわかっているのに。私は大樹くんを見捨てることができなかった。
 頭の中をグルングルンとリフレインするのは、大樹くんのお葬式の現場だ。あの頃、私はなにもできなかった。遠くに行ってしまった大樹くんと連絡する理由も余裕もなくなってしまっていたからだ。
 その後悔をずっとし続けているせいで、今やり直せる機会があるはずなのに。でも。菜々子ちゃんをどうしたらいいの。
 グルングルンとひとりで固まってしまっている中。

「テイッ」

 大樹くんにチョップが振るわれた。それは海斗くんのものだった。大樹くんは思わず頭を抑え、海斗くんを睨むと、海斗くんはいつもの調子で「こらこらこらこら」とのたまった。

「大樹。今のはよくない。すっごくよくない」
「……なにが」
「お前は一度頭を冷やしたほうがいい。話は聞いてやるから。亜美」
「あっ、はい」
「菜々子のほうよろしく」

 海斗くんは大樹くんを引き摺って話をしに行ってしまった。
 白熱したら、ふたりはホームルームまでに戻ってこないかもしれない。その一方、菜々子ちゃんはとうとう机に突っ伏してシクシクと声を上げて泣き出してしまった。
 周りは困ったようにちらちらと菜々子ちゃんのほうを向きつつも、私たちが修羅場っていることだけは理解できたらしく、そのまま見て見ぬふりをすることにしたようだ。
 正直、そのほうがありがたい。私は急いで菜々子ちゃんのほうに寄っていった。

「菜々子ちゃん……その。大丈夫?」
「もうヤダぁ……もう嫌い。ここ出て行きたい」

 そうシクシク泣きながら、菜々子ちゃんは私に抱き着いてきた。暑いだろうに、彼女はもう暑さも羞恥もかなぐり捨てて、ワンワンと泣き出す。それに私はおずおずと背中を撫でる。

「……菜々子ちゃん」
「私をなんだと思ってるの。私が言うこと聞かないと暴言吐いたり恫喝されたり! 私がそれがもう嫌で叫んだり泣き出ししたらヒステリー扱いされて! 嫌だ止めてって言っている時点でなんでやめてくれないの……やめてくれたらこれ以上私だってなにも言わないのに……もうヤダこんな町。出て行きたい」
「……菜々子ちゃん。嫌だよ、そんなこと言っちゃ」

 お願い。やめて。やめて。
 私は必死に訴える。菜々子ちゃんは近い内声優になるために上京するのは知っている。でも、それは今じゃない。私は必死に言葉を重ねた。

「菜々子ちゃんはきっと将来大成するよ。絶対になりたいものになれるよ。でもさ、ここで自棄になってなにもかもかなぐり捨てるのは間違ってる」

 菜々子ちゃんが声優になることを私は知っている。彼女の求める方向ではないかもしれないけれど、一定数の支持を受ける声優になることだって知っている。だからこそ。ここで自棄を起こして自分の夢まで捨てて欲しくなかった。
 私は必死に懇願する。
 菜々子ちゃんは自分の夢をご家族や私くらいにしか言っていない。大樹くんや海斗くんすら、どこまで知っているのかは知らない。彼女はアニメや声優の話を、私くらいにしかしてないから。

「好きじゃないなら、それでいいよ。菜々子ちゃんの自由にすればいいと思うよ。でも自棄になっちゃ駄目だよ。嫌いなら無視してもいいよ。嫌なら嫌って言い続ければいいよ。私は、菜々子ちゃんのこと尊重するから。お願いだから……今は皆で一緒にいようよう……」

 途端に私は不安に駆られた。
 ……もう少ししたら、学校が廃校になってしまう。勝手に吸収合併されて、皆バラバラになってしまう。バラバラになりたくなくっても、それは変えられない話だ。だからこそ、私は必死だった。
 あれだけシクシク泣いていた菜々子ちゃんの泣き声もだんだんと大人しくなり、やがて「本当に?」と振り返った。私は頷く。

「うん」
「……大樹くん、また私になにか言ってくるかなあ」
「私を盾にしてもいいよ」
「そっかあ。それなら、いっかあ」

 菜々子ちゃんは少しだけほっとしたような顔をしていた。それに私もほっとしていた。
 でも私は、このときとんでもない間違いを犯していたことを、まだ気付かない。
 一生懸命頑張っても、全員の意思が統一できる訳じゃない。私たちはひとりひとり少しずついろんなものの感じ方が違っていて、少しずつ捉え方が違っていて、悲しみ方だって違うから、そんなことは当たり前だったんだ。
 わかり合えた。それはいつだって一瞬。次の瞬間にはまたすれ違う。
 私はずっと、言い続けなければいけなかったのに、それを怠ったから、後悔することになるんだ。