私の落ち込んだ声に、海斗くんはガリガリと頭を引っ掻いた。
「あのさあ、亜美。勘違いだったら悪いけどさ」
「なに?」
「亜美も好きなんじゃねえの、大樹のこと」
海斗くんにそう突きつけられて、私は言葉を失う。
日頃から雑な言動をする海斗くんだけれど、その実ものすっごく人をよく見ている。
ただ、雑過ぎて「好きなら告白しろ」以外のアドバイスができないだけで。
……好きだったよ。ううん、今でも好きだよ。でも、私だと駄目だってことくらい、わかっている。
「……好きだけどさあ、駄目だよ。そんなの」
「そんなのってなにが」
「大樹くんはとっくの昔に好きな人見つけてるのに、横恋慕したって無意味じゃない」
「いや、無意味かどうかを決めるのって、お前なのか? 大樹のほうじゃないのか?」
海斗くんは心底困ったような顔をするけれど、私はぶんぶんと首を振る。
私が大樹くんを好きで、告白して、一緒にいれたらそれはどれだけ幸せだろうと思うけれど、その幸せは私だけだ。
大樹くんの幸せは、ちっとも含まれていない。
「大樹くんは好きな人がいるんだから、その人と幸せになったほうがいいよ。私は……我慢するから。ちゃんと我慢するから」
「口で言ってる時点で、全然我慢できてねえだろ」
海斗くんはガリガリと頭を引っ掻いて、視線を向けた。
ジェットコースターはまだ止まったままだ。つまりは、まだ私たちを待って大樹くんも菜々子ちゃんも乗ってないってことだ。
「……菜々子はそもそも、男あんまり好きじゃねえだろ。俺や大樹とつるんでるのだって、友達扱いされてるからだし」
「海斗くん知ってたんだ?」
「そりゃな。あいつ、大樹とも俺とも、一対一には絶対にならないからな。亜美とは一対一で話せるけど、男とは絶対に一対一にならない環境でしかしゃべらない。今だってほら、係員さんがそこにいるし」
ほとんど貸し切り状態の遊園地だから、係員さんは常に待機してくれていたし、係員さんに頼んで菜々子ちゃんは大樹くんとのツーショットを取ってもらっているようだった。
海斗くんはその光景を見ながら続ける。
「亜美が大樹を応援したいって気持ちもわからんでもないけれど、菜々子は菜々子であれじゃ可哀想だ。俺は大樹には亜美のほうが合うと思うけど」
「……それを決めるのは、私じゃなくて大樹くんだよ」
「ほんっとうに、大樹も亜美も頑固者だよなあ」
呆れ返ったように、海斗くんは私の手を引いた。私がこけそうによろよろしていると、そのたびに海斗くんが手を引いて戻してくれたので、なんとか歩いていくことができた。
私は既に、海斗くんがこれだけ人に優しくても、下心が本気でないんだと知っている。もし彼が博愛主義者じゃないって知らないままだったら、大樹くんのことは菜々子ちゃんに任せて、私は次の恋に行こうと割り切れただろうけれど、海斗くんは本気で人に対して仲間意識や親愛意識は持っていても、恋愛意識を持たない性分だった。
だからこそ、ふたり揃って「三十になっても相手がいなかったら結婚しよう」なんて約束をすることになる訳で。
おっかなびっくり歩いていたら、どうにか辿り着けた。
私が辿り着けたのに、菜々子ちゃんはほっとしたように手を振る。
「亜美やっと来られたね! すみません! あと二枚写真を撮ったら、ジェットコースター乗ります!」
係員さんとすっかり仲良しになっていた菜々子ちゃんは、ひとまずコスプレした私とふたりで写真を撮ってもらい、最後に四人揃って写真を撮ってもらった。
彼女は嬉しそうにデジカメを見ている。
「それじゃあジェットコースター乗ろう乗ろう」
「うん」
「菜々子も亜美も、服のオプション大丈夫? ジェットコースターに引っ掛けない?」
