**無職5日目(9月5日)**
グランピング2日目、心太朗は朝6時に目を覚ました。かつては「朝起きれない男」の称号を持つ彼が、ここに来てまさかの早起き!自然のパワーは恐るべし、いや、もはや神の領域だ!特別早く寝たわけでもないのに、心が癒されてる?心太朗は思わず「これが『自然の力』か!」と感動の涙を流すところだった。
澄麗はまだ夢の中。妊娠中にも関わらず、心太朗を癒すためにグランピングに連れてきてくれたことに感謝の気持ちが止まらない。「彼女こそ宇宙一の妻だ!」と心の中で叫びたいが、今は彼女を起こさないように、そっとテントを出る。もちろん、寝顔に「お前が宇宙一の妻だ!」なんて言ったら、彼女が目を覚ましたときに赤面必至だ。
ぼんやりとコーヒーを片手に朝日を眺めつつ、心太朗は澄麗との出会いを思い出す。甘~い思い出タイムが始まった。「澄麗との出会いは、心太朗がバンド活動をしていたとき、客として来ていた彼女に話しかけた……」と語りたいところだが、実はそれは表向きのストーリー。実際は、今流行りのマッチングアプリでの出会いだった。
心太朗は長い間、彼女がいなかった。音楽を辞めて就職した途端、出会いゼロ。入社したばかりの「グラッツィエ」で修行中の心太朗は、長時間働く中でも人間関係は良好だった。当時は本店勤務でなく、休みもしっかりあった。だが、心の中では「早く結婚したいな~」と独り言をつぶやく。「お前は結婚を望む35歳独身男だ!」心の奥で恐怖の声が響く。
ある程度仕事に慣れてきたころ、心太朗は35歳独身男としての危機感に襲われた。「友達は次々と結婚して、俺は婚活市場の化石になりそうだ!」と絶望感に包まれ、紹介してくれる友達も減少。そこでついに、マッチングアプリの利用を決意した。
ここで心太朗が言いたいのは、今や生き方に多様性がある時代だということ。結婚が全てではないが、出会いがないならマッチングアプリは一つの手段。心太朗のように見た目も収入も平均以下でも、作戦次第で宇宙一の妻がゲットできるかもしれない。年齢など関係ない。心太朗ができたのだから。
さて、心太朗の「最短で彼女を作る大作戦」を発表する!簡単にまとめると以下の通り:
作戦① プロフィール写真は顔がわかるもの
作戦② プロフィールは相手が自分と交際したイメージが沸くようにする
作戦③ 顔がタイプならいいねする
作戦④ メッセージは10通以内で誘う
作戦⑤ 週に4人と会う
作戦⑥ 目を見つめる
作戦⑦ 脈アリなら手を繋ぐ
順を追って振り返る。
**作戦①**
まず心太朗が手を付けたのはプロフィール作りだった。「最も大切なのはプロフィール写真だ!」という自信満々の信念が彼の中で芽生えていた。マッチングアプリでは写真を数枚載せられるが、特に重要なのがトップの写真だ。女性たちからの精査が始まる場面である。顔が見えない写真?それはもはや「お前、誰やねん!」という話だ。見た目に自信がないからといって遠目の写真にするのはダメ。自撮りは自殺行為。ナルシスト感丸出しで、「うわっ、こいつやばっ」と思われるのがオチだからだ。
しかし、心太朗には引きこもり生活と「グラッツィエ」での修行のおかげで、顔がはっきりわかる写真がほぼなかった。そこで、彼は一人で山に行き、スマホスタンドを使って自然な表情を狙って撮影した。彼が特に注意したのは「清潔感」だった。これが大事だとネットで教わったからだ。
こうして、顔がはっきりわかるトップ写真が完成。続いて2枚目と3枚目は、彼の雰囲気を伝える写真を選定した。過去に友人と行ったキャンプの写真とビアガーデンでの写真だ。顔はあまり見えないが、彼がどんな男かをアピールできる。女性はチャラ男には警戒するが、友達がいない男にも警戒するのだ。要は、「見た目が普通で、友達がいて、なおかつオシャレすぎない」といったバランスが求められる。
残りの写真は顔がわからなくてもOKだ。むしろ、あまり顔を出すと「こいつ、ナルシストか?」と思われるかもしれない。趣味や仕事、料理の写真で埋めていく。心太朗は当時、謎に茶道がマイブームだったので、自分が立てたお茶の写真、イタリアンレストランで働いていた時の手元の写真、外食した時の寿司の写真、そしてギターを弾いている写真(顔は写っていない)を用意した。どれも彼の不思議なセンスを映し出していた。
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**作戦②**
次に力を入れたのがプロフィール文だった。文体は丁寧に。「俺、常識ある男だぜ!」とアピールするための自己紹介だ。まずは名前と住んでいる地域を書き、軽い経歴とアプリを始めた理由を書く。心太朗は30代前半までバンドばかりやっていたが、嘘偽りなくその事実を綴った。アプリを始めた理由は、仕事が落ち着いてパートナーと出会うためと書いた。「もういい加減、彼女が欲しいんだ!」という心の叫びもこっそり盛り込まれていた。
コンプレックスは細身の身体。休日はジムに行っていると書くことで、「ほら、俺、努力してるから!」とアピールした。コンプレックスをさらけ出すことで親近感を得る一方、ネガティブな要素は避けるのがセオリーだ。どこまでいっても、マッチングアプリでネガティブは厳禁である。
趣味やどんな交際をしたいかも書いた。特に交際については、女性たちにイメージを持たせるのが大事だと考えていた。散歩したり、外食したり、軽いおしゃべりを楽しむイメージを描けば、女性たちも「この人、楽しそう」と思ってくれるはずだ。
