「──イヤ」
可憐な声で放たれる、否定の言葉。
それにより、教室の中はシンと静まり返った。
ひくひくと顔を引き攣らせる男子たち。
怪訝な表情で様子を伺う女子たち。
おろおろと狼狽える担任教師。
それら視線がすべて、今しがた「イヤ」と言い放った一人の女子生徒に注がれている。
彼女の名は、鮫島雷華。
長い睫毛に縁取られた大きな瞳と、柔らかな栗色の長髪が印象的な美少女だ。
西日が差す七限、ロングホームルームの時間。
県立藍山北高校一年B組では、とある活動行事のグループ決めがおこなわれていた。
生徒同士の話し合いが始まるや否や、複数の男子が一斉に雷華の元へ殺到し、「同じグループにならないか」と誘いかけた。
しかし、それらに対する雷華の返答は、
「ダメ」
「却下」
「お断りします」
取り付く島もない全否定。
そして、冒頭の「イヤ」が放たれ、男子たちはついに言葉を失ったのだった。
入学からまだ二週間足らずだが、雷華はクラス一……否、学年一の美少女として既に有名だった。
しかし注目を集める一方で、彼女は独りでいることが多かった。
友人を作るつもりがないのか、自分から誰かに話しかけることはまずしない。
不要な愛想は振り撒かない、孤高の美少女。
そんな雷華に、この活動行事を機に近付こうと考えた男子たちだったが、完膚なきまでに拒絶されたのだった。
意気消沈する男子たちの周りで、女子たちがひそひそと耳打ちし合う。
美少女に群がる哀れな男子への批判が大半だが、中には雷華の態度を「高慢だ」と囁く声もあった。
明らかに悪くなった教室内の空気。
だが、それを一瞬で変えるような、清涼感のある声が響く。
「あはは。ごめんね、このコちょっと人見知りで……悪気はないから気にしないでね」
雷華の隣に佇む女子生徒──弓弦未空だ。
ショートボブに切り揃えた艶やかな黒髪に切れ長の瞳。モデルのようにスラリとした長身。
雷華とは異なる雰囲気の、クール系美少女である。
以前からの友人なのか、雷華は未空とだけは行動を共にしていた。
涼しげな声で微笑みかける未空に、落ち込んでいたはずの男子たちは思わず見惚れ、
「弓弦さん! ぜひ俺と同じグループに……!」
「いや、俺と……!」
などと口々に誘い始める。
その変わり身の早さに、苦笑いしてもいい場面であるが、
「お誘いは嬉しいけど、私は雷華と一緒がいいから。ごめんね」
未空は嫌味のない微笑を浮かべ、やんわり断った。
未空にも振られ、再び男子たちの間に残念な空気が漂う。
そこで、担任の平岡女史から「じ、時間がないのでそろそろグループを決めてください……!」という弱々しい号令が発せられた。
生徒たちは雷華への注目を解き、グループ決めに動き始めた。
そうして十分ほどが経ち、四人一組のグループ決めが終わると、雷華と未空だけがあぶれる形になった。
男子たちは声をかけることを諦め、女子たちも雷華の態度に取っ付きにくさを感じたためか、誰からも声をかけられなかったのだ。
「じゃ、じゃあ、お休みしてる八千草さんは鮫島さんたちのグループに入ってもらおうかな」
平岡女史が言う。
「八千草さん」とは、入学以来一度も登校していない女子生徒・八千草翠のことだ。
「あと、残る一人は……」
そう言いかけたところで──教室の引き戸が、ガラリと開いた。
そこそこ背の高い細身の身体。
良く言えば真面目そうな、悪く言えば感情表現に乏しい、真顔が張り付いたような顔。
そんな男子生徒が、突如として現れた。
「遅れてすみません。出席番号二十三番、温森海斗、只今登校しました」
七時間目も終わろうというこの時間に登校してきた彼に、みな否が応でも注目する。
「あら、温森くん。お話は聞いているわ。いろいろ大変だったわね」
海斗に目を向け、労わるように言う平岡女史。
何か事情があって遅刻してきたようだが、それについて言及することなく、彼女はぽんと手を合わせ、
「じゃあ、これで決まりね。温森くんが最後の一人に入ればちょうど四人だわ。はい、グループ決めは終わりです。あーよかったよかった」
と、自動的に雷華たちのグループに加わることになり、
「…………え?」
事情を知らない海斗が困惑気味に呟いた直後、終業を告げるチャイムが鳴り響いた。