それからも、私たちは遊園地で遊びはしゃいだ。
チュロスを食べて、あっちこっちで写真を撮り歩いたり、ホラーハウスに入ってひっくり返ったり。パレードは私たちのほぼ貸し切りだったのに、ダンサーの人たちは本当に嬉しそうに踊ってくれたので、私たちも夢中になって手を振っていた。
そして最後にはレンタル衣装を返却してからお土産屋に回る。遊園地の名物クッキーを買うか、名物炭酸煎餅を買うかで悩んで、結局はクッキーを買うことにした。
「よう、なんとかなったか?」
「海斗くん」
海斗くんはお土産で辛そうなポテトチップスをたくさん買っていた。見てると真っ赤過ぎて、食べて大丈夫なのかと心配になるくらい。
「なんとかなかったのかな……」
「うんうん、心配になる気持ちもわかるよ。大樹も菜々子も面倒臭い性格してるしなあ」
「そんなこと言わないでよ」
「亜美はそういうのすぐ我慢するからなあ」
そうカラカラと笑う。
本当に海斗くんはいい人だけれど、ときどきデリカシーってものが足りないと気付く。
「ふたりは?」
「今、菜々子のお土産を大樹が見てる」
「大樹くんは買わないんだ?」
「とっくの昔に買ってるけど、菜々子がお土産で布を買おうとしてるから、どれがいいかって」
「布?」
「ここ、モデルにしている国の特産品を一緒に売ってるからさあ」
そう言いながら指を差した先には、比較的大きめの布を、一生懸命睨みながら、店員さんに頼んで少しだけ広げて見せてもらっている菜々子ちゃんの姿があった。そしてその布を熱心に大樹くんと眺めている。
「……あれはなにをやってるの?」
「オーディションで着ていく服を自前で縫うんだとさ」
「オーディションって声優のだよね!? なんでまた……」
「俺もよくわかんねえけど、菜々子なりに目立つための手段なんだろうなあ」
菜々子ちゃんは、既にボイストレーニングもしているし、体幹だってかなり鍛えている。家庭科でスカートを一枚縫う授業はしたことあるけれど、たった一回だけで型紙に合わせて布を切って、それに合わせて縫うなんて芸当できるようにはならない。
私の知らないところで、菜々子ちゃんは相当努力してたんだろうなあ。
「本当に……本当に、すごいね、菜々子ちゃんは」
「はあ? 当然じゃねえの?」
それに海斗くんはあっさりと言う。
「俺からしてみりゃ、お前ら全員すごい奴だから、勝手に卑下したり勝手に相手を持ち上げたりはやめろよと思うけどなあ」
「えっ? 一番すごい人が一番駄目なのに言うの?」
「俺からしてみれば、亜美の辛抱強さなんて、数字に残らない能力だけどもっと見直したほうがいいと思うけど?」
「……海斗くん、私のことそう思ってたの?」
そんなの今はじめて聞いた私は、少なからず驚いて海斗くんを見た。海斗くんは頷いた。
「俺からしてみれば、大樹が好きなのに大樹が好きな菜々子とくっつけようとするのも意味わからんし、ふたりの問題を投げ出さないでイチから聞いてなんとかしようとするのも、面倒見がよくって、辛抱強くなかったらできないことだと思うけどなあ」
海斗くんの言葉に、私はなんと言って返事をすればいいのか、言葉を詰まらせた。
私なんて、私なんてと思っていた。
大樹くんに好きになってもらえないのは、自分に取り得がないからだと言い訳を重ねていたし、菜々子ちゃんのハイスペックさを見ながら、自分をどんどんと矮小化させていた。
海斗くんに言われるまで、自分のいいところなんて考えつきもしなかった。
「そうなのかな。そうだったらいいなあ……」
「あんまりうじうじ考えるなよ」
そうペシペシと頭をはたかれる。
それに私は頷いた。
私たちはやっとのことで、大樹くんと菜々子ちゃんのところに向かおうとしたとき。
「奈々子」
大樹くんの声が聞こえた。その声は震えていた。そして声を出した張本人も震えている。
これって。
「おーい、お土産買ったらそろそろ帰ろうと思うけど」
