──週末ということもあり、『つるや商店街』にはそれなりの人通りがあった。
日用品を買う近隣住民。
食べ歩きを楽しむ学生。
観光客らしき人の姿も見受けられる。
雷華と未空は「勝手知ったる」といった様子で海斗の後ろをついて行くが、翠だけはきょろきょろと周囲を見回していた。
「八千草は、来るの初めてなのか?」
歩くペースに気を配りつつ、海斗が尋ねる。
翠は無言で、こくんと頷いた。
「そうか。気になる店があったら遠慮なく言ってくれ。初めて訪れた人の視点も知りたいから」
翠は小さく「うん」と答え、再び眼鏡の奥の瞳をきょろきょろと動かし始めた。
程なくして、最初の目的地である店に辿り着いた。
店先に並ぶ艶やかなナス、トマト、ピーマン。「特売」の文字が掲げられたキャベツやネギ。
海斗御用達の八百屋、『くまだ青果店』だ。
「あら、いらっしゃい。今日は随分とお早いお買い物だね」
海斗の顔を見るなり、エプロン姿の中年女性が声をかけてくる。海斗は軽く頭を下げ、
「こんにちは、おかみさん。実は今日は買い物ではなく、取材に伺いました」
と、今回訪問した理由について説明した。
おかみは嬉しそうに頷き、校内の発表で紹介することを快諾してくれた。
早速、事前に決めていた質問内容に沿ってインタビューをしていく。
店を構えて何年になるのか。
一日の客の数や、よく売れる商品について。
どうして質の良いものを安く提供できるのか、などだ。
「うちには同じ商店街で店出してる人がよく仕入れに来るんだよ。あそこのクレープ屋のいちごもバナナも、斜向かいの定食屋のキャベツやほうれん草も、パン屋のフルーツサンドのキウイも、みんなうちの店で買って行ったものさ。良いものを安く売って、他の店の食材になって、それがまた安くて美味しければ、お客さんがたくさん来てくれるだろう? 結果、商店街全体が活気付くし、うちにもお客さんが増える。商品の値段を上げることは簡単だけど、それじゃあお客さんの喜ぶ顔や、商店街全体の賑わいは手に入らないのさ」
おかみの言葉に、海斗たちは感銘を受ける。
きっと他の店も同じような気持ちで商いをしているから、この商店街にはまた来たくなる温かさがあるのだろう。
「ありがとうございます。大変参考になりました。翠ちゃんは、何か聞きたいことはある?」
ずっと黙ったままの翠に、未空が投げかける。
翠は「えっと」と暫く目を泳がせてから、
「こ……このお店は、何色ですか?」
そう、控えめに言った。
おかみが「えっ?」と聞き返すと、翠はさらに声を小さくして、
「イメージカラーです……おかみさんが思う、この店の雰囲気に合う色が知りたいな、なんて…………いや、きもいですよねごめんなさい。もう黙ります……」
ただでさえ狭い肩幅をさらに縮こませ、俯く。
しかし、おかみは「あはは!」と笑い、
「イメージカラーね。考えたこともなかったけど……強いて言うなら、緑かな。フレッシュで優しくて、瑞々しい色。うちにピッタリだろ? 八百屋だし」
そう、楽しげに答えた。
それを聞くなり、雷華と未空は嬉しそうに顔を見合わせる。
「翠、良い質問ね!」
「うんうん。さすが、イラストレーターならではの視点だよ」
「そうだな。他の店でも、同じように聞いてみようか」
海斗も、そう続ける。
三人の反応に、翠はぽかんと目を見開いてから……
「……あ、ありがとう」
と、恥ずかしそうに呟いた。
こうして、一軒目の取材は無事に終わった……
と、思われたのだが。
「さて……海斗くん。今日もいつものやつ、やっていく?」
おかみが、拳をにぎにぎと動かしながら不敵な笑みを浮かべる。
未空が「いつもの?」と首を傾げるので、海斗は説明する。
「じゃんけんして勝ったら、冷凍パイナップルか冷凍チョコバナナをおまけでもらえるんだ。ここで買い物する時にはいつもやっている。って、今日は何も買っていないのにいいんですか?」
「もちろん。うちの店を学校で紹介してくれるんなら、これくらい安いもんさ。普通にあげてもいいけど……それじゃあつまらないだろう?」
言いながら、おかみは拳を高く掲げる。
まるで歴戦の武闘家のようなオーラが、その小太りな身体からゆらりと放たれる。
「そうですね……では、今日も正々堂々、やらせてもらいます」
対する海斗も拳を引き姿勢を低くする。
こちらも熟練の拳闘士のようなオーラを放ち始める。
ただのじゃんけんに、この気合いの入れ様。
未空は苦笑いするが、隣で雷華がうずうずしているのに気が付き、
「……雷華もやりたいの?」
「うんっ。冷凍パイン欲しい!」
目を輝かせ、何度も頷く雷華。
おかみはニヤリと笑い、腕をぐるぐる回す。
「いいねぇ。なら、全員相手してあげるよ。まずは海斗くんから……いくよ!」
その掛け声の直後、二人は更なるオーラを放ち……
「「──最初はグー!!」」
戦いの火蓋が、今、切られた。