──翌日。
 ゴールデンウィーク最終日。

 特に予定のない海斗は、午後にでも市の中央図書館へ行こうと考え、目覚まし時計をオフにし、寝ていたのだが……


 ──ピンポーン。ピンポンピンポン、ピンポーン。


 無遠慮に鳴り響くインターホンにより、叩き起こされた。

「……なんだか、猛烈に既視感を覚えるな」

 などと呟きながら、身体を無理矢理起こし、玄関を開けると、

「おはよ。迎えに来たわよ」

 案の定、寝ぼけ眼には眩しい程の美少女オーラを放ちながら、鮫島雷華がそこに立っていた。
 迎えに来た、ということは、「お前も『親方』のお別れ会に参加しろ」ということだろう。

「……俺は呼ばれていないんじゃなかったか?」とか、「あまり一人暮らしの男の家にほいほい来るもんじゃない」、といった言葉が喉まで出かかるが、否定の勢いで帰ってしまう可能性もあるため、やめることにした。
 代わりに、

「……すぐ準備する。上がって待つか?」

 そう尋ねるが、雷華はふいっと顔を逸らし、

「上がんない。ここで待ってるから、早く顔洗って着替えてきなさい」

 やはり否定で返した。
 こんな早朝に、家の前で女の子を立たせておくのも忍びない。もっと言葉を選べばよかったと、海斗は後悔する。
 そこで、

(……早朝……そうだ)

 ふとあることを思い立ち、海斗は雷華に近付く。
 そして正面に立つと……彼女の肩に、両手をそっと置いた。

「なっ……なによ、いきなり」

 突然のことに動揺する雷華。
 しかし海斗は答えず、彼女の瞳をじっと見つめる。

「……ちょ、なんとか言いなさいよ」
「…………」
「う……もしかして、家に上がれって言いたいの?」

 頬を染め、雷華が問うが、やはり海斗は答えない。
 瞳の奥を真剣に見つめられ、このままどうなってしまうのかと、雷華が唇をきゅっと閉じた……その時。

 雷華の身体は、海斗の手により、その場でくるくると三回、回転させられた。

「なっ……え? え?」

 混乱しながらも、なすがままに回る雷華。
 そして再び、海斗に両肩を押さえられ、停止させられたかと思うと……


「──ラブラブ☆サンパワァアアアアッ!」


 目の前で、海斗が意味不明な呪文を絶叫した。
 脳の処理が追い付かず、目を点にする雷華。
 しかし海斗は、やり切ったと言わんばかりの清々しい顔で、

「……早朝、朝日を浴びながら異性と七秒間見つめ合い、三回まわって、呪文を唱える。恋愛運が急上昇するおまじないだ」
「はぁあ?! 誰も頼んでないわよ! ってかいきなりやるな!」
「鮫島、すぐに支度するから、家に上がって待っていてくれ」
「イヤに決まってるでしょ?! あんたみたいな変態おまじない男の家なんか!」
「む、否定か……やはり回った本人が呪文を叫ばないと効果がないんだな。鮫島、今度は自分で『ラブラブ☆サンパワー』と……」
「叫ばないわよ!!」

 海斗の手を振り払い、ふんっと背を向ける雷華。
 恋愛運を爆上げするというこのおまじないなら『否定の呪い』を打ち消せるのではと思ったが……失敗に終わったようだ。

 仕方ない。ならば、『呪い』を利用した言い方に変えるまでだ。

「……近ごろ、この辺りによく野良猫が来るから、もしかするとくしゃみが止まらなくなるかもしれないが……大丈夫だよな? 外で待てるよな?」

 雷華の背に向け、海斗が言う。
 すると、雷華はゆっくりと振り返り、

「…………大丈夫じゃない。早く家に入れなさいよ、この変態」

 眉を寄せながら、恥ずかしそうに否定した。




 支度を済ませ、二人は歩いて『つるや商店街』へ向かった。
 アーケードの入口では、既に翠が待っていた。来るはずのない海斗の姿を見るなり、翠はハッと口を押さえ、

「同伴出勤……イヤラシイ」

 などと口走るので、海斗は「妙なことを言うな」と即座に嗜めた。

 そのまま三人はメインストリートを進み、『ハンマーヘッド』を目指す。
 多くの店が開店準備をする中、雷華の母親であるパン屋の店主・鮫島風子は、店の前に出て待っていた。

「おはよう。みんな来てくれてありがとうね。……あら? 未空ちゃんはいないの?」

 風子の疑問に、雷華は淡々とした声で、

「旅館の手伝いが忙しいから、今日は来れないってさ」

 そう答えながら……マスクにサングラスというアレルギー対策万全の装いで、猫を見送る準備を整えた。