最後は「よろしくお願いします!」で締めくくった。心太朗は、バンド時代のマーケティング経験が活かされるとは思いも寄らず、「まさか、バンド活動がマッチングアプリで役立つとは!」と驚愕していた。
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**作戦③**
プロフィールと写真が完成したら、次は出会いのステップだ。出会わなければ何も始まらない。心太朗はとにかく足跡を踏みまくった。マッチングアプリの足跡機能を利用して、女性たちが自分のプロフィールを見たことを確認する。年齢と住まいの近さを絞って検索し、良さそうな女性にはいいね!を押しまくる。「未来の素敵な奥さん、いないかな~」という気持ちが心の中で渦巻いていた。
ただ、いいねには限られた数があるため、無駄打ちは厳禁だった。心太朗はプロフィールを熟読せず、まずは顔がタイプかどうかをチェックする。この時点では見た目だけで判断した。いいねを押しても必ず返ってくるわけではなく、綺麗事無しに「生理的に受け付けない見た目」というものがある。それ以外は数打つことが勝負だ。
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**作戦④**
マッチングしたら、お相手のプロフィールを確認し、基本的には心太朗の方からメッセージのやり取りを始める。心太朗から送る初メッセージは、「はじめまして、心太朗です。マッチングありがとうございます。お話ししましょう!」という、普通すぎる自己紹介だ。結局、普通が一番だと思っていた。
メッセージのやり取りは基本的に10通以内でお会いする約束をするのがポイントだ。早すぎると警戒され、遅すぎると相手が萎えてしまう。だからこそ、10通がベストだと信じていた。
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**作戦⑤**
そして、心太朗は週に4人と会うことに決めた。「彼女を作る!」という目標に向かって一直線だった。仕事の日は会えないため、休みの日にお昼と夜にそれぞれ1人ずつ、週に4人の女性と会う計画を立てていた。彼女作りに全力投球する心太朗の姿勢は、まさに本気そのものだった。
その中の1人が澄麗だった。数回メッセージをやり取りした後、彼らは中間地点で会うことに決めた。
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**作戦⑥**
澄麗との会話はとても楽しかった。彼女がどんな仕事をしているのか、趣味は何か、恋愛観はどうなのかを探る心太朗は、基本的に聞き手に回る作戦を取った。しかし、質問攻めは禁物だ。まずは自分のことを話し、そこから彼女に質問を広げる。これが会話術の真髄だと心太朗は感じていた。
目を見つめながら話すことで、相手に興味を示し、「あれ?この人、私に興味あるの?」と思わせることが成功のカギだ。気持ち悪いくらいが丁度いい。じっと見つめて話を聞くと、やがてお相手の方から目を逸らす。その目の逸らし方を見逃すべきではない。俯いたように逸らした時、それは脈アリだ。もちろんネットの情報だが、心太朗はマッチングアプリを通しての出会いでそれを確信していた。
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**作戦⑦**
澄麗が脈アリだと心太朗が感じたとき、彼は一緒に散歩することを提案した。「酔っ払ったから」とか「風を浴びたい」とか、どんな理由でも良い。「もうちょっと話したい」という言い訳が一番のキーポイントだ。脈アリと判断し、彼はここで男を見せることにした。心太朗は居酒屋を出てすぐに澄麗の手を握った。「あれ?これ、成功するか!?」と内心ドキドキしていたが、澄麗は嫌がってはいない様子だった。
そして、公園で話を続け、終電までおしゃべりを楽しんだ。心太朗の恋愛攻略、まさかの成功!?という感覚が彼の心を満たしていた。
まるで心太朗がチャラい遊び人のように見えるかもしれないが、実際のところ、彼の恋愛経験は薄っぺらい薄焼きクレープのようなものだった。ネットで集めた情報を必死に守るだけの彼。いや、これが実践できているのが奇跡とさえ思える。
その翌週、心太朗はついに澄麗と正式に交際をスタートさせた。もちろん、彼はその後、マッチングアプリを速攻で退会し、「澄麗一筋」に愛を誓った。言ってみれば、「もう二度とネットで出会うなんて言わないぜ」という決意表明だ。まるで「これが俺の本気だ!」と宣言しているようだったが、果たしてそれが本気なのかどうかは不明だが。
一年後には見事に入籍し、半年後には子供を授かることに。恋愛経験の少ない心太朗の大作戦は、まさに「宇宙一の妻」との出会いという大成功を収めたのだった。「大成功」と言っても、結局、ネットの情報をそのままなぞっただけなのだが、彼の頭の中には「作戦成功! 俺天才!」という声が響いていた。
そんな宇宙一の妻が目を覚まし、心太朗と共に琵琶湖を見つめていた。二人は朝日を浴びながらグランピング2日目を満喫し、帰路に着く。こんな素敵な時間を過ごしているのに、心太朗はふと現実に戻り「帰ったらどうやって生活していこうか」という不安を抱えていたのだから、まったくもって悲観的で笑える。彼の頭の中には、グランピングの楽しい思い出から、無職の未来がデンと居座っていたのだった。