「平気平気。ねえ、亜美?」
「うん」
「お前ら四の五の言わず、さっさと乗れー」
菜々子ちゃんは私が来た途端に安心したように私の腕を掴んで私と乗ってしまい、後ろの席に大樹くんと海斗くんが並んで乗ることになった。
これじゃダブルデートにも、グループ交際にもならないよ。そう思ったものの、菜々子ちゃんは心底ほっとした顔をしていた。
「本当に……人がいなくってよかった。ありがとうね、亜美」
「……どういうこと?」
「レンタル衣装とか店員さんは全員女の人だったし! 係員さんは男の人だったけれど、大樹と一緒だったらなんにも言われなかったし! 誰も声をかけてこない環境って嬉しい、楽しいって! もーう、言わせんなよな恥ずかしい!」
「わあっ!」
背中をバシンバシンと叩かれ、私は困り果てていたら、ジェットコースターがガタンッと揺れた。
高いところから、真っ逆さまに落ちていく。
「キャアアアアアアアアア!!」
この広い遊園地にいるのは私たちだけ。
悲鳴や歓声は私たちだけのもの。
私たちの人間関係はややこしくって、ままならなくって、どうしようもないんだから。
せめて誰かと誰かが付き合いはじめなくっても、ずっと一緒にいられたらそれだけでよかったのに。
私の中にずっとつっかえてしまっている大樹くんの結末。
あそこさえ替えてしまったら、あとはどうなってもいいのに。ままならない。
****
「お待たせしました、こちら、スウェーデン風ミートボールにハッセルバック、こちら、ヤンソンの誘惑、こちら、スモーブロー、こちら、シニエケイットになります」
「ありがとうございます」
遊園地内にあるレストランは北欧料理全般を出す料理で、ミートボール以外見た目も中身も想像できないものばかりだった。
しかもスウェーデン風のミートボールは何故かジャムが添えてある。
皆でそれぞれ食べはじめた。
「ヤンソンの誘惑って名前でなんだそりゃって思ったけど。これじゃがいものグラタンだわ」
そう言いながらヤンソンの誘惑あらためじゃがいものグラタンを頬張る海斗くんに、大樹くんは「うんうん」と頷いた。
「北欧のネーミングそのままだからわからなかっただけで、普通においしい。スモーブローはサーモンのオーブンサンドみたい。ひと切れ食べる?」
大樹くんは皆にひと切れずつ配って、残りを食べはじめた。
対する私は、ミートボールを困って食べていた。味がぼやけてるけど、これってジャムやマッシュポテトと混ぜて食べないといけないのかな。
ハッセルバックはかろうじて未来ではそこそこ有名になっていたじゃがいもフライだったからわかったけれど。それにしても北欧料理じゃがいも多いな。
「ジャムと一緒に食べたら? 亜美ちゃんさっきから変な顔」
「ううん、あんまりジャムと一緒にお肉食べる習慣ないから……」
「そう? スペアリブってオレンジママレードと一緒に味付けしない?」
「それは、スペアリブは他にも調味料いっぱい入ってるし……ミートボールに添えてるの、多分ベリージャムだと思うけど、合うのか自信なくって」
「ふーん。じゃあミートボール一個食べていい?」
「いいけど」
私がミートボールを一個差し出すと、菜々子ちゃんは躊躇いなく、「えいっ」とミートボールにジャムを付け、ついでにマッシュポテトもすくって食べはじめた。
食べながら、「んー……」と困った顔をする。
「ど、どう? おいしい?」
「なんかねえ。すっごくベリーって感じがするよ」
菜々子ちゃんは誤魔化してしまった。
私は怖くなって、結局はマッシュポテトとミートボール、ハッセルバックは残さず食べられたけれど、ジャムを付ける勇気は最後までなかった。
ちなみに菜々子ちゃんの注文したシニエケイットは、北欧風のきのこのスープのことらしかった。
