──翌朝。
宿で朝食を済ませた四人は、電車に乗り『深水山』へ向かった。
『深水山』は標高三〇〇メートル程の小高い山だ。
小学生が修学旅行に登るくらいなので、初心者にも登りやすい山と言える。
最寄り駅で降りると、登山口に大きな鳥居があった。頂上にある『深水神社』の参道が麓から始まっているらしく、分社と思しきお社や、御守りの販売所などもあった。
「懐かしいなぁ。前来た時と全然変わっていない。ね、雷華」
辺りを見回しながら、未空が感慨深げに言う。
しかし雷華は、緊張した面持ちできょろきょろと辺りを見回していた。
無理もない。自分を呪った神さまの元を再び訪れたのだ。好きだった人や友だちとのトラウマもある。純粋に懐かしめるはずがなかった。
未空も、そのことは重々承知の上だ。と言うより、未空も相当に緊張していた。
翠も同じ。『儀式』が無事に成功するようにと、そのことで頭がいっぱいなのだ。
そしてそれは、海斗も同じだった。
だから、
「登り始める前に、しっかり準備をしよう。持ち物の最終チェック。登山ルートの再確認。それから、お供え物に食べ物を置くことが可能なのか、神社の人に聞いておきたい」
海斗はやるべきことを淡々と羅列し、皆の気持ちを落ち着かせようとする。
その意図を汲み取った未空は、スマホを取り出し、
「わかった。じゃあ私は、登山ルートの再確認をするよ」
そう言って、確認を始める。
翠も、一つ頷いて、
「わたしは、登山グッズと、『儀式』に使うものに不足がないか再確認して……転ばないよう、靴紐を結び直しておく」
と、皆のリュックを開け、準備に移る。
残る雷華は、少しおろおろしてから、
「じゃ、じゃああたしは……神社の人にお供え物をしていいか聞いてくる」
そう言って、御守りの販売所の方へと駆けて行った。
そうして、雷華が遠ざかったことを確認してから……海斗たち三人は、目配せをする。
そして額を寄せ、『儀式』に向けた最後の打ち合わせを始めた。
「山頂へは、途中で休憩を挟んでも二時間あれば到着する予定だよ。着いたらまず、神社の本殿でお参りをする。その後、裏手にある石像へ向かう。そこで必要なものを取り出したら、いよいよ『儀式』開始」
「お饅頭を供えるのがだめって言われたら、その時だけ置いて、終わったら持って帰ればいい。とにかく、石像に水をかけて、お供え物をして、祈る。この流れを、雷華ちゃんにきちんとやってもらうこと」
「鮫島が祈り終わったら、俺が話しかけて、否定で返されないか確認する」
「うん。できれば疑問形で投げかけてもらえるといいかも。その方が、否定か肯定か、雷華の返答がわかりやすいはずだから」
「わかった。そうする」
「うぅ、ドキドキする……雷華ちゃんの呪い、ちゃんと解いてあげられるかなぁ?」
「大丈夫。雷華は『儀式』を信じ切っている。思い込む力は相当強くなっているはずだよ」
「あぁ。饅頭を作るのも、水を手に入れるのも、それなりに苦労したからな。その大変さが、『儀式』の信憑性を増幅させているはずだ」
「うん……そうだね。きっと上手くいく。ここまで来たんだもん。雷華ちゃんの呪いを解いて、みんなで藍山市に帰ろう」
三人が頷き合ったその時、雷華がこちらへ戻って来た。
が、その表情が先ほどよりも強張っていたので、海斗たちは心配になる。
「……雷華? お供え物、駄目だって?」
未空が尋ねると、雷華はハッとなって首を振り、
「う、ううん。別に置いてもいいけど、トンビやカラスが多いから襲われないように気をつけて、って言われた」
ぎこちない笑顔を浮かべ、そう答える。
鳥に襲われることを恐れているのか、単に緊張が増しているのか、或いは他に心配事があるのか……
固い表情の理由は定かではないが、彼女がそれを語らない以上、追及はできなかった。
「よし、お供え物も無事に置けそうだな。それじゃあ、出発しよう」
『儀式』の成功を祈りながら、海斗たちは『深水神社』を目指し、登山を開始した。