「待って。十分。十分でいいから」
海斗くんの言葉に対して、大樹くんがそう返す。
これって……。なにをするのかすぐわかったけれど、当の菜々子ちゃんだけは「なに? 私も行くの?」とわかってない顔をしていた。
大樹くんは菜々子ちゃんの手を引いて、足早にお土産屋さんから離れて行った。
それに私の胸は痛くなる。
……これでよかった。これでよかったはずなんだ。
「大樹くん、上手くいくといいね」
私の言葉に、海斗くんは「うーん……」と頭を引っ掻いた。
「大樹の奈々子に対する気持ちはわかるけどさあ。あいつは菜々子の問題わかってるのかね? 好きってさあ、別になんの免罪符でも万能調味料でもないじゃん」
海斗くんはふたりを心配そうな顔で見送っていた。
****
よくて夢見がち、悪くてぼんくらが過ぎる私と。
よくも悪くも人に対して公平過ぎる海斗くんと。
どちらのほうが見る目があったかと言ったら、明らかに海斗くんのほうだった。
「サイッテー……!!」
お土産屋を出た辺り、ちょうど空が高くなって金色に傾きかけてきた日差しを受けている異国情緒溢れる遊園地のつくられた街並みが輝く頃。
菜々子ちゃんの叫び声と、大きな平手の音が響いた。
さすがに待っていた私と海斗くんも慌てて飛び出したら。怒りで顔を真っ赤にした奈々子ちゃんと、頬を手で抑えている大樹くんがいた。
「もう話しかけてこないで。私、大樹は絶対に大丈夫だって思ってたのに。信じてたのに……大っ嫌い……!!」
普段マイペースな菜々子ちゃんが、ありえないくらいにヒステリックに叫んでいる。
日頃の菜々子ちゃんは人前でこんな態度はまず取らない。いくらここの遊園地に人気がないからと言っても、店員さんだって、遊園地スタッフだっている。そんな場所でこんなに声を張り上げるなんてありえないのだ。
「な、菜々子ちゃん、菜々子ちゃん。落ち着いて……!」
「……亜美ぃ!!」
さっきまで肩まで怒らせていた菜々子ちゃんは、私が慌てて飛び出してきたのを見た途端に抱き着いて、わあわあと泣き出した。
そこまでを見ていた海斗くんは、そっと溜息をついた。
「とりあえず亜美。ここで現地解散。俺は帰りがてら大樹から事情聴取するから。亜美は菜々子のケアとフォローよろしく」
「う、うん……」
「ほら、立てるか大樹」
この間、大樹くんはずっと頬を手で抑えたまま、腰を抜かして座り込んでいたものの、海斗くんに促されてやっと立ち上がると、小さく頷いた。
「亜美、菜々子。また学校で」
「う、うん……」
私は抱き着いてわあわあ泣いている菜々子ちゃんを宥めようと、一旦ベンチにまで移動することにした。
多分電車をずらせば顔を合わせて気まずい思いをせずに帰れるだろう。
私は菜々子ちゃんに「ちょっと待っててね」とひと言言ってから、自販機で飲み物を買ってくる。
普段だったら菜々子ちゃんはオレンジジュースや炭酸水を飲むけれど、こんなに泣いているんだったら水分補給にいいもののほうがいいだろうと、麦茶にしておいた。
「ほら、菜々子ちゃん。麦茶」
「……うん、ありがとう」
普段から綺麗にナチュラルメイクをしている菜々子ちゃんのアイメイクは見事に崩れ、赤い斑点みたいになってしまっている。
でも今は化粧直しをする余裕もないらしい菜々子ちゃんは、手鏡もスマホのカメラも使って顔の確認をすることなく、黙ってペットボトルを握りしめていた。
「……私、亜美には前に言ったと思うけど」
「うん」
「男の子は嫌い。勝手に好かれて、思い通りにならないと恫喝してくるから」
「……うん、言ってたね」
「なのに……なのに……」
亜美ちゃんはまたプルプルと震えはじめたのに、私は慌てた。
「い、言いたくないんだったら、言わなくっていいよ! 落ち着いたら帰ろう! ねっ!?」
「キスされたの……友達だと思ってたのに。なんで友達のはずの大樹まで、私の嫌いな男の子と同じことしてくるの?」
