**無職56日目(10月26日)**
心太朗は朝7時に起きていた。普段なら絶対にありえない早起きだ。澄麗とお腹の子供の検診のために病院へ行く日である。澄麗は「私一人で行けるから、あなたは休んでていいわよ」と言ってくれたが、心太朗はここは“父親らしく”参加するべきだと決意し、眠気を引きずりながら車で病院に向かうことにした。
だが、いざ出発すると車内は静寂が支配する。もしかして、妻が本当に一人で行きたかったのか? …そんな一抹の不安を感じつつも、心太朗は眠気を振り払い、片道2時間かけて運転する。だんだん目が覚めてきて、ようやく病院に到着。まぁ、これで父親ポイントも稼げただろうと、ひそかに自分を褒めた。
病院に着いた澄麗は、さっそく尿検査や血液検査、そして定期検診へと向かう。その間、心太朗は病院の待合室で3日分溜め込んでいた日記を書くことに。そもそも溜め込むなという話だが、「夏休みの宿題も学校が始まってから仕上げる」のが心太朗スタイル。病院での手続きにトラブルがあり、日記は予定通り書き終えた。…彼としては“順調”である。
ほどなくして、澄麗が診察を終えて戻ってきた。健康状態も良好、そしてお腹の赤ちゃんも元気に育っているとのこと。エコー写真を見せてもらったが、心太朗には何のこっちゃさっぱりわからない。「2400gから2600gだって」と澄麗に言われ、ふむふむと頷きつつも、「もういつ産まれても大丈夫らしいよ」と聞かされると、ようやくリアリティが湧いてきた。
そんなわけで、今日の目玉は“助産師さんとのお話”。普段なら待合室で本を読んだり日記を書いて過ごすのが通例の心太朗だが、今日は「旦那様も一緒にどうぞ」と半ば強引に参加させられた。助産師さんは心太朗に「今日はお休みですか?」と聞いてくる。曖昧に「えぇ、まぁ…」と返すが、助産師さんは食い下がらない。「出産の日はお仕事お休みにできそうですか?」と重ねて尋ねられた。
心太朗は、心の中で「無職なんですけど?」とツッコミを入れつつ、さすがに嘘もつけず、やや気まずそうに「今、仕事辞めたんで、いつでも来れます」と答えた。すると助産師さん、驚きの表情で「素晴らしいですね!奥様とお子様のためにお時間作って、頼もしいですね」と絶賛。澄麗も笑顔で「はい!」と乗っかる。いやいや、こっちは別に“育児のため”に辞めたわけではないのだが、そんなに評価してくれるなら、それも悪くはないかと思えてくるから不思議だ。
助産師さんは、さらに出産に向けての運動を推奨してくれる。特に下半身とインナーマッスルの強化が大事らしい。心太朗もなぜか澄麗と一緒にスクワットをやらされ、呼吸法も実践するハメに。無職な上、まさかの妊婦体操デビューである。助産師さんの前であれこれやらされながら、「これ、人生の予定にあったっけ?」と心の中で問いかける心太朗。まぁ、無職だから暇といえば暇だが…。
その後、会計を済ませ、また車で2時間かけて帰路に就く。車内では今日のことを振り返りつつ、澄麗と「出産に向けて一緒にトレーニングしよう」と約束を交わした。無職ではあるが、こうして出産に向けて二人で過ごせる時間を持てることが幸せなのかもしれないと、心太朗はなんとなくしみじみとした気持ちになるのだった。