「あのさあ、亜美。勘違いだったら悪いけどさ」
「なに?」
「亜美も好きなんじゃねえの、大樹のこと」
海斗くんにそう突きつけられて、私は言葉を失う。
日頃から雑な言動をする海斗くんだけれど、その実ものすっごく人をよく見ている。
ただ、雑過ぎて「好きなら告白しろ」以外のアドバイスができないだけで。
……好きだったよ。ううん、今でも好きだよ。でも、私だと駄目だってことくらい、わかっている。
「……好きだけどさあ、駄目だよ。そんなの」
「そんなのってなにが」
「大樹くんはとっくの昔に好きな人見つけてるのに、横恋慕したって無意味じゃない」
「いや、無意味かどうかを決めるのって、お前なのか? 大樹のほうじゃないのか?」
海斗くんは心底困ったような顔をするけれど、私はぶんぶんと首を振る。
私が大樹くんを好きで、告白して、一緒にいれたらそれはどれだけ幸せだろうと思うけれど、その幸せは私だけだ。
大樹くんの幸せは、ちっとも含まれていない。
「大樹くんは好きな人がいるんだから、その人と幸せになったほうがいいよ。私は……我慢するから。ちゃんと我慢するから」
「口で言ってる時点で、全然我慢できてねえだろ」
海斗くんはガリガリと頭を引っ掻いて、視線を向けた。
ジェットコースターはまだ止まったままだ。つまりは、まだ私たちを待って大樹くんも菜々子ちゃんも乗ってないってことだ。
「……菜々子はそもそも、男あんまり好きじゃねえだろ。俺や大樹とつるんでるのだって、友達扱いされてるからだし」
「海斗くん知ってたんだ?」
「そりゃな。あいつ、大樹とも俺とも、一対一には絶対にならないからな。亜美とは一対一で話せるけど、男とは絶対に一対一にならない環境でしかしゃべらない。今だってほら、係員さんがそこにいるし」
ほとんど貸し切り状態の遊園地だから、係員さんは常に待機してくれていたし、係員さんに頼んで菜々子ちゃんは大樹くんとのツーショットを取ってもらっているようだった。
海斗くんはその光景を見ながら続ける。
「亜美が大樹を応援したいって気持ちもわからんでもないけれど、菜々子は菜々子であれじゃ可哀想だ。俺は大樹には亜美のほうが合うと思うけど」
「……それを決めるのは、私じゃなくて大樹くんだよ」
「ほんっとうに、大樹も亜美も頑固者だよなあ」
呆れ返ったように、海斗くんは私の手を引いた。私がこけそうによろよろしていると、そのたびに海斗くんが手を引いて戻してくれたので、なんとか歩いていくことができた。
私は既に、海斗くんがこれだけ人に優しくても、下心が本気でないんだと知っている。もし彼が博愛主義者じゃないって知らないままだったら、大樹くんのことは菜々子ちゃんに任せて、私は次の恋に行こうと割り切れただろうけれど、海斗くんは本気で人に対して仲間意識や親愛意識は持っていても、恋愛意識を持たない性分だった。
だからこそ、ふたり揃って「三十になっても相手がいなかったら結婚しよう」なんて約束をすることになる訳で。
おっかなびっくり歩いていたら、どうにか辿り着けた。
私が辿り着けたのに、菜々子ちゃんはほっとしたように手を振る。
「亜美やっと来られたね! すみません! あと二枚写真を撮ったら、ジェットコースター乗ります!」
係員さんとすっかり仲良しになっていた菜々子ちゃんは、ひとまずコスプレした私とふたりで写真を撮ってもらい、最後に四人揃って写真を撮ってもらった。
彼女は嬉しそうにデジカメを見ている。
「それじゃあジェットコースター乗ろう乗ろう」
「うん」
「菜々子も亜美も、服のオプション大丈夫? ジェットコースターに引っ掛けない?」
「平気平気。ねえ、亜美?」
「うん」
