**無職62日目(11月1日)**
心太朗は、今日も妻・澄麗の妊婦健診のために病院へと向かう。ここからは週一ペース、つまり、この不安なドライブを三回続ければ、親になるのだ。心太朗は予定日を見越して、そろそろ緊張感を感じ始めている。特に、病院の前日はドキドキが止まらない。今日もご多分に漏れず、緊張で寝不足のまま、仕方なく3時間しか寝ていない。
「大丈夫だ、ナチュラルハイだから」と心太朗は自分に言い聞かせながら、車の運転を始めた。さすがに寝不足だから注意しないといけないが、運転中は意外にも眠気は感じない。退職してから何度もこの道を通ったおかげで、ようやく道を覚えた。これでいざという時にアタフタせずに行ける…はずだ。
車を走らせる中、ふと隣を見ると、澄麗は相変わらず少し元気がない。いつもそうだ。病院へ向かう道は、彼女にとってちょっとした試練のようだ。後から聞いた話だが、やはり病院に行くまでは不安があるらしい。
心太朗が退職後、図書館に通うようになった澄麗は、すっかり読書家になった。心太朗が借りた本まで読むほどだ。毎回、出産に向けた本を借りている彼女を見て、心太朗は「マジで母親になっていってる!」と内心で感心していた。彼女の知識量は心太朗の倍以上。もはや、心太朗の存在意義を脅かす勢いだ。
その甲斐あって、澄麗は出産への知識を得て、漠然とした不安がなくなったと明るく言っていた。「誰かが言っていた不安の正体は無知」という言葉が心太朗の頭をよぎる。しかし、澄麗はまだ少しの不安を抱えている。「ああ、やっぱり彼女はもう母親なんだな」と心太朗は思った。男としては、「妊婦の気持ちがわかるわけないよな」と情けない気持ちが沸き起こる。
2人は、車を運転してから2時間かけて病院に到着。澄麗は毎度お馴染みの流れで、検尿と血液検査を終え、診察を待つ時間に突入した。その間、心太朗は自分の時間を持つために日記を書いたり、イラストを描いたり、X(旧Twitter)を楽しんだりするのが習慣だ。今日は心太朗が日記に向かっている途中、澄麗が戻ってきた。彼女は診察だけのため、いつもより早く終わった様子。結局、日記は書き終えずにしまい込むことになった。
約1時間の検診が終わると、改めて思った。病院での診察よりも、往復の移動の方が圧倒的に時間を要する。しかし、この道中が実は澄麗との貴重なドライブタイムになっているのだ。心太朗はそのことをつくづく感じながら、運転に専念していた。
さて、彼らの赤ちゃん・健一の成長ぶりは順調そのもの。なんと、体重は2700g!エコーで見る度に、健一は顔を隠しているらしい。まるで「恥ずかしがり屋」のサインを送っているかのようだ。心太朗はそんな健一を指して「おい、顔を隠してじらしていると、ハードル上がるぞ!さぞ男前なんだろうな!」と澄麗と一緒にからかって笑った。
診察を終え、元気に育っていると聞いた澄麗は、不安が一掃され、すっかり元気を取り戻す。その瞬間、心太朗は安心感から一気に眠気がマックスに。
「運転するよ」と澄麗が言ってくれたとき、心太朗は少し心配になった。「大丈夫か?」と聞くと、澄麗は「逆に運転したい!」と嬉しそうに返す。「助手席は退屈だから、ちょっと運動したい気分」と。運動になるかは疑問だが、心太朗の眠気は最高潮。ここは素直に彼女に甘えることにした。
帰りの車の中で、二人は健一の話題で盛り上がった。「いよいよ人の親になるんだな」と心太朗はしみじみ思った。しっかりしなきゃ、と思いながらも、意外にも「本当に大丈夫なのか、自分」と不安も浮かんでくる。しかし、家に着く頃には、心太朗の頭はすっかり眠気に覆われてしまった。
心太朗は「申し訳ない、運転させちゃって」と心の中で謝りながら、ついに夢の世界に突入した。家に着いたときには、彼の脳内は完全にお休みモード。夢の中では既に赤ちゃんを育てる壮大な冒険が始まっているのかもしれない。