**無職64日目(11月3日)**

心太朗は、いつも毎月初めにやってくる「家計反省会」を少し憂鬱に感じながらも、澄麗と共にファミレスに足を運んだ。この会議は家計管理をする日であり、いわば家計の「決算発表」ともいえる大イベントだ。ファミレスに着くなり、ドリンクバーでお得にカフェ気分を味わいながら、ピザも頼んで小腹を満たす。まるで少しの楽しみを挟まないと、辛すぎてやってられないような日なのだ。

「よし、やるか…」と、心太朗はパソコンを開いた。今月の支出がどれだけ嵩んだかを見なければならない瞬間に、なんだか心臓がドキドキしてきた。「怖いもの見たさ」とはまさにこのことだ。

先々月はまだ有給消化中で、先月ようやく最後の給料が振り込まれた。来月からはいよいよ「無収入」のリアルがやってくる。「ま、まだ大丈夫…きっと節約すればやっていけるさ…」と自分に言い聞かせるも、そんな自信は実はほとんどない。家計簿を開くたびに、自分がどれだけお金に無防備だったかを再確認するだけだ。

家賃や光熱費などの固定費が約8万円。それはまあ予想通りだ。通信費が約1万円か…まぁ予想通りだ。そして食費が4万円。ここで心太朗は一瞬「我が家の食費って高いのか?まぁ一般的か。」と楽観的になろうとしたが、澄麗の「外食多すぎかもね?」の一言で現実に引き戻される。

そう、外食費が約1.5万円。少しのご褒美の気持ちが、この数字に至っているのだ。日用品1万円はまだ許せる。だが交通費とガソリンが0.6万円…どこにも行ってない割には妙に高い。まぁ病院に行くから仕方ないか。

次に医療費が約2.5万円。これは澄麗と産まれてくる健一の検診のため、当然の支出だ。

両親の誕生日に約1.7万円を使っている。「これは愛の出費だから…」と一瞬ポジティブに捉える。そして、趣味や嗜好品に約1.7万円。これが使いすぎのような気がする。約半分は心太朗の煙草であるからいよいよ辞めるべきか、、、。

合計、約23万円。心太朗は深いため息をついた。「うーん、どこを削ればいいんだ?」と、澄麗に相談してみると、即座に「外食と趣味を減らした方がいいかも?」と冷静に指摘された。やはりそこか…分かってはいるけれど、外食のちょっとした贅沢や趣味への投資が、心太朗の数少ない「癒しの時は」なのだが、まぁ削るならここだわな?

「他の家庭は一体どうやって生活してるんだろうな…」と、ファミレスの隣のテーブルの家族連れに目をやりながら、心太朗は考えた。隣の家族は幸せそうにハンバーグをほおばっている。彼らは一体どこで節約しているのか、アドバイスをいただきたい。そんなことを考えつつ、またピザの一切れを口に運ぶ。

「まあ、なんとかなるさ」と心太朗は自分に言い聞かせた。しかし、その内心は、まだまだ節約に踏み切れない自分への小さな苛立ちと、少しの諦めが混ざった、複雑な感情でいっぱいだった。

心太朗は、目の前に広がる「父になる」という現実に対して、妙にのんびりした自分を責めつつも、いよいよ焦り始めていた。「悠長なことを言ってる場合じゃないんだぞ、心太朗」と自分に言い聞かせるものの、どうにも頭の中はまだお花畑状態。「ああ、フリーで働けたら最高なんだけどなあ…好きな時に、好きな場所で、好きなだけ…」なんて、夢物語ばかりがふわふわと頭をよぎる。だが現実はそんなに甘くない。心太朗には、「好きなだけ」どころか「何かできること」すら思い浮かばないのだ。

思い切って澄麗に「フリーで働くのってどう思う?」と相談してみたところ、彼女は意外にも「いいんじゃない?」とあっさり背中を押してくれた。

「もちろん、安定した収入はあるに越したことないけど、あなたがやりたいことをしてほしいの。今まで本当に無理してきたんだから、それくらいしてもバチは当たらないよ」と、澄麗はにっこりと微笑む。彼女の明るさにはいつも驚かされる。「それに、好きな時間と場所でできるなら、健一のお世話も手伝ってもらえるし、あなたの夢だった子供の運動会にも行けるじゃない!前の仕事だと、そんな余裕なかったでしょ?」

「たしかに…」と心太朗は思い返す。忙殺される日々の中、澄麗が「無理しないでね」と送り出してくれるたびに、彼は「じゃあ、誰が無理してくれるんだよ」と、ぶっきらぼうに返していた。本当にひどい男だった。だが彼女は、そんな心太朗の横で、いつも笑顔で支えてくれたのだ。そして今も、甲斐性なしの自分に一度も不満を口にすることなく、彼を励ましてくれる。

そんな澄麗の姿に改めて胸が熱くなった心太朗は、思わず「俺、なんかやれることあるかな?」と聞いてみた。すると、澄麗が「小説を出版してみたら?」と、なんともあっけらかんとした答えを返してくる。彼女はいつも前向きだ。「そんな簡単にできるもんじゃないよ」と苦笑する心太朗に、「でも、やってみるだけタダでしょ?」と、まるで当たり前のように澄麗は言う。

実は、彼女は心太朗が日記小説を書いている時や、X(旧Twitter)のフォロワーたちが反応してくれた話をしている時が楽しそうだと以前から気づいていたらしい。「きっと、あの頃の辛そうな俺には戻ってほしくないんだろうな」と、心太朗は彼女の優しさに気づき、少しだけ無謀な挑戦をしてみようかなと思い始めた。

「小説家を目指すって、正気じゃないよな、俺…」と頭をかきながらも、彼の心にはほんの少しの勇気が芽生えていた。

夕陽が沈みかける帰り道、心太朗は澄麗とお腹の中の健一を見つめながら、自分の心に問いかけていた。柔らかな橙色の光が二人を包み込み、まるで未来を照らす希望のようだった。

「こんなに漠然とした夢を追いかけてもいいんだろうか…」

彼女と子供を守るためには、安定した収入も必要だ。それはわかっている。しかし、自分が本当にやりたいことを諦めるべきなのか、心は揺れていた。

ふと、隣で澄麗が優しくお腹をさすりながら、にっこりと微笑んだ。その表情には、不安なんて微塵も感じられない。まるで、どんな道を選んでも大丈夫だと伝えてくれているようだった。

心太朗は深呼吸をして、少しだけ気持ちを固める。「まだ覚悟は決まらないけれど…でも、一歩ずつ進んでみようか。」

澄麗と健一のために、そして自分のために。