「お前ら四の五の言わず、さっさと乗れー」
菜々子ちゃんは私が来た途端に安心したように私の腕を掴んで私と乗ってしまい、後ろの席に大樹くんと海斗くんが並んで乗ることになった。
これじゃダブルデートにも、グループ交際にもならないよ。そう思ったものの、菜々子ちゃんは心底ほっとした顔をしていた。
「本当に……人がいなくってよかった。ありがとうね、亜美」
「……どういうこと?」
「レンタル衣装とか店員さんは全員女の人だったし! 係員さんは男の人だったけれど、大樹と一緒だったらなんにも言われなかったし! 誰も声をかけてこない環境って嬉しい、楽しいって! もーう、言わせんなよな恥ずかしい!」
「わあっ!」
背中をバシンバシンと叩かれ、私は困り果てていたら、ジェットコースターがガタンッと揺れた。
高いところから、真っ逆さまに落ちていく。
「キャアアアアアアアアア!!」
この広い遊園地にいるのは私たちだけ。
悲鳴や歓声は私たちだけのもの。
私たちの人間関係はややこしくって、ままならなくって、どうしようもないんだから。
せめて誰かと誰かが付き合いはじめなくっても、ずっと一緒にいられたらそれだけでよかったのに。
私の中にずっとつっかえてしまっている大樹くんの結末。
あそこさえ替えてしまったら、あとはどうなってもいいのに。ままならない。
****
「お待たせしました、こちら、スウェーデン風ミートボールにハッセルバック、こちら、ヤンソンの誘惑、こちら、スモーブロー、こちら、シニエケイットになります」
「ありがとうございます」
遊園地内にあるレストランは北欧料理全般を出す料理で、ミートボール以外見た目も中身も想像できないものばかりだった。
しかもスウェーデン風のミートボールは何故かジャムが添えてある。
皆でそれぞれ食べはじめた。
「ヤンソンの誘惑って名前でなんだそりゃって思ったけど。これじゃがいものグラタンだわ」
そう言いながらヤンソンの誘惑あらためじゃがいものグラタンを頬張る海斗くんに、大樹くんは「うんうん」と頷いた。
「北欧のネーミングそのままだからわからなかっただけで、普通においしい。スモーブローはサーモンのオーブンサンドみたい。ひと切れ食べる?」
大樹くんは皆にひと切れずつ配って、残りを食べはじめた。
対する私は、ミートボールを困って食べていた。味がぼやけてるけど、これってジャムやマッシュポテトと混ぜて食べないといけないのかな。
ハッセルバックはかろうじて未来ではそこそこ有名になっていたじゃがいもフライだったからわかったけれど。それにしても北欧料理じゃがいも多いな。
「ジャムと一緒に食べたら? 亜美ちゃんさっきから変な顔」
「ううん、あんまりジャムと一緒にお肉食べる習慣ないから……」
「そう? スペアリブってオレンジママレードと一緒に味付けしない?」
「それは、スペアリブは他にも調味料いっぱい入ってるし……ミートボールに添えてるの、多分ベリージャムだと思うけど、合うのか自信なくって」
「ふーん。じゃあミートボール一個食べていい?」
「いいけど」
私がミートボールを一個差し出すと、菜々子ちゃんは躊躇いなく、「えいっ」とミートボールにジャムを付け、ついでにマッシュポテトもすくって食べはじめた。
食べながら、「んー……」と困った顔をする。
「ど、どう? おいしい?」
「なんかねえ。すっごくベリーって感じがするよ」
菜々子ちゃんは誤魔化してしまった。
私は怖くなって、結局はマッシュポテトとミートボール、ハッセルバックは残さず食べられたけれど、ジャムを付ける勇気は最後までなかった。
ちなみに菜々子ちゃんの注文したシニエケイットは、北欧風のきのこのスープのことらしかった。