**無職2週目(9月8日〜9月14日)**

無職になって1週間。
「あれ?もしかして休職っていう選択肢もあった?」と気づいたのは、かなり後になってからだった。だけど、当時心太朗の頭にあったのはただ一つ。「グラッツィエ」から1秒でも早く逃げ出したい!という気持ちだった。

そんな心と体の疲れも、徐々に回復してきた。しかし、無職という現実が、じわじわと心太朗の肩に乗っかってくる。「甲斐性なし!」って自分にツッコむのは、心太朗の得意技だ。もはやこれ、趣味じゃないかってくらいの頻度でやってる。

先週は何もせず、ただぼーっと過ごしていた。何かしようと思っても、何も浮かばない。「転職活動?いやいや、今はちょっと…心の準備が…」って、自分に甘々な心太朗がつぶやく。そもそも、「また働くのか…」っていう恐怖が根底にある。会社のドアを思い出すだけでビクビクしてしまう。

そんなわけで、心太朗は仕事を辞めて「ジャーナリング」なるものを始めた。なんだその洒落た響きは、と思ったが、要はノートに思いのたけをぶちまけるだけの話。これで深層心理が見えるらしいが、心太朗の深層心理なんて、迷子どころか、道を見失って遭難中だ。結局、「何すりゃいいんだ、オレ?」とひたすら書き続ける毎日。

とはいえ、続けているうちに、理想の生活がぼんやりと見えてきた。どうやら心太朗が一番大切にしたいのは「家族との時間」らしい。
いや、今さらかい!

以前の心太朗の働き方は、13時間労働に加えて、休日も電話が鳴りっぱなし。さらに休日出勤。もはや、週末も祝日も年末年始も、完全にブラック企業のポスターに使えそうなレベルの働きっぷりだ。その結果どうなったか?妻の澄麗との時間はゼロ!いや、ゼロどころか、マイナスじゃないかと思うほど。そして両親や姉の家族、澄麗の家族との時間も皆無。まるで家族の記憶が幻のように薄れていく。「オレ、どんだけ仕事してたんだよ…」と、自分でも恐ろしくなるくらいの労働量だ。

しかし、過労で疲れ果てた心太朗を支えてくれたのは、そんな家族だけだった。ありがとう、澄麗。そして家族のみんな。今思えば、オレの数年間の思い出って、ブラック企業との壮絶なバトル記録しかないんじゃないか?ってくらいの思いだった。
「このままじゃ、死ぬときに後悔するぞ!」って当時の心太朗も分かってはいたけど、その時は選べなかった答えだった。そう、後悔以外に何もない。そして、子どもがもうすぐ生まれるという新たなプレッシャーが!「ますます家族との時間を作らなきゃいけない」と、今さらながら気づく鈍さだ。

第二の人生では絶対に家族との時間を大事にするんだ!そう心に誓った心太朗。しかし、家族との時間を作るためには、「時間」と「健康」が必要だというのは、もはや自明の理だ。いや、ほんとそれ。大事すぎるだろ、時間と健康。

心太朗は毎日眠い。とにかく眠い。これまでの仕事漬けの日々は、睡眠を削り、家族との時間も削りに削っていた。どんだけ削るねん!これが幸せなわけないやん、と今さら気づいた彼。

だからまず、健康のために「睡眠時間を確保すること」が最優先だと決めた。「寝たい時に寝れる環境が欲しい」そう思い始めたのも無理はない。心太朗は神経質な性格で、通常よりも多く寝ないとダメな体質だ。だからこそ、これからはしっかり寝て、家族との時間を楽しもうと固く決意している。



そして、「時間」についても考えた。仮に1日9時間寝て、さらに8時間働き、通勤時間も合わせたら、残るのはわずか4〜5時間。「少なっ!」と、思わず声に出してしまう。家族との時間がそれだけしかないと気づいたとき、心太朗は愕然とした。「無理!こんなん無理!」と内心パニックだ。周りの人に話せば「いや、みんなそうだから」とツッコまれそうだが、心太朗にとってはこれが人生の一大事だった。睡眠時間は削れない。だからと言って、家族との時間を削るなんてもってのほか!
心太朗は、しばらく頭を抱えた結果、ついに閃いた。「仕事の時間を削ればいいんじゃないか?」もしくは、「家で好きな時にできる仕事をすればいい!」と。そこで、「フリーランス」という響きがふと頭に浮かんだ。だが、冷静に考えてみると、心太朗には特にスキルも経験もなかった。「あれ?どうすんだ、オレ…」と再び思考停止。でも、とりあえず自分の人生観だけはしっかりさせようと決めた。

**家族との時間が最優先**
**寝たい時に寝られる**
**好きな時間と場所で働く**
**月収30万以上**

これで方向性は見えた!ただ、肝心の「何の仕事をするか」は完全に謎のままだった。

そんなある夜のことだ。心太朗はふと妻の澄麗が妙に眠れずにいるのに気づいた。「どうした?」と聞くと、「お腹が張って寝られないのよ」と言う。澄麗はソファに座っていて、かなり辛そうだ。心太朗が「お腹?大丈夫か?」と軽い気持ちでさすってみたところ、お腹がまるで岩のようにガッチガチに固い。「これ、岩?いや、オレの手がヤバイのか?それともマジでヤバイのか?」と、頭の中で混乱しつつ、心太朗は一瞬本気で救急車を呼ぶことを考えた。だが、澄麗は至って冷静に「これ、よくあることだから大丈夫」と言う。「いやいやいや、よくあること?これ、ガチガチやぞ?」と心太朗は内心びびり倒すも、どうやら本当に「よくあること」らしい。

その時、心太朗はさらに驚愕する事実を知った。澄麗はこれまでずっと、彼にこんな状態を見せたことがなかったのだ。理由はシンプル。「仕事で疲れ果ててる心太朗を気遣ってた」からだという。
「オレ、どんだけ情けないんだ…」と、心太朗は打ちひしがれた。しかも「今まで全然気づかなかったとか、オレどんだけ鈍感なんだ…」と二重に打ちひしがれる。その日、心太朗はひたすら澄麗のお腹をさすり続けた。

1時間ほど経つと、ようやく澄麗のお腹の張りも落ち着き、彼女は「大丈夫」と言って眠りについた。ホッとする心太朗。しかしその後、心太朗はふと「俺、これで本当に役に立ったのか…?」と考えてしまう。

今まで澄麗の力になれなかった分、必ず取り返してやると彼は強く誓うが、その決意はどこか妙に空回りしているような気がしてならなかった。