**無職50日目(10月20日)**

心太朗は、何かずっと忘れ物をしているような、モヤっとした感じがあった。そんな違和感を抱えたまま、今日もその「何か」を見て見ぬ振りをする。

いつものように、朝はゆっくり起きる。これが心太朗の日課であり、もう早起きなんて無縁だ。寝起きで目が冴えるまで、無心にジャーナリングを始める。心の中で浮かぶ言葉を、さながら酔っぱらいが愚痴るように書き殴るのだ。

だいたいテレビを流しながらジャーナリングする。仕事をしていた頃は、テレビなんて見る余裕すらなかった。しかし、今は完全に「テレビにしがみついてる」生活だ。テレビを観るようになって驚いたのは、性被害のニュースがあまりにも多いこと。「こんな事件ばっかりだな…」と呟くと、画面の中のキャスターが冷たく「ずっとこんな事件ばかりですよ」と言っているように感じる。

そして、ニュースの内容が虐待やら闇バイトやら、暗い話ばかり。「もうさ、力の弱い者ばっか狙う卑怯者が多すぎない?」と心太朗はひとりごとを続ける。ニュースを見ていると、だんだん気分が悪くなってきた。こんな世の中でジャーナリングなんてできるか!と思い、YouTubeに逃げることにした。

なぜか奥田民生の歌が無性に聴きたくなって、彼の弾き語りライブを見つける。ゆるりと力を抜いて歌う姿が心太朗の心に響く。「いいなぁ…俺もこんなふうにゆるりと生きたい」と願望を抱くも、自分の現状を振り返り「無理か、、、」とツッコミを入れる。


その流れで、今度は峯田和伸の弾き語りに移行。これがまた沁みる。彼の歌声とギターの和音が、まるで心太朗の悩みをそっと包み込んでくれるようだ。


ギターが弾きたくなって、久しぶりに押し入れからアコースティックギターを取り出す。5年ぶりに弾いてみるが、当然、下手くそになっている。「あれ?こんなに下手だったっけ?」と自分の腕に驚きつつも、ジャラジャラと音を鳴らし始める。

しばらくして、澄麗が「一曲歌ってよ」とリクエストしてくる。そういえば、澄麗は心太朗の歌を一度も聴いたことがない。「いやいや、もう下手すぎるから無理でしょ」と断ろうとするが、彼女がなぜかカメラを構えてスタンバイしている。え、まさかのスタンディングオベーション準備?

仕方なく、心太朗は久しぶりにライブ感を取り戻し、自作の曲「黒猫」を歌い始める。

歌い始めた瞬間、今の自分の状況と重なって「いや、これ今の俺じゃん!」と心の中で思わず笑ってしまう。

黒猫

平日昼間の公園で 
ぼんやり独りで飯を食う
三十路を過ぎてるフリーター
傍から眺めりゃ不審者で  

3時を過ぎたら猫が来る
毛並みの綺麗な黒猫さ
バイトでくすねた餌をやる
コイツは本当に可愛いな

まるで愛されてるような気がしてさ
愛されてるような気がしてさ
愛しているような気がしてさ
愛せているような気がしてさ

38度の炎天下
マイナス1度の氷点下
春夏秋冬 超えてきた
コイツは独りで生き抜いた

君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい
君は生きているだけでたくましい

たとえ泥水すすって凌いでも
誰かのスネをかじってでも
生きていることがたくましい
君が生きている 僕は嬉しい

3時を過ぎたら猫が来る
毛並みの綺麗な黒猫さ
バイトでくすねた餌をやる
コイツはやっぱりに可愛いな

歌い終わると、澄麗が大げさな拍手を送り、まさかのひとりスタンディングオベーション。演歌歌手のステージを観に来たおばあちゃん並みの盛り上がり方である。「いやいや、そんなに褒めるほどでもないって!」と照れくさく笑うが、彼女の反応に少し心が温かくなる。

「最高! もう、すっごく良かったよ! やっぱり才能あるじゃん! 私、今鳥肌立っちゃった!」と、満面の笑みで言ってくる。

心太朗は顔を赤らめていたが、まんざらでもない。澄麗は続ける。

「本当に! 黒猫の歌詞、泣きそうになったよ。愛されてるような気がしてって部分、めっちゃ切なくて好き!」澄麗はさらに続けた。

「ねえ、これ絶対もっと歌った方がいいよ! どっかのライブバーとかでさ、また歌ってみたら? 子供が生まれたら、ぜひ私たちの前でライブやって! そしたら、子供にも自慢できるじゃん!」

「またライブ、やってもいいかもな…」とふと思う。どこでもいい、家でもいいし、公園でもいい、小さなライブバーでもいい。お客さんは澄麗一人でも、数人でも。そんなゆるいライブを、またやりたい気持ちが少し湧いてきた。

その時、心太朗はふと思った。「生まれてくる子供にも、いつか俺の歌を聴かせてあげたいな」と。こうして、小さな夢がまた一つ、心太朗の中に増えたのであった。