その言葉に、私の頭は真っ白になってしまった。
チュロスを食べて、あっちこっちで写真を撮り歩いたり、ホラーハウスに入ってひっくり返ったり。パレードは私たちのほぼ貸し切りだったのに、ダンサーの人たちは本当に嬉しそうに踊ってくれたので、私たちも夢中になって手を振っていた。
そして最後にはレンタル衣装を返却してからお土産屋に回る。遊園地の名物クッキーを買うか、名物炭酸煎餅を買うかで悩んで、結局はクッキーを買うことにした。
「よう、なんとかなったか?」
「海斗くん」
海斗くんはお土産で辛そうなポテトチップスをたくさん買っていた。見てると真っ赤過ぎて、食べて大丈夫なのかと心配になるくらい。
「なんとかなかったのかな……」
「うんうん、心配になる気持ちもわかるよ。大樹も菜々子も面倒臭い性格してるしなあ」
「そんなこと言わないでよ」
「亜美はそういうのすぐ我慢するからなあ」
そうカラカラと笑う。
本当に海斗くんはいい人だけれど、ときどきデリカシーってものが足りないと気付く。
「ふたりは?」
「今、菜々子のお土産を大樹が見てる」
「大樹くんは買わないんだ?」
「とっくの昔に買ってるけど、菜々子がお土産で布を買おうとしてるから、どれがいいかって」
「布?」
「ここ、モデルにしている国の特産品を一緒に売ってるからさあ」
そう言いながら指を差した先には、比較的大きめの布を、一生懸命睨みながら、店員さんに頼んで少しだけ広げて見せてもらっている菜々子ちゃんの姿があった。そしてその布を熱心に大樹くんと眺めている。
「……あれはなにをやってるの?」
「オーディションで着ていく服を自前で縫うんだとさ」
「オーディションって声優のだよね!? なんでまた……」
「俺もよくわかんねえけど、菜々子なりに目立つための手段なんだろうなあ」
菜々子ちゃんは、既にボイストレーニングもしているし、体幹だってかなり鍛えている。家庭科でスカートを一枚縫う授業はしたことあるけれど、たった一回だけで型紙に合わせて布を切って、それに合わせて縫うなんて芸当できるようにはならない。
私の知らないところで、菜々子ちゃんは相当努力してたんだろうなあ。
「本当に……本当に、すごいね、菜々子ちゃんは」
「はあ? 当然じゃねえの?」
それに海斗くんはあっさりと言う。
「俺からしてみりゃ、お前ら全員すごい奴だから、勝手に卑下したり勝手に相手を持ち上げたりはやめろよと思うけどなあ」
「えっ? 一番すごい人が一番駄目なのに言うの?」
「俺からしてみれば、亜美の辛抱強さなんて、数字に残らない能力だけどもっと見直したほうがいいと思うけど?」
「……海斗くん、私のことそう思ってたの?」
そんなの今はじめて聞いた私は、少なからず驚いて海斗くんを見た。海斗くんは頷いた。
「俺からしてみれば、大樹が好きなのに大樹が好きな菜々子とくっつけようとするのも意味わからんし、ふたりの問題を投げ出さないでイチから聞いてなんとかしようとするのも、面倒見がよくって、辛抱強くなかったらできないことだと思うけどなあ」
海斗くんの言葉に、私はなんと言って返事をすればいいのか、言葉を詰まらせた。
私なんて、私なんてと思っていた。
大樹くんに好きになってもらえないのは、自分に取り得がないからだと言い訳を重ねていたし、菜々子ちゃんのハイスペックさを見ながら、自分をどんどんと矮小化させていた。
海斗くんに言われるまで、自分のいいところなんて考えつきもしなかった。
「そうなのかな。そうだったらいいなあ……」
「あんまりうじうじ考えるなよ」
そうペシペシと頭をはたかれる。
それに私は頷いた。
私たちはやっとのことで、大樹くんと菜々子ちゃんのところに向かおうとしたとき。
「奈々子」
大樹くんの声が聞こえた。その声は震えていた。そして声を出した張本人も震えている。
これって。
「おーい、お土産買ったらそろそろ帰ろうと思うけど」
「待って。十分。十分でいいから」
海斗くんの言葉に対して、大樹くんがそう返す。
これって……。なにをするのかすぐわかったけれど、当の菜々子ちゃんだけは「なに? 私も行くの?」とわかってない顔をしていた。
大樹くんは菜々子ちゃんの手を引いて、足早にお土産屋さんから離れて行った。
それに私の胸は痛くなる。
……これでよかった。これでよかったはずなんだ。
「大樹くん、上手くいくといいね」
私の言葉に、海斗くんは「うーん……」と頭を引っ掻いた。
「大樹の奈々子に対する気持ちはわかるけどさあ。あいつは菜々子の問題わかってるのかね? 好きってさあ、別になんの免罪符でも万能調味料でもないじゃん」
海斗くんはふたりを心配そうな顔で見送っていた。
****
よくて夢見がち、悪くてぼんくらが過ぎる私と。
よくも悪くも人に対して公平過ぎる海斗くんと。
どちらのほうが見る目があったかと言ったら、明らかに海斗くんのほうだった。
「サイッテー……!!」
お土産屋を出た辺り、ちょうど空が高くなって金色に傾きかけてきた日差しを受けている異国情緒溢れる遊園地のつくられた街並みが輝く頃。
菜々子ちゃんの叫び声と、大きな平手の音が響いた。
さすがに待っていた私と海斗くんも慌てて飛び出したら。怒りで顔を真っ赤にした奈々子ちゃんと、頬を手で抑えている大樹くんがいた。
「もう話しかけてこないで。私、大樹は絶対に大丈夫だって思ってたのに。信じてたのに……大っ嫌い……!!」
普段マイペースな菜々子ちゃんが、ありえないくらいにヒステリックに叫んでいる。
日頃の菜々子ちゃんは人前でこんな態度はまず取らない。いくらここの遊園地に人気がないからと言っても、店員さんだって、遊園地スタッフだっている。そんな場所でこんなに声を張り上げるなんてありえないのだ。
「な、菜々子ちゃん、菜々子ちゃん。落ち着いて……!」
「……亜美ぃ!!」
さっきまで肩まで怒らせていた菜々子ちゃんは、私が慌てて飛び出してきたのを見た途端に抱き着いて、わあわあと泣き出した。
そこまでを見ていた海斗くんは、そっと溜息をついた。
「とりあえず亜美。ここで現地解散。俺は帰りがてら大樹から事情聴取するから。亜美は菜々子のケアとフォローよろしく」
「う、うん……」
「ほら、立てるか大樹」
この間、大樹くんはずっと頬を手で抑えたまま、腰を抜かして座り込んでいたものの、海斗くんに促されてやっと立ち上がると、小さく頷いた。
「亜美、菜々子。また学校で」
「う、うん……」
私は抱き着いてわあわあ泣いている菜々子ちゃんを宥めようと、一旦ベンチにまで移動することにした。
多分電車をずらせば顔を合わせて気まずい思いをせずに帰れるだろう。
私は菜々子ちゃんに「ちょっと待っててね」とひと言言ってから、自販機で飲み物を買ってくる。
普段だったら菜々子ちゃんはオレンジジュースや炭酸水を飲むけれど、こんなに泣いているんだったら水分補給にいいもののほうがいいだろうと、麦茶にしておいた。
「ほら、菜々子ちゃん。麦茶」
「……うん、ありがとう」
普段から綺麗にナチュラルメイクをしている菜々子ちゃんのアイメイクは見事に崩れ、赤い斑点みたいになってしまっている。
でも今は化粧直しをする余裕もないらしい菜々子ちゃんは、手鏡もスマホのカメラも使って顔の確認をすることなく、黙ってペットボトルを握りしめていた。
「……私、亜美には前に言ったと思うけど」
「うん」
「男の子は嫌い。勝手に好かれて、思い通りにならないと恫喝してくるから」
「……うん、言ってたね」
「なのに……なのに……」
亜美ちゃんはまたプルプルと震えはじめたのに、私は慌てた。
「い、言いたくないんだったら、言わなくっていいよ! 落ち着いたら帰ろう! ねっ!?」
「キスされたの……友達だと思ってたのに。なんで友達のはずの大樹まで、私の嫌いな男の子と同じことしてくるの?」
その言葉に、私の頭は真っ白